#5 決断と覚悟
フィリアは地面に打ち付けられた。杖はフィリアの手から離れ、力なく転がっている。
俺たちはフィリアの元へ駆け寄った。
――息はある。
しかし、近くには虎模様の大きなウルフ。その鋭く突き刺すような視線は、まるでメデューサのように俺を硬直させた。
今の俺たちには到底“勝ち目がない”ということは火を見るよりも明らかだった。
「逃げよう」
指先の合図と合わせて発せられたその一言で、すぐに意図を理解できた。
ティアナはフィリアを抱きかかえた状態で虎模様のウルフに背を向け、突き進む。俺はフィリアの荷物を抱えて、ティアナの背中を追いかけた。
虎模様のウルフは俺たちがとった行動があまり予想できるものではなかったようで、呆気にとられたようにその場で立ちすくんでいた。しかし、見逃そうとは思わなかったようで、すぐに四本の足で地面を蹴り、追いかけてくる。
ティアナは森をまっすぐではなく適度に曲がりを入れながら逃走している。その身のこなしは、到底フィリアを抱えているものとは思えないほどだった。
俺も必死にティアナの後を追いかけるようにして虎模様のウルフから逃走する。本来なら、ウルフの脚力なら一瞬で追いつかれていた。だが、その巨体は木々の狭間に足を取られ、勢いを殺されていた。
まっすぐに逃げなかったのは地の利を活かすためだということを、俺はこの時初めて気づいた。それと同時に、この状況でも冷静でいられる彼女に、思わず息を呑む。そして、尊敬の念が胸を満たした。
紙一重の逃走劇。木々を活かして逃走する俺たち。全速力で走れない虎ウルフ。聞きなれない地響きが少しずつ小さくなっていくその事実は、次第に虎ウルフとの距離が遠ざかっていくことを意味していた。
「やった。撒けそうだ」
ほっと胸をなで下ろす俺とは裏腹に、ティアナの逃走ペースが乱れている。
思えば魔物との戦闘は全てティアナに任せっきりだった。三体のウルフと戦闘したときはフィリアの魔法が決め手となったが、攻撃をいなし続けるにも体力が必要だ。
「きゃっ」
ティアナは木の根に足を取られ、転んでしまった。腕は、フィリアの下敷きになってしまった。こんな状況でも、フィリアをかばうようにして転んだのだ。
地響きがこちらへと迫っている。
どうしたらいいんだ!
俺が少しでも戦えていれば――
ティアナの体力を少しでも温存させていれば――
次第に自責と後悔の念が頭を支配する。
実際、ウルフはともかくスライムであればそこらの枝でも拾っていれば戦えたはずだ。
「戦えない」だなんて言い訳でしかない。
結局、俺はティアナの戦闘力に甘えていたのだ。
ティアナは意識があるものの、上手く立てないでいる。
ちらりと見えた足首は、赤く腫れあがっているのが見える。
これじゃ、立てたところで逃げることはできない!
クソッ、クソ……ッ、くそ――ッ!!
何とかならないのか!
「そうだ、俺のけがを治してくれたときの薬がまだ残っているはず」
今は緊急事態だ。見られたくないものと考えている場合じゃない。
俺はフィリアの荷物を漁る。
薬はどこだ。瓶の形は覚えている。
――あった。
俺は急いで駆け寄り、靴を脱がせ、足首に薬を塗った。
「フィリアをお願い。私のことはいいから、早く逃げて!」
目線や指先での合図とともに俺に逃げることを指示するティアナ。
そんなことできるわけがないだろう。
俺たち三人で助からなければ意味が無いのだから。
だが、自分の身体よりでかい虎ウルフに対して決定打を持っていないのも事実だ。
考えろ! 三人全員が助かる方法を。
俺はフィリアの荷物を見つめた。
――杖だ!
俺だってアルカディアにいた時は魔法技士を目指していたんだ。
杖さえあれば、魔力量の少ない俺でも魔法が使えるはずだ。
魔法の才能が無いと言われ続けて来た俺は、アルカディアでは予め組み込まれた魔法術式や杖を使って補ってきた。
しかし、俺は今まで魔法を「暮らしを役立てるもの」として使ってきたので「魔物を倒すもの」として使うことは初めてだった。
「できるかどうかはわからないけど、やるしかない」
俺はフィリアの杖を手に取り、遠くに見える虎ウルフに向ける。
「オーラショット」
杖の先から放たれた淡い光が、虎ウルフの顔面へ一直線に飛ぶ。
光は命中。虎ウルフは座り込み、顔面を前足でこすっている。
やった。と思ったのも束の間、虎ウルフは鋭い視線を向け、再び地面を蹴ってこちらの元へ――
「オーラショット」
「オーラショット!」
「オーラショット!!」
倒れないなら、何度だって放ってやる。
だが、俺の行動を学習したのか、虎ウルフはまるで風を舞う葉のように光をかわした。
だめだ。この攻撃じゃ。もっと強烈な一撃を加えないと。
魔法技士になるために学んだ知識を漁る。それは途方もない作業で、大量の本棚から必要な本を探しているようだった。
――これだ!
火。これなら火傷の危険はあるが、威力もあるはずだ。
普段なら調理にしか使わないそれを、今は――戦うために使う。
俺は一気に魔法の構成を組み直し、魔法陣を作成した。
できることなら速度が出るものにしたい。
火球だと爆発力はあるが、当たらなければ意味が無い。
速度が出る炎の攻撃にするには……。
矢のように鋭く、風のように飛ぶもの。
魔法のイメージが浮かび上がってきた。
その時、幼馴染のカノンの顔が浮かんだ。
「アルトならきっと、街一番の魔法技士になれる。そう信じてる」
カノンに教えてもらった知識をさらに掘り起こす。魔法は詠唱の前に祝詞を乗せると、発動に時間がかかる代わりに品質が格段に上がるという。
俺は、仲間を守るために魔法を使って見せるよ。
紅蓮の精霊よ、か弱き我に力を――
魔法に願いを込め、杖を前に掲げる。
白い魔法陣は回転しながら、ゆっくりとその色を赤に染めてゆく。図上には、細く、長く、鋭い炎の矢がメラメラと空間を歪ませながら佇んでいた。
炎よ穿て。灼熱の紅矢――
虎ウルフは「とどめ」と言わんばかりに大口を開け、こちらに飛びかかった。
「フレイムウィング!」
杖を横に振ると同時に、炎の矢が光のような速さで虎ウルフめがけて放たれた。
炎の矢は虎ウルフの口内に吸い込まれる。
次の瞬間、雷鳴のような破裂音が森にこだまし、虎ウルフの身体は横に吹き飛ばされて地面に叩きつけられた。
土が抉れた痕が、その一撃の威力を物語っていた。
虎ウルフはその場から動かない。
「奇跡だ」
戦いに勝ったんじゃない。偶然、助かっただけなんだ。
緊張の糸が解けた俺は、その場で膝をつき、震える手で杖を握りしめた。
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