#55 死闘を経て
真っ暗な中、燭台の光だけが周囲を照らす遺跡内部。
さっきまで強敵がいたのが嘘だったように感じる程静かだった。
俺の頬は床に当たっていて、じゃりじゃりと触れる砂粒が気持ちが悪い。
身体を起こそうにも、全身が棒のように動かない。いや、動けないのだ。
目の前にある紫色の魔石が、まるでアメジストのようにきらきらと輝いている。
「ぜえ、はあ。終わった――のよね?」
後ろから聞こえた声。
「……」
体力の限界だ。喋りたくても声が出なかった。
次第に瞼が重くなる。
助かった。
本来なら、俺たちは全滅していた。
でも、今は生きている。
そう思うと、それだけで十分だった。
だから、少しだけ休ませてくれ――
* ――――――
「×××」
なぜだか身体が揺れている。背中がほんのりと温かい。
「×き×、××てっ×ば」
何を言っているのか、理解できなかった。
瞼を開け、焦点を合わせる。
「フィリアか」
目立つ金木犀色の髪が目に入る。左右に結ばれた深紅のリボンは心なしか薄く汚れていた。
「アルトくん、大丈夫?」
フィリアが俺の顔を覗き込む。眉を下げ、エメラルド色の瞳を曇らせていた。
俺も限界に近かったが、彼女にこれ以上無理をさせたくない。
「ああ、なんとかな」
「お姉ちゃんから聞いたよ。ナイトストーカーから守ってくれたんだって。ありがとうね」
身体は動かないながらも、頭の中を整理する。
一度は死を覚悟した。
フィリアに使うはずの薬をこぼし、全滅するはずだった。
けど、ノインの薬に助けられたのだ。
戦って勝ったわけじゃない。薬をこぼし、偶然奴に効いただけ。
すごいのは俺じゃなくて、ノインだ。
「俺は――何もしていない」
「そんなことないよ」
フィリアのフォローが、妙に辛かった。
ゆっくりと体を起こす。しばらく休んでいたおかげで、体力を回復させることができた。
「アルト、疲れてるよね。さっきまでずっと寝てたし。でも、階段はちゃんと歩いてね」
――え?
言っている意味がわからない。
燭台に照らされたティアナの表情は至って真面目だった。
尚更、言っている意味がわからない。
「――どういうことだ?」
「気付いてないの? あたし、ずっと運んでいたんだからね。ほら、もう出口よ」
ティアナが指を差した方を向くと、見覚えのある扉が近くにあった。
遺跡に入ったときの扉と一緒だ。
どうやら、背負って運ばれていたらしい。
「最後まで、助けられたな」
「なに言ってんの。ナイトストーカーを倒したのはアルトじゃない」
ティアナまで……。
俺が倒したわけじゃないのに。
――いや、俺のことを評価してくれているんだ。
次こそは、死にかけることのないようにしないとな。
そのためには、回復魔法を覚えよう。
カノンの日記みたいに、期限が決まっているわけじゃない。
少しずつでいいんだ。
頭の中で改善点を思い浮かべながら、俺はゆっくりと立ち上がり、服にまとわりつく汚れを手で払い落とした。
* ――――――
扉を開いた先は真っ暗な場所だった。
そういえば、入って来た時は真っ暗だったっけ。
「ライト」
フィリアの言葉に反応し、杖がぼんやりと光る。
少しだけ周りが見えるようになった俺たちは、一歩一歩階段を昇り始めた。
「ナイトストーカーの魔石は、持ったのか?」
俺は気付いたように声を上げる。
魔石を見たのは俺だけだ。二人は気付かずに置いていってしまったかもしれない。
「そんなに焦らなくても、あたしが回収しておいたよ」
ティアナがちらりと紫色の魔石を見せる。
「これだけ魔石があれば調査依頼としては十分ね。戻って報告すればオッケーよ」
何とか、達成できてよかったな。
早く戻って、宿でちゃんと休みたい。
そんなことを考えながら、段差に一歩一歩足をかける。
昇り階段の辛さなど、ナイトストーカーの遭遇で死にかけたことに比べれば何倍もマシだ。
「出たーっ」
虫の声が小さく響き渡る遺跡の外。空は綺麗な星で満ちていた。
あれ? 行った時も夜だったはずだが、そんなに時間がたってないというのか。
「思ったより早く終わったな」
「えっ!?」
「……」
俺の一言に、フィリアとティアナが凍り付く。
二人は、顔を合わせると静かに頷いた。
「アルトくん……。言いにくいんだけど」
「アルトはずっと寝ていたからね。気付いていないのも無理はないけど、あたしたち、遺跡の中で一日過ごしてるわよ」
ティアナの言葉に、俺は血の気が引いていく。
カノンの日記まで、もう日は残されていない。それなのに、あろうことか一日寝てしまうとは。
「二人とも、本当に悪いんだけど」
「うん、言わなくてもわかってるよ」
俺たち3人は顔を見合わせ、休むことなく町へと足を進め続けた。
* ――――――
「町だーっ」
「なんとか帰ってこられたわね……」
ポルトマーレに到着した俺たちは、ゆっくりと背伸びをする。
ラッカ遺跡を出るときの空は星に包まれていたはずだったのに、今ではすっかり青に変わっている。
「あたし、もう無理……。早く休みたい……」
「私も……」
俺の我儘で休まずに歩かせたのだ。二人とも先に宿で休んでほしい。
「俺一人でギルドに報告しようか?」
「いや、私も行くよ……」
「あたしも」
本人が行くって言っているのだから大丈夫か。
町の門を背に、ギルドへと向かった。
ギルドに入り、受付へと直行する。
すっかり昼過ぎになっているのもあり、並ぶことなく窓口へと進めた。
「これが魔物調査の成果です」
ゴブリンの魔石が4つ。それから、ナイトストーカーの魔石。
俺たちは受付の女性に魔石を一つずつ見せるように並べた。
「あの、魔物素材はどうしましたか?」
「これが全部です。魔物は全て魔石になりました」
説明すると、女性は眉を上げ、一瞬動きを止めた。
「全部魔石って、変ですね……。本来、魔石に変わる魔物は少ないはずです。とにかく、魔石はこちらで預からせていただきますね」
受付の女性は魔石をトレーの上に載せ、、奥へと下がっていく。
数秒後、お金が載ったトレーを両手に持ち、再び受付へ姿を見せた。
「こちらが報酬です。ありがとうございました」
受付の女性から8万リルを受け取った。
「うーん、配分どうしよう……」
フィリアはお金を見て、ぽつりとつぶやく。
「アルトが3万リル、あたしたちは2万5千リルで良いと思うけど。ナイトストーカーの件もあるし、アルトが多くもらっていいと思うわ」
「そうだね」
ティアナとフィリアは二人で目を合わせる。
「アルトくん、どうぞ」
フィリアは全員分のお金を分けた。
「二人とも、ありがとうな」
ナイトストーカー戦の活躍を言ってはいたが、たぶんカノンの日記を気にかけてくれたのもあるのだろう。
俺は二人の優しさをかみしめながら、お金を受け取った。
ギルドを出て、宿に入ると、二人は部屋に入ることなくお風呂へと直行した。
一人の時間。宿屋のメイルさんに予め確認した日付によると、タイムリミットまではあと7日らしい。
現在の所持金は35万リル。
残り5万リル――と言いたいところだが、これから宿代の精算をしなければならない。
となると、必要なお金はさらに増える。
――このままでは、日記に間に合わない。
ラッカ遺跡の依頼を受ける前に手に取った依頼を思い出した。
「ルーンストーン3つの採取依頼。報酬10万リル……」
さっきギルドに行ったとき、依頼が残っていることは確認済みだ。
この依頼は、手に取ろうとしたときにティアナから全力で止められたものだ。
「オーリリア城跡地は危ないわ」
かつて言われた、彼女の言葉が頭をよぎる。
お願いしても、絶対に受けてくれないだろう。
それなら――俺一人で行くしかない。
俺は深く呼吸をし、お風呂へと向かった。
しっかり体を温めて、ぐっすり休もう。
明日、二人に黙って、朝一にあの依頼を受けるために。
それが、カノンの日記を手にする、一番の近道だから。




