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#41 材料の調達

 市場通りを歩いた先に、店先に野菜が所狭しと並ぶ八百屋にたどり着いた。


「ここだな」


 海風に揺れる日よけ布の向こうから、店主の元気な声が響く。


「へいらっしゃい! 野菜ならなんでもあるよ!」


 俺は近づき、並んだ野菜をひとつひとつ目で追う。


 ――本当だ。じゃがいもが無い。


 野菜ならなんでもあると言う割にじゃがいもが無いのは、やはり食材としての認知がされていないからなんだろう。

 こればっかりは文句を言っても仕方ない。代わりに玉ねぎとにんじんを探そう。


 玉ねぎは網に入ってつり下げられ、にんじんは木箱に整然と並べられている。どちらも状態が良い。


「玉ねぎは三つでこの値段か。にんじんは……」


 お金の計算をしていると、ティアナが身を乗り出す。


「わっ、見てみて! このにんじん、ウルフの肉と絶対合うやつ!」


「八百屋の前で何てこと言うんだよ……。どんだけ肉推しなんだ」


 俺はティアナに突っ込む。結局ウルフの肉からは逃れられないのか。


「ガハハッ。そうだろう、そうだろう!」


 店主は豪快に笑う。気にしていないようで良かった。


「肉と合う野菜は正義ってことだね!」


「嬢ちゃん、わかってるねえ」


 何か同盟ができている!


 ティアナの打ち解けの早さに感心――はしなくても、驚嘆の念を抱いた。




「すみません、このにんじんと玉ねぎください」


 俺は店主にお金を渡すとともに、ほしい食材に指を差した。


「おうよ、お前さんたちには特別におまけしてやろう」


 お金を受け取った店主はにんじんと玉ねぎを丁寧に袋に入れた。ちょっと多めに。


「いいんですか? ありがとうございます」


「いいってことよ」


 店主が野菜を俺に差し出す。ありがたく受け取ろう。


「そういえば、じゃがいもってどこで買えるか知ってますか?」


 俺が店主に尋ねると、不思議そうな顔をこちらに向けた。


「あん? あんなものを買って一体何をするんだ? 毒薬でも作るつもりか?」


「いや、食材として使うんです」


「食材だぁ!? 冗談きついねぇ!」


 店主まで驚かせてしまった。


「お前さん、まだ若いからって無茶してると、年とって痛い目見るぞ。まあ、なんだ。じゃがいもなら錬金素材店だな。あんな毒物、うちら八百屋が扱うもんじゃねえ」


 忠告はしつつもちゃんと教えてくれるんだな。

 店主はメモ紙とペンを取り出し、何か書いている。そして――


「ここだな。わかりにくいが、近所の人に聞くなりしてくれ。一度入ったモンはぜってえ忘れねえ店構えしてっからな。見た目はあれだが、根は良いヤツだから安心しな」


 差し出されたメモ紙には地図が描かれていた。棒線と殴り書きされた文字はおじさんの雑さや豪快さ、そして親切さが感じ取れる。


 読みにくくはあったが、これなら無事に着けそうだ。


「ありがとうございます」


「おじさん、ありがとう」


「ご丁寧にありがとうございます」


 三人それぞれ違う調子でお礼を述べる。


「また来てくれよな」


 おじさんに見送られながら、八百屋を後にした。



 * ――――――



 八百屋の店主に渡された地図に記された場所は、何とも辺鄙へんぴで人の立ち入りがほとんどないような路地裏だった。


「錬金素材店――ここで合ってるよな」


 店の看板に黒鳥があしらわれた、見るからに怪しさ全開の建物だ。ここに入るのは勇気がいるぞ……。


「これ……。普通の店じゃないね」


 フィリアの声がわずかに震えているのを感じた。

 それにつられて、俺の右手もかすかに震える。


「もー何勿体ぶってるの、はやく入るよ」


 ティアナは躊躇なくドアノブに手をかけ、扉を開いた。




 店の中は薄暗く、おどろおどろしい空気が漂っていた。


 淡い光を放つ液体で満たされた培養柱のようなものがいくつも並んでいる。

 いかにも怪しい実験が行われていそうで、なんだか気味が悪い。


 怯えながらもあたりを見回す。


「いらっしゃアぁ~い。今日は、何だイ?」


 声と共に出てきたのは、フードをかぶり、中から赤い光を放つ、異質な存在そのものだったのだ。


 俺は思わずのけぞってしまった。


「えっと、貴方は――」


 あまりの見た目に俺は言葉がつっかえる。人間――ではあるようだが、そいつが放つ雰囲気があまりにも異質なのだ。


「失礼。ワタシはこの錬金素材店の店主だヨ」


 頭の中で情報が一気に渦を巻き、思考が一瞬真っ白になる。


 気付けば数秒、店主と向き合ったまま固まっていた。


「どれどれ――」


 店主は両手をゆっくりと動かしながら赤い光を俺に向けている。


「なるほど。じゃがいもですかイ? チョットお待ちヲ」


 は?

 俺は何も言っていないぞ。

 なぜ俺が何を考えているかわかった?


 俺が声をかける間もなく、店主は裏方へと行ってしまった。


「アルトくん、怖いよ……。帰りたい」


「俺もさっきのはすげえ怖かった。けど、ちょっと待ってな」


 俺も同意する。店の雰囲気も相俟ってさっきの読心術じみたことは鳥肌が立った。


「アルト、あたしたちは店の外にいるわね。じゃがいもの大事さなんてよくわかんないし、逆に邪魔しちゃうでしょ?」


 ちょっと待ってくれよ。

 言葉にする前に、二人は店から出てしまった。


 ――仕方ない。俺一人で耐えるか。




 数十秒後、店主がなぜか杖を構えながら出て来た。

 わざわざ杖を――その疑問はすぐに晴れることになる。


 店主の後ろから出て来たものは、大量のトレーとそれらの上に乗ったたくさんのじゃがいもだった。杖を構えていたのは、どうやら大量のトレーを魔力で浮かせるためらしい。


 トレーには紙が貼りつけられており、それぞれ「~50」「50~」「60~」と、10刻みの数字が書かれていた。さらに、同じものなのに数字が高い程値段が上がっている。


 ――マジで謎すぎる。


「ん? この数字かイ? こいつは”品質”だヨ。高いほどイイもんだネ」


 俺は並んだじゃがいもに視線を落とす。


 高い程良いとは言ったが、「90~」と書かれたものは芽が出ているし、「120~」より高い数字のものはほとんどが緑色で食べられる場所なんてどこにもない。


「ヒヒッ。君、面白いネ。この毒の材料、食べようとしてるのカイ?」


 なっ――


 この店主、やっぱり俺の心を読んでいる。


「イイ毒が抽出できるモンが高品質だネ」


 赤い光が一瞬だけ強く瞬いた。


 そういうことか……。毒の材料としての品質であって、食べ物としては全然だめだ――じゃない。何俺納得しているんだよ。


 怪しい店構えに読心術まで使う店主、どう考えても普通じゃないだろ。


「何も怪しくないヨ。むかぁ~シ、冒険者やってる時にネ、ど~しても必要になって鍛えたものサ」


 いやいや、さすがにここまでされて普通だなんて誰が信じられるんだ……。

 あの八百屋のおじさん。なんて店紹介してんだ。確かに一度入ったら忘れられない強烈な体験だよ。


「ん? あの八百屋のオッサンに聞いたのカイ?」


 知り合いだったのか?

 水と油な気がするが、いったいどうやって。


「あいつハ昔同じパーティの冒険者デ、気に入ったやつには甘くてネ~。昔からああなんだヨ」


 もはや何のリアクションもできない俺にローブの店主は話を続ける。ここまで、俺が発した言葉はほぼゼロだ。


 驚きで声が出ないというのが正しいのだが。


「あいつニ、口説きたい女の心ヲ読んでくレと言われたときはどうしようかと思ったネエ……。あいつとの仲だシ、やってやったケド――今じゃガキんちょ二人作ってんだカラ、やって良かったと思ったねエ」


 初対面の俺になんて話をしているんだ。


 とは思ったが、フードの中から赤い光を爛々と煌めかせるこの見た目から凄まじいエピソードが飛んできて、少しだけ好感度が上がった――気がする。気がするだけ。

 とはいえ、許可も無く人の心を読むのはやっぱりどうかとは思うけど……。




「話が長くなってしまったネ。じゃがいも、どれがいいか選びナ」


 我に返った俺は、じゃがいもに視線を落とす。張り紙とじゃがいもを見比べて、どれが食用に適しているかを吟味した。


「90~」と書かれたものは芽だらけで話にならないとして、「~50」は材料として痛みすぎている。


「おっ。こいつは良さそうだ。緑が少なくて、芽も浅い」


 アルトは一つひとつ撫でるように確かめ、食べるのに良さそうなものをいくつか選んだ。


 手に取ったじゃがいもを店主に見せ、お金を支払う。


「また、よろしク。イーッヒッヒッヒ!」


 最初こそ「もう行きたくない」と思ったけど、話すにつれ、その気持ちが次第に薄れていったのを感じた。



 * ――――――



 店から出ると、ティアナとフィリアが前で待っていてくれた。


「アルトくん、大丈夫だった?」


 フィリアが心配そうに顔を覗き込む。


「うん。というか、思ったよりいい人っぽい」


 俺の返事を聞いたティアナは目を大きく見開く。


「アルト、もしかして洗脳された?」


「アルトくん。戻ってきて!」


「いやっ、ちょっと!?」


 二人にあらぬ誤解をされ、俺は誤解を解くのに必死だった。


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