#44 いざ、新メニュー開発へ 仕込み
「いよいよ、ルーですね」
厨房に立つメイルさんの横で俺が呟くと、彼女はほっと息を整えた。
「はい。よろしくお願いします。先生」
――やっぱり、先生と呼ばれるのは落ち着かない。
だけど、信頼されているのだからできる限り応えるつもりだ。
「まずは鍋を火で熱くして油を入れます。その後は玉ねぎ、人参、ウルフ肉の順に混ぜながら入れます」
「ウルフ肉が先じゃないんですか? 大きい分、火が通りにくいと思いますが」
良い質問だ。これはアルカディア時代、カノンに何度も教えられたことなのですぐ答えられる。
「玉ねぎと人参は溶け込ませるので存在感を消したいんですよ。その方が美味しくなります」
「そうなんですね。わかりました」
得意分野においては本来、自分の直感を大事にしたくなるはずだが、彼女は違った。
明らかに俺より料理の技術は高いだろうに、謙虚な姿勢を崩さない。
* ――――――
鍋を熱していると、次第に鍋の中で油が弾け飛ぶ。
「そろそろですね」
メイルさんが鍋に玉ねぎを入れると、じゅっと音を立てて湯気が立ちのぼる。
「人参はいつ入れますか?」
「うーん、玉ねぎの色が変わったらですかね」
メイルさんは慣れた手つきで玉ねぎを炒める。
しだいに、玉ねぎは飴色に近づいてきた。
次に人参を投入する。このあたりの手順はスムーズに進んでいる。
最後に、ウルフ肉も投入した。立ちのぼる湯気はたちまち強くなる。
やがてウルフ肉は赤みを失い、表面に褐色が広がっていった。
「こんな感じですかね」
「いいですね。次に香りを付けるためのスパイスを入れ、火力を落とします」
「はい。香りでお客さんに美味しそうって思ってもらえるようにしたいです」
彼女は俺が選んだいくつかのスパイスを手に取る。
「香りづけなので少しでいいです」
「はい、ちゃんとわかっていますよ」
そう言って微笑んだメイルはスパイスたちを慎重に匙に乗せ、鍋へと落としていく。
スパイスが鍋へと落ちたのを確認すると、手早くひと混ぜだけして、すぐに火を弱めた。
このあたりは料理人の勘だろうか。
スパイスを入れた鍋からはたちまちツンと来る香ばしさが漂い始める。
――上手いな。初めてのはずなのに、俺より断然手際が良い。
「美味しそうな匂いじゃん」
ティアナが匂いに釣られてカウンター越しに身体を乗り出す。
「これがカレーかぁ。良い匂いに釣られちゃいそう」
「ああ。これなら新メニューとしても十分だろう」
俺は自信で満たされていた。
一方でフィリアは本に視線を落としていたが、ちらりとこちらの様子を気にしている。目が合うと、優しい微笑みを浮かべてから再び本に視線を戻した。
* ――――――
「次は油で小麦粉を焦がさないように炒め、粉っぽさを飛ばします」
俺はメイルさんに次の工程を説明する。
口で言うのは簡単だが、実際にやるとなるとかなり難しい。
俺も何度か挑戦したことはあったが、よく失敗していたし、たとえ成功したとしてもカノンが作ったカレーに勝てたことは一度も無い。
俺の説明を聞いたメイルさんは一言返事をして即手を動かした。
――あっ。
大事な工程を忘れていた。
「すみません、大事なこと忘れてました。具材避けて油を足してから炒めます」
「ふふっ、言われなくてもそうしていますよ」
ちらりとメイルさんを一瞥すると、俺の少ない説明にも関わらず、具材が隅に追いやられ、中心部を使って慣れた手つきで小麦粉を炒めている。
小麦粉を炒めている隣では、ぐつぐつとお湯を沸かしていた。
――これが、経験の差か。
メイルさんに対し、驚きと感心が交差する。
「そろそろ、お湯を加えてもいいですか?」
「はい。一気に入れると後が大変なので、少しずつ入れます」
メイルさんはお湯を少しだけ入れ、かき混ぜる。
俺も教えているうちに、なんだかさまになって来た気がする。
俺が初めてカレーを作ったとき、カノンに「少しずつ」と言われたにもかかわらず、お湯を入れすぎてしまったせい粉が不自然に残っていたりで味にムラができたりと最悪だったのを覚えている。
一方、メイルさんは料理人としての勘なのか、俺が過去にしたミスなどない。かき混ぜられた鍋の中身は塊ができるどころか次第にとろみがついてきて、素人の俺から見ても成功しそうだと思えた。
初めてどころかカレーを知らなかった。なのに、ここまで上手く作れるの、すげえよ。
「次に、じゃがいもを入れます。無いと物足りなくなるので、これは外せないですね」
「はい。でも、ここまで仕上げたものにじゃがいもを入れるの、ちょっと抵抗感ありますね」
メイルさんは心配そうに鍋の中を見つめる。
「それなら、アルトに毒見してもらおーっ」
突然ティアナが割り込む。
「本当に大丈夫だからな? メイルさん、毒はとれたので安心してください」
「信じますよ?」
メイルさんはおそるおそる鍋の中にじゃがいもを放り込む。
毒はとれている。絶対に大丈夫だ。
俺が先に食えば確実に信用してもらえるだろう。
「あとはそのまましばらく煮込んで、仕上げにスパイスを入れれば完成です」
「いよいよですね。私も楽しみです」
メイルさんは鍋に蓋をして、しばらくの間中身をじっくりと観察した。
鍋の中は小さく、しかし絶え間なく煮え続けている。
白い湯気とともに立つほのかな香りが、食欲を強く引き立てる。
泡がはじける音が規則正しく続いているメイルさんは蓋を開け、火を弱める。スパイスを入れ、ゆっくりと鍋全体へ包み込むようになじませていく。
しだいに香りは強くなっていき、俺の空腹をさらに刺激してきた。
「こんな感じでどうでしょうか」
メイルさんは鍋から、とろとろになったカレーを見せる。
鍋からはふわっとスパイスの香りがする。とても美味しそうだ。
「完成だーっ」
メイルさんが作ったカレーを見て、喜ぶ。
とにかく、はっきりと作り方を覚えていないながらも、ここまで美味しそうにできたことに感動した。
――依頼主であるメイルさん以上に。
「見た目だけじゃなくて、味も確認してくださいね」
そうだった。味見も重要な工程の一つだ。
メイルさんは匙を取り出し、鍋の中身をすくう。
「口を開けてください」
えっ。
俺の口の前に匙が差し出される。
「ほら、早くっ」
ただの味見のはずなのに、俺は気恥ずかしさを覚える。
「あのっ、自分で確認しますって!」
俺は焦りを隠しながら、メイルさんから匙を受け取った。
「これです! めちゃくちゃ美味いですよ。けど、ちょっとだけ薄いかもしれないです」
ここからはメイルさんが調理役で、俺が味見役。
ここまで来たら間違いなく成功だろう。
上手く教えられるか不安だったけど、美味しくできて本当に良かった。
* ――――――
「ついに、本当の完成だーっ」
味の調整を終えて、ついにカレーが出来上がった。
「ティアナ、できたぞ」
俺がティアナを呼ぶと、ティアナはカウンター越しにゆっくりと鍋の中を覗き込む。
「これがカレーかあ、美味しそうね」
「一番腹減ったと言ってた割にリアクション薄いな?」
「だってお姉ちゃん、作ってる最中待ちきれないからって非常食食べてたもんね」
フィリアから告げられた一言は俺にとってあまりに衝撃的だった。
「おい、ティアナ何してんだ! もったいねえ」
「てへっ」
せっかく美味いカレーができるってのに、ティアナは食欲に逆らえなかったのであった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
美味しそうに見えるよう書いてみましたが、どうでしょうか?
自分は書いてて無性にカレーが食べたくなり、スーパーでカレーと具材を買いました。
この作品と違って市販のルーなんですけどね笑
さて、次の話は実食となります。
この世界の人たちが活き活きと動く様子を見せられたらと思っておりますので、もうちょっとだけお付き合いくださいね。




