#38 再始動
ノインの薬により体調が完全に回復した俺は、宿から出て、ギルドに向かう。
太陽の熱がぽかぽかと俺の背中を温めていて、完治を祝福されているように感じた。
外を歩くたびに感じる潮の香り、船笛の音が、この町が活気のある港町であることを再認識させてくれる。
「アルトくん、治ってよかったね。私も安心したよ」
隣でフィリアが微笑む。
「ほんとほんと。休むときはちゃんと休むんだからね」
ティアナはなぜか鼻を鳴らし、どや顔をする。彼女たちがノインを連れて来てくれたおかげで完治できたわけだから、ツッコミを入れるつもりもなかったが。
「お姉ちゃんは休みすぎだと思うよ。今日だってずっと寝てたもん」
突然繰り出される妹からの正論に、俺は思わず吹き出してしまった。
* ――――――
ギルドに到着し、依頼を眺める。こうしてギルドに来たのも久しぶりだ。
冒険者が行き来するこの施設特有の土っぽさを感じる臭いや、パーティ同士で会話する冒険者たちの声も、なんとなく懐かしい感じがする。
「さて、仕事が始めよう。カノンの日記のために」
ほどよい緊張感に、自然と胸の奥が熱くなるのを感じた。
俺はギルド内の壁に貼られた依頼書を眺めていた。
おっ。この討伐依頼、報酬8万と高いな。俺にもできそう。
依頼書に手を伸ばそうとしたところで、ティアナに制止された。
「病み上がりなんだから、もうちょっと簡単な依頼にしない?」
普段の俺なら手を伸ばしただろう。しかし、最近まで身体を壊して稼ぎがなくなってしまっていた俺は、ティアナの意見に耳を傾けることにした。
「そうだな」
俺は依頼のランクを下げ、身体に負担のかからない依頼を探した。
「これ、あたしたちの宿からの依頼じゃない?」
ティアナが指を差した先には、宿からの依頼書が貼ってあった。
「なになに……。お食事の新メニュー案募集?」
依頼書の内容は、お食事の新メニューを考えるものだった。今まで見た感じだと依頼の中心になっているものは討伐依頼や採取依頼だったので、この手のセンスが求められる依頼は珍しいと思う。
俺にできるのか?
考えを巡らせていると、ティアナは横で相談することなく依頼書をはがした。
「面白そうだし、やってみようよ」
相談なしかい。俺は苦笑いするしかなかった。
* ――――――
俺たち3人は剥がした依頼書を受付に持っていくと、受付嬢は驚いた顔をしていた。
「アルトさん。体調は大丈夫なんですか!?」
そっちか。
驚くところは依頼の内容じゃないのか。
というか、名前覚えていたんだな。俺は覚えていないのに。
――教えてもらってすらいないが。
「なんとか回復しました」
「よかったです……! 体調を崩したと聞いたとき、本当に心配してたんですよ」
冒険者の一人にすぎないのに、こんな言葉をかけてくれるんだな。
俺たちは受付に依頼書を提出する。
「引き受けてくださるのですね」
受付嬢は驚いたような、それでいて嬉しそうな表情だ。
彼女によると、腕っぷし以外に誇れるところがなくて冒険者になった人が少なくなく、この手の発想力を求められる依頼は敬遠されるそうだ。
それでも、受ける人が全くいないわけではないらしく、命に関わる内容ではないことから、パーティメンバーに内緒で受けに行く冒険者もいるという。
「やりますっ。あたし、料理には自信があるんで」
ティアナはにっと笑って右手を上げる。
料理と言っても肉を焼いているイメージしか湧かなかったけど、実際味付けは美味いので、突っ込まないことにした。
「良い報告をお待ちしています」
受付嬢は俺たちに微笑みかけた。
俺たちはギルドを後にして、いつも使っている宿に戻る。
「休むんじゃなくて仕事で宿にいくなんて、変な感じだね」
フィリアが目を細め、呟く。
「そうだな、上手くいくといいな」
上手くできる自信はないけど、少しでも依頼に貢献できるように頑張ろう。
* ――――――
上部から「チリン」と鳴る鈴の音と共に、俺たちは宿の中へと入ると、受付の女性がカウンター越しに声をかけてきた。
「いらっしゃ……。お帰りなさい。あっ! アルトさん、治ったんですね。よかったです。調子はどうですか?」
宿屋の人にも気にかけてもらえたのが嬉しくて、なんだか恥ずかしい。
「はい。おかげさまで。ありがとうございます」
「いえ、私は何もしてませんから。感謝はお二方にしてあげてください」
俺はすでに感謝しているつもりだったが、改めて言葉にしよう。
「そうだな。ティアナ、フィリア。本当にありがとう。おかげで助かったよ」
「えへへ、どういたしまして」
フィリアは頬を赤らめてはにかむ。
彼女には看病してもらっただけではなく、精神的にも支えてもらった。
それだけで、どれだけ救われたか分からない。
「いやー、あたしがあの薬師さんに声をかけてなければ、アルトはまだ立てていなかったからね。もっと感謝してくれていいよ?」
ティアナにそう言われるとちょっとむかつくので、軽く小突いておいた。けど、俺の中で感謝の気持ちが消えることはなかった。
「ふふっ。良いパーティですね」
宿屋の女性は微笑み、黒くてさらさらの首元まである髪をきらりと白く光らせた。
「俺もそう思います」
出会ってから今まで、世話になりっぱなしだ。
これからも、3人で支え合えたらいいな。
「そうそう。あたしたち、依頼で来たんですよ」
ティアナが依頼書を右手に持ち、ひらひらと揺らして見せた。
「本当ですか? ありがとうございます。丁度困っていたところなんです」
今までの食事も美味しかった記憶があるのだが、どうして新メニューを作ろうと?
俺は思ったことをそのまま尋ねる。
「えっと、言いにくいのですが、最近お食事の売上が落ちていて、収入は宿頼りになっておりまして……」
「それで、新メニューで新たな客層を開拓したいと」
「はい。実は――この宿、もともとは私の亡くなった祖父母が始めたものでして。両親は仕事で忙しくて、私はよくここに遊びに来ていました。ですが、祖母は宿の仕事で手一杯で、祖父がよく面倒を見てくれたんです。おじいちゃんっ子なんです。私」
言葉を紡ぐ彼女の声が、少しだけ震えていたような気がした。
「ある日、祖父が作ってくれた食事を食べていたら、お客さんがいきなり『俺も食べたい』ってお金を出したんですよ。その人、食べ終えた後に泣いていて――こんなに美味しいものは初めてだって。それが食堂を開く始まりでした。だから、祖父との思い出が詰まった食堂を閉じたくないんです」
緩いノリかと思っていたが思ったより深刻だった。
力になりたいという気持ちがより一層強まる。
俺が拳を握りしめていると、隣から鼻をすする音が聞こえた。
隣を見ると、フィリアの目がうるうると光を浮かべている。
「ぐすっ。絶対役に立てるよう、頑張ろうね」
「ああ。それも、行列ができるくらいにな」
俺も決意を新たにした。
討伐依頼とは違って命の心配はない。
だが、宿の成り立ちを聞いてしまった以上
この依頼、一筋縄ではいかないかもしれない。




