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#36 不思議な薬

「えっと、アルトさん、だね?」


 ティアナが連れてきた薬屋の女性は、確認するように俺を見つめる。


「あっ、ああ……」


 俺はぎこちない返答をすると、彼女はこちらにいくつか質問をしてきた。


 その目は、ただの好奇心じゃない。俺の肩の奥を覗き込むような、研ぎ澄まされた光が宿っていた。

 肩が痛みだしたのはいつ頃か。治療院には行ったのか。診断結果は何だったのか。治療院からもらった薬はどれか。などなど。


 立て続けに、細かいところまで確認してくる。身体をまさぐられている感じがして居心地が悪かった。


 けど、もしかしたら――


 少しでも可能性があるなら、賭けてみたい。

 気付けば、俺は素直に答えていた。


 彼女はうんうんと頷きながら、俺の話を親密に、かつ抜け目なく聞き取っていく。


「なーんとなく分かった気がする。あたしが代わりの薬を作ってくるよ」


 薬を作る!? この子、本物の薬師だったのか?


「この子本っ当にすごいんだから。噂で聞いたんだけど、隣町の流行り病を二人だけで治したんだって」


 声を荒らげるティアナに、彼女は苦笑いで返した。


「あはは……。あの時は大変だったよぉ」


 俺は露天市場で買った薬――あの日、子どものけがを一瞬で治した薬を思い出す。

 まさか、それを作ったのが、こんなにも華奢な子だったとは。


 そして、その彼女が目の前に立っている。思わず俺は一瞬、身体の動きを止めた。


「アルトさん。薬だけど、5日くらいかかりそうだから、完成したらあたしが持ってくるね」


「5日!?」


 俺は思わず目を見開き、身体を前のめりにする。すると、右肩にハンマーで殴られたような衝撃が走った。


 必死に痛みをこらえる俺を、彼女はルビーのような瞳を曇らせながら見つめている。


「できるだけ急ぎたいんだけど、まずは治療院の薬を調べないといけないからね。薬も、組み合わせ次第では、毒になることだってあるし」




「すみません。えっと、アルトくんは、治せるんですか?」


 フィリアは彼女に尋ねる。両手を胸元で握り、眉を下げていて、まるで自分のことのように心配してくれる。


「あたしに任せてよ。こんなの、すぐに治しちゃうんだから」


 自信満々で胸を張る彼女。

 肩まで伸ばしたワインレッドの髪が、ふわりと揺れた。


 さっきまで重苦しかった気分が、晴れやかになった気がする。


「わかった。お願いするよ」


 俺は彼女に頭を軽く下げると、彼女はゆっくり部屋を後にした。


 あの少女のことを、信じてみよう。いや、信じるしかない。




「アルト、薬屋の子が薬を持ってくるまで、絶対安静にすること。わかった?」


「言われなくてもわかってるよ……」


 ティアナが釘を刺すように忠告してきたので、俺も肩をすくめて言葉を返した。




「あたし、お風呂に入ってくるね。いっぱい動いて疲れた~っ」


 ティアナは両腕をぐぐっと天井に向け、俺とフィリアに視線を移してから、背を向けた。


 扉が閉まる音と共に、部屋の中は静まり返る。


 窓は夜の黒と点のような白で埋め尽くされ、部屋を灯すのはランプの光だけ。

 漆黒の中に輝く一筋の光。それはまるで、失意に打ちひしがれた俺に希望が差し込んでいるようだった。


「アルトくん、よかったね」


 フィリアがぽそりとつぶやく。

 俺はフィリアに視線を向けると、ほっと安堵したような表情を浮かべていた。


「ああ。治ったら、また頑張らないとな」


 彼女は今頃俺のために準備をしてくれているだろう。


 俺も、これからのことを考えて決意を新たにした。


 日記を、カノンの想いを、確認するために。



 * ――――――



 あの日から、ずっと宿の部屋にこもる日々が続いた。


 その間、依頼は受けることなく、休養にあてた。何もすることがなく、暇で仕方ない。

 だから、調子のいい時は魔法の練習をした。特にストレージの容量拡大は俺にとっての急務だったから、こういう退屈な時間を利用できたのはいい機会でもあった。形にこそならなかったが、ヒントをつかんだ気がする。けど、それもティアナに見つかったときは、怒られたっけ。


 そうして過ごしてきた、5日目の朝――


 ベッドから起き上がると、ティアナが隣のベッドで眠っていた。一方、フィリアはすでに起きているどころか、着がえまで済ませていて、金木犀色をした髪に結ばれた左右のリボンをゆらゆらとなびかせている。


「アルトくん、おはよう。窓開けていい?」


 俺は挨拶を交わし、了承の頷きを返した。


 フィリアが窓を開けると、優しい風が頬を撫でた。通りからはほのかな潮の香りや、行き交う人々の声が絶え間なく届いていて、さすがは港町と言ったところだ。


 治療院で貰った薬のおかげもあり、右肩の変色こそ落ち着き始めてはいるが、痛みは相変わらず続いている。




 しばらく部屋でゆっくりしていると、扉からノックの音が聞こえて来た。


「はーい、どちら様ですか」


 フィリアが返事をする。


「すみませーん、アルトさんの薬を作ったので、持ってきました」


 薬屋の女性の声だ。


 しかし、ティアナはいまだに惰眠を貪っている。


 同じ女性とはいえ、部屋に入れることを躊躇していた。だが、フィリアは姉のことを全く気にせず、何のためらいもなく扉を開ける。


「失礼しまーす」


 彼女は軽く頭を下げてから部屋に入ると、ベッドにいるティアナを一瞥し、思いもよらぬことを口にした。


「この時間、眠くなるよね。あたしも、よく叩き起こされるし」


 まさかティアナと同じ側の人間だったとは。俺は苦笑いを浮かべると、彼女は小さな鞄から紙袋を取り出し、俺に差し出した。


「はい、これがあたし特製のお薬だよ。治療院の薬の成分を見ながら作ってるから、治療院の薬と一緒に飲んでね」


「ありがとう、さっそく飲んでいいか?」


「うん。飲んで飲んで~」


 俺は治療院の薬と、彼女からもらった薬を一緒に飲んだ。


 ――苦くない。


 治療院の薬は下の奥にまで苦みが広がるはずなのに、彼女の薬はそれらを全て打ち消した。

 ほんのり甘い感覚だけが口の中全体に残る。


「甘い」


「でっしょ~。昔から、子どもが飲みやすい薬を作ってるから、あたしの薬は甘いのです」


 彼女は腰に手を当て、自慢をするように語った。


 俺は薬を水で身体に流し込むと、さっきまでの右肩の痛みが嘘のように消え去る。


「痛くない……。」


 あまりの効きの速さに現実感が全く無かった。喜びより、驚きの方が勝っている。


「アルトくん、本当に痛くないの?」


 フィリアが俺の顔色を窺う。


「ああ、こんなにもすぐに治るとは」


 俺が答えると、フィリアはぐっと近づき、俺の左手を強く握った。


「よかった……。よかったよお!」


 エメラルド色の瞳が揺れている。それにつられて、俺の目元までもが熱くなりそうだった。


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