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#42 最後の1ピース

「さてと、スパイスはどうしようか」


 じゃがいも騒動もひと段落して、俺たち三人は次の目的――スパイス探しのため街を回っている。


 錬金素材店で洗脳を受けたというあらぬ誤解も無事に解くことができた。


 ――とはいえ、顔から出る赤い光に加えて読心術までやって見せたのだから、説明するのにとてつもなく苦労したが。


「スパイスねえ……。どうだったかしら」


 ティアナは腕を組み、うんうんと唸る。


「露天市場ではよく見かけるから無いことはないと思うけど」


 フィリアが横からそっと補足する。


「扱ってるのが露天市場だけだとなあ……。その、次っていつだったっけ」


「土の日だからあと3日後だよ」


 フィリアは淡々と答える。


「そっか、そうだったな……。でも、そこまで待てないし、できればすぐにほしいんだけど」


 いくつか店先を覗き、香りの強そうな棚もチェックしたが、スパイスらしいものは影も形もない。


「スパイスって、露天市場ではよく見るけど、しばらくすると見なくなるのよね。なんでだろう?」


 ティアナは首をかしげる。


「スパイスは海からの輸入品だからね。土の日に船が来て、売れ残ったら別の港へ運ばれるよ」


 フィリアは姉の疑問に対し、あたかも当然のように語るが、俺は全く知らなかったぞ。

 輸入品となると、スパイスは高いのだろうか。


「そういえば、値段はいくらくらいなんだ」


「1ビン1000リルくらいだよ。大きさは――このくらいかな」


 フィリアはビンの大きさを指で表す。

 大きさからして回復薬ポーションほどのサイズだろうか。輸入品のわりには、想像していたより安い。


「そこまで高くないな。それに、余っても別の場所で売ればいいってわけか」


「そういうこと」


 なるほど、だから市場には”余り物”が流れてこないのか。


 そう考えると――今すぐスパイスを手に入れる手段は、ほとんど無いということになる。


 どうしたものか……。


 新メニューのカレーを作るための材料は、あと一歩なのに揃わない。もどかしさが胸に溜まっていく。


「もお~無理。お腹空いたぁ」


 ティアナは空腹で限界そうだ。

 俺も腹が減って仕方ない。


 本当であればカレーの材料を買って作るつもりだったのだが、スパイスが手に入らない以上そうも言っていられなかった。


「戻ってご飯にするか」


「そうだね」


 スパイス探しはいったん中断だ。

 俺たちは顔を見合わせ、小さくため息をつきながら宿へと歩きはじめた。



 *  ――――――




「ただいま戻りました」


 宿の扉の上部から鳴る鈴の音が、俺たちの帰りを一緒に知らせてくれる。


「お疲れさま。食材の調達はどうでした?」


「具材は揃えました。ですが、スパイスが無かったので探すのは中断しようかと」


 俺は買ってきたものテーブルの上に広げ、宿屋の女性に見せた。


「あの、お姉さんは”カレー”っていう料理を知ってますか?」


「カレーですか。初めて聞きましたが、何ですか?」


 ビンゴだ。カレーを知らないようだったので、俺は新メニューとして提案する。


「肉と野菜を煮込んだスープに、いくつかのスパイスを混ぜてとろみをつけた料理です。


 そのとろみの部分を”ルー”って呼んでいて、ルーをパンにつけて食べる料理です」


「へえ。どんな味なんですか?」


「食べるとじんわり辛さが広がるんですけど、それがクセになるんです。辛みの中に肉や野菜の旨みが合わさって、何度でも食べたくなりますよ」


「美味しそうですね。試しに作ってみましょうか?」


 宿屋の女性はにこりと微笑み、腕まくりをする。

 調理場を借りることは最初から諦めていたが、こんな形で解決できるとは……。


「やったあ。お姉さーん、お腹空いたあ」


 親子かよ……。


 まるで子供のようなティアナに思わず苦笑いを浮かべた。




「それじゃあ作りましょうか。アルトさん、作り方を教えてくださいね」


 宿屋の女性が調理用の格好に替わり、厨房に立つ。


 しかし、スパイスが無い事には始まらないだろう。


「スパイスはどうするんですか?」


「アルトさん。ここ食堂ですよ?」


 彼女は微妙に口元をゆるませて肩をすくめる。どこか呆れたようで、でも優しい。


「今回の依頼にも重なるのですが、うちは料理にも力を入れてるんです。スパイスがあると、料理の幅が広がるので、常備しているんですよ」


 彼女はそう言って、棚からビンを取り出した。


「スパイスは、どれを使うのですか?」


 あらゆる種類のスパイスが広げられる。

 種類ごとにビンが異なっていて、それぞれに名称が書かれている。


 まさか宿にスパイスがあるとは思いもしなかった。市場を巡り疲れた俺たちの苦労が一瞬で吹き飛ぶ。

 しかも、種類まで充実していて、どれを選ぶか迷う。


 アルカディアにいた時、カノンが作っていたカレーを思い出す。

 二人で笑い合いながら鍋をかき混ぜていた、幸せな日々。


 過去の記憶を掘り起こしていると、自然とため息が出そうになる。


 ――いや、深く考えるのはよそう。スパイスは確か、これとこれと……。


 我に返った俺は一呼吸おいてから、スパイスを選んだ。




 よし、これからカレー作りの始まりだ。

 俺は厨房の近くで宿屋の女性をサポートし、フィリアとティアナが食卓テーブルで待っている。


「まずは具材を下ごしらえします。玉ねぎとにんじんは細かく切ってください」


 カノンに言われたことを思い出しながら、宿屋の女性に説明した。


「任せてください」


 宿屋の女性は包丁を構え、トントンとテンポよく食べ物を切っている。

 みるみるうちに、野菜が細かく刻まれていく。


 ――うん。これならルーに溶けてくれるだろう。


「アルトさん、買ってきた物確認したのですが、これってじゃがいもですよね?」


 彼女は袋からじゃがいもをちらりと覗かせる。


「そうです」


「――食べるんですか?」


 そういう宿屋の女性はちょっと引き気味だ。


「食べます」


「じゃがいもって毒あるんですよ?」


「毒の部分は捨てて、食べられるとこだけ食べます」


「はあ、本当に食べるんですね。少し怖いですが、新しい料理なら挑戦してみます」


 引かれるのは想定していたが、思ったよりすぐ受け入れられた。


 仮にも宿屋の厨房だし、もっと拒絶されるかと思っていたのだが……。

 それだけ新メニューのために手段を選んでいられないのだろう。


「じゃがいもはどこを食べるのですか?」


「基本的には全部食べられます。でも、芽が出てるところと、緑色になっているところは取り除いてください」


「これだけで、本当に食べられるようになるのでしょうか。でも、楽しみです」


 彼女も、本来食べられるものではなかったはずの食材と、未知の料理に期待を寄せてくれている。


 カレー。今度こそ、彼女の期待に応えられるといいな。


 俺はごくりと唾を呑み込む。


 アルカディアの思い出と、この世界での新しい挑戦が、静かに胸で重なっていくのを感じた。


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