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#43 いざ、新メニュー開発へ 下ごしらえ

 宿屋のテーブルで待つティアナとフィリアを横目に、宿屋の女性は新メニューのカレーを試作するために、厨房で材料の野菜を刻んでいる。


「ついに、じゃがいもですね――先生、お願いします」


 彼女は一つ覚悟を決めたように、ふっと一息つく。


「いやいや、俺は先生ってほどでもないですよ」


 カノンと一緒に作っていたとはいえ、メインはカノンだったし、俺は見ているだけのことも多かった。


「ここからは未知の領域ですから、私にとっては先生ですよ」


 彼女の声と態度から大いに期待されているのがわかる。

 上手く教えられたらいいのだけど。


「わかりました。上手く教えられる自信はないですけど、よろしくお願いします。その――宿屋の店主さん」


「メイルでいいですよ。そういえば、名前を言っていませんでしたね。私、メイルって言います。こちらこそ、ご指導よろしくお願いします」


 宿屋の女性は、メイルさんと言うのか。依頼を受けた身である前に宿泊客である以上、長い付き合いになりそうだ。ちゃんと覚えておこう。


「メイルさん、ですね。わかりました。一緒に頑張りましょう」


 早速、袋に入ったじゃがいもを手に取る。

 メイルさんは野菜を刻んでいた包丁を置き、別の包丁と板を取り出した。


「包丁、変えるんですか?」


「はい。毒を取り除くのにも必要だと思ったので……。変でしたか?」


 そうか。俺が食べられるとは言っても、他の人にとっては元々毒という認識のものだ。


「いや、そんなことないと思います」


 毒があると知っている以上、慎重になるのは当然だ。

 それでも彼女は、俺のことを信じてじゃがいもを食材として使ってくれているんだよな。


 その姿勢が、妙に嬉しかった。




「じゃがいもは洗って、芽があれば包丁で取り除きます。この部分が毒なので、細かく確認します」


 俺はじゃがいもの芽を指さしながら説明し、メイルさんに渡す。


「こうですか?」


「そんな感じです」


 メイルさんはじゃがいもを初めて扱ったとは思えないような手つきで、包丁のアゴを上手く使って芽を丁寧に取り除いている。

 普段美味しい料理を出しているだけのことはあるな。


「上手いですね」


「当たり前じゃないですかっ」


 ふふんと誇らしげに鼻を鳴らす彼女に、俺は胸が温かくなる。


 ――まあ、俺はというと、初めてやったときは指ごとほじったんだけどな。あのとき、カノンにひどく心配されたっけ。もちろん、今ではやらないけど。


「取り除きました」


「うん、いい感じです。次にじゃがいもの真ん中に浅い切り目を一周入れます」


「皮だけを切るイメージですか?」


「そうです。呑み込み速いですね」


 メイルさんは俺の説明を聞くと、てきぱきと作業を進めていった。思ったよりもスムーズだったので、つい声に出てしまった。




「アルト、今ちょっと上から目線だったね」


「い、いやちがっ」


 ティアナの指摘に、俺は咄嗟に誤魔化す。


 そういうつもりは微塵もないのだが、上から目線だと思われただろうか。


「私も思った」


 フィリアにまで……。


「アルトくん。私には全然いいんだけど、他の人には気を付けようね」


 普段から思われていたのか……。


「気を付けるよ」


 姉妹二人に言われてしまっては、俺も認めざるを得なかった。


「ふふっ。私はあまり気になりませんでしたし、むしろ助かりますよ?」


 メイルさんが優しく笑うのを見て、胸がすっと軽くなる。


「アルトさんの教え方って、順序立てられていて、とてもわかりやすいです」


「それはあるかも。私もアルトくんの教え方わかりやすいし好きだよ」


「上からなんだかわかりやすいんだかよくわかんないな」


 俺は誤魔化すように笑う。


「あたし、わかっちゃった。これはあれだね。教えてもらった人だけがアルトの良さに気付くやつ」


「確かに」


 ティアナの思い付きに、他の2人が同調する。


 これは褒められているのか?

 深く突っ込まないことにしよう。




 じゃがいもに切り込みを入れたメイルさんに、次のやることを説明する。


「次に、お湯を沸かしてその中にじゃがいもを入れます」


 メイルさんが熱湯の中にじゃがいもを落とすと、ぐつぐつと小気味いい音が立つ。


「それにしても、毒があるのにわざわざじゃがいもを美味しく食べようとした人がいたなんて、今思えばすごい話ですよね」


「確かに。俺も食べられること知らなかったら食べようと思いませんし」


 けど、その最初の一人がいたおかげで、俺たちは美味しいカレーを作れるわけで。世の中の料理は、すごい挑戦の積み重ねなんだよな。




 それから数分後、熱々に茹で上がったじゃがいもが取り出される。


「あとは水で一気に冷やして皮を引っ張れば、つるっとむけます」


 俺の説明を受け、メイルさんはじゃがいもを冷やす。皮を引っ張られたじゃがいもたちはまるで卵から生まれたかのように、つるっと飛び出す。


「おおーすっきりですね。これも細かくカットでよろしいですか?」


「そうですね。お願いします」


 メイルさんはじゃがいもに刃を落とす。今のところ順調そのものだ。



 * ――――――



 じゃがいもの下ごしらえが終わり、調理台の上はだいぶ賑やかになってきた。


「次はウルフ肉ですね」


 メイルさんは包丁を置き、また別の包丁と板を棚から取り出した。

 じゃがいもはこの世界で毒物として扱われているのでわかるが、どうして肉まで?


「肉のときまで変えるんですか?」


「はい。そうしないと、味が落ちてしまったり、最悪の場合ですとお腹を壊してしまいますので」


 メイルさんの言葉に、思わずはっとする。


 ――そういえばカノンも、包丁を分けていた気がする。


「本来は、洗って使えば問題ないかと思います。ですが、私はお客様に安心してお食事をお楽しみいただきたいので、包丁は用途ごとに分けているんです」


 プロとしての、こだわりか。


「なんかいいですね。そういうの」


 俺たちが普段食べている食事は、料理人の見えない手間があってこそ美味しく、安全に食べられるんだなと再認識した。


 メイルさんはウルフ肉を板の上に乗せ、俺に聞くことなく刃を走らせる。


「野菜は細かくカットしている分、肉は、ある程度形がしっかりしていた方が美味しそうですね」


 赤身の部分を中心に、小さめのそろった大きさに切り揃えていく。

 声は穏やかだが、手捌きはプロのそれだ。食堂一本でもやっていけると思う。


「えっ、なになに? ウルフ肉やってるの!?」


 ティアナが反応するが――だいぶ前からだぞ。


「今終わりました。こんな感じでどうでしょうか」


 俺はティアナと共に、メイルさんが下ごしらえをした肉を覗き込む。


 赤身の繊維を断ち切るように、指でつまめるくらいの大きさに切られたウルフ肉は、角ばりながらもどこか柔らかそうで、火を通せば脂がじんわりと広がりそうだ。


「はい。俺の知ってるカレーに近くて、いい感じです」


「よかったです。少し細かすぎるかなとも思いましたが、安心しました」


 メイルさんはほっと胸をなで下ろす。


「はえー、こんなに細かく切っちゃうんだあ」


「これでも大きい方だぞ。パンにつけて食うから、すくいやすい方がいいだろ?」


「そうだったーっ。いつもの携帯フォークじゃないんだったっ」


 ティアナは指先でこめかみを軽く触れながら、小さく照れ笑いを浮かべた。


「でも、これも美味しそうだね。なんたって、ウルフ肉だしっ」


「ウルフ肉だったら何でもいいのかよ」


「美味しければ何でもおっけー」


 相変わらずの大雑把さに、俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。


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