#33.5 体調不良(フィリア視点)
次の日、私はいつも通りに目が覚めた。
昨日の強い風とはうって変わって、窓からは優しい光が差し込んでいて、なんだかあったかい。
ふと隣を見ると、お姉ちゃんは布団を抱きかかえ、子どものように眠っていた。少し離れた場所のアルトくんも、目にタオルを敷いて眠っている。
身体を起こした私は、くしで髪をとかし、左右にリボンを結ぶ。
アルトくんが起きても大丈夫なように、部屋にもうけられた小さい個室で着替えた。
いつもは私が一番早起きで、次にアルトくん。そして、最後に二人でお姉ちゃんを起こすのが日常だ。
けど、昨日からアルトくんは右肩の調子が悪そうだった。本人は大丈夫って言ってたけど、絶対――強がりに違いない。
お風呂からあがってきたアルトくんは肩だけではなく、のぼせたような真っ赤な顔をしていて、いつもの覇気がなくなっていた。足元もおぼつかないままベッドに入ると、あっという間に寝ちゃってた。
心配でアルトくんを起こしかけたけど、昨日のことが頭をよぎって、手を止める。
* ――――――
しばらくして、お姉ちゃんが起きた。
考え込んでいるうちにすごく時間が経っていたらしい。
「う~ん」
お姉ちゃんは腕を伸ばし、体を起こす。
「お姉ちゃん、おはよう」
私は挨拶をすると、お姉ちゃんは挨拶を返し、身支度を整えた。
* ――――――
お姉ちゃんが部屋に戻っても、アルトくんは眠ったままだった。
アルトくんが目を覚ますのをじっと待ちながら、私は無意識に手にした本のページに視線を落とす。
それから数分たったと思う。
静かな部屋に突然響いたアルトくんの声に、思わず振り向いた。
「アルト、どうしたの!?」
私より早く、お姉ちゃんが反応する。
アルトくんの顔は赤く、必死に痛みに耐えているように見える。
「なんでもないよ。依頼を受けにいこう」
――いつものアルトくんじゃない。休ませないと。
そう思った私は、自然と身体が動いていた。
「だめ」
私はアルトくんに視線を送る。
「それだと、カノンの日記が……」
私も日記は協力してあげたい。でも、アルトくんの体調の方が大事。それは譲れない。
「アルトくん。無理してるでしょ」
「そんなことない」
アルトくんが強がっているのは、明らかだった。
「……嘘だよ」
私がそう言うと、アルトくんは「しまった」という顔を浮かべた。
「顔赤いし、昨日からずっと様子おかしかったよ」
アルトくんは次第にどこか諦めたような表情を浮かべた。
「本当は、すげえ右肩が痛いし身体が熱い。休みたいよ。けど、時間は限られている。一日たりとも無駄にすることはできない。だから、ギルドに行かせてくれ」
「今無理をしたら、倒れちゃうよ」
アルトくんは私の言ったことに実感が持てていないみたい。
――私が、説得しなきゃ。
「お願い、今日は休んで。アルトくんが倒れちゃうなんて、絶対いや」
言葉に詰まりながらも、奥底から溢れ出る気持ちが声に乗った。
「そうよ。冒険者は、無理して命落としたらおしまいなの。あたしたちはパーティなんだから、観念しなさいよね」
お姉ちゃんの言葉に、アルトくんの顔色が変わった。
「わかった。今日は休むことにするよ」
ベッドに身を預けたアルトくんを見て、私はほっと胸をなで下ろした。
* ――――――
私はお姉ちゃんに呼び出され、部屋の外に出た。
「フィリア、カノンの日記って何?」
お姉ちゃんの言葉に私は思わず顔をこわばらせ、ぎゅっと手を握った。
アルトくんは自分の出自を隠している。
本当のことを織り交ぜて大事なことは隠し通そう。
「この前の露天市場で見た、あのすっごく高い本覚えてる?」
私が聞くと、お姉ちゃんは思い出したかのように拳を手のひらの上に軽くのせた。
「アルトがめっちゃ欲しがってた変な本?」
「うん。幼馴染のカノンって人が書いた日記なんだって。アルトくん、ずっとその人のことを探していたじゃない? 直接ヒントになるものを見つけて、今まで頑張ってたみたい」
「たかが日記にあの値段!? ――たかがって言っちゃ悪いわね。でも、それならあの子が本気になるのもわかるかも」
「でも、アルトくんはあまり聞かれたくないみたいだから、触れないであげて」
私がお願いすると、お姉ちゃんは黙って頷いた。
アルトくんは自分がアルカディアの人だってことをお姉ちゃんにすら言っていない。ちょっとだけ答えちゃったけど、これくらいならいいよね。
* ――――――
「あたしはギルドに行ってくる。剣を教えてもらいにね。アルトのこと、頼んでいい?」
そういえば、お姉ちゃんは一緒にワイバーンを倒したエドさんに稽古をつけてもらうって言ってたっけ。
「うん、わかった。私に任せて」
私は宿に残ろう。やらなきゃいけないことはたくさんある。
まずは桶を借りなきゃ。
階段を降り、受付に行く。受付の方は私に気付くと、にこやかに挨拶をした。
「すみません。桶を貸してもらえませんか」
受付の方は少し驚いたような、でも優しい表情でこちらを見た。
「いいですけど、何に使うんですか?」
「仲間が具合悪そうなので、看病したいんです」
私は正直に用途を話した。すると、受付の方は納得してくれたのか、桶にお湯を入れて、タオルまで準備してくれた。
「タオル沢山用意しましたけど、足りなくなったら言ってくださいね」
私は受付の方に頭を下げて、桶を運ぼうとした。
――重い。お湯が入った桶だもん。重くて当たり前だよね。
持ちあげられずにいると、受付の人がこちらをじっと見つめ、一言。
「あの、もしよければお手伝いしましょうか?」
本当は申し訳ないし遠慮したかったけど、私一人で運べないことはわかっていたので、お願いすることにした。
* ――――――
アルトくんが寝ている部屋に戻ると、彼はすでに眠りについていた。火照った頬と、浅く荒い呼吸。その苦しげな表情に、胸が締め付けられた。
桶をベッドの近くにおろしてもらったあとは、私一人で看病する。
タオルを濡らし、きゅっと絞る。それをアルトくんの額にそっと乗せた。
でも、それだけじゃ足りない。
私は杖を構え、魔法陣を描いた。
「チェインヒール」
杖の先は淡い緑に変わり、ぼんやりとした光の玉が彼の元に吸収されると、表情が少しずつ穏やかなものに変わっていく。
定期的にタオルを入れ替えているうちに、私は無意識に目をこする。
「ダメダメ、寝ちゃ。私がちゃんとしないと」
アルトくんの顔色を見ながら、私はずっとそばで看病していた。
* ――――――
次に気付いたときには、すでに夕方になっていた。
視線をゆっくり移動させると、アルトくんが起きていることに気付いて、私は目を見開く。
「アルトくん、大丈夫なの?」
看病してる最中に寝ちゃうなんて。私のばかばか。
身を乗り出し、アルトくんに身体を近づける。体調は大丈夫かな……。
「ああ。けど、右肩はずっと痛むよ」
まだ右肩は治らないみたい。
私は傍にあった杖を構え、もう一度回復魔法を使った。
右肩を押さえるアルトくんを見て私は不甲斐ない気持ちでいっぱいになる。
「はあっ、時々回復魔法を使ってたけど、あんまりよくならなかったみたい」
「大丈夫。休んだら治るはずだ」
貼り付けたような笑顔からは、彼が強がってるのはすぐにわかった。
私はタオルをお湯につけ、しぼる。
「アルトくん、汗ふかなくて平気?」
アルトくんにタオルを差し出すと、彼はお礼を告げて受け取った。
そして、彼はタオルの触感を確認してから、シャツをめくる。
――私のいる前で。
彼の上半身が露わになるすんでのところで、思わず目をそらす。
「わっ、私がいるのに――やめてよ」
頬が次第に熱くなり、心臓の鼓動が速くなるのがわかる。私は一度も男の子と”そういう関係”になったことがないから、異性の肌を見るのはどうしても抵抗がある。
「あっ、ああ。すまない」
彼はきょろきょろと視線を泳がせながら、次の言葉を紡いだ。
「そういえば、ティアナはどうしたんだ」
「おっ、お姉ちゃんは、エドさんに稽古をつけてもらうみたい。き、昨日は捕まえられなかったから、今日こそはって張り切ってたよ」
私だけ変に意識しちゃってる。
動揺しているのを必死に隠しているけど、隠しきれていないような気がする。
声や手の微かな震えが自分でも止められない。
落ち着かないと――私は深呼吸をして、心を鎮めた。
アルトくんは笑みをこぼし、ひとしきり考える動作をした後「そっか」と一言だけ返し、そのまま体を横にした。
そういえば、アルトくんは今日ずっとご飯を食べてない気がする。
もし食べられるのならパンがゆを作ろうかな。
「アルトくん。ご飯は食べられそう?」
アルトくんは目線を斜め上に寄せる。
「少しなら……」
「よかった。ちょっと待ってて」
食欲はちゃんとありそうで安心した。
私はパンがゆを作るため、部屋を後にする。
「私が食べさせたほうがいいよね」
そうは思っても、実際に行動に起こすとなると勇気がいる。
私は、アルトくんの口元にパンがゆを持っていくシーンを頭の中でイメージしながら、準備を進めた。
次の更新は 12/29 の予定です。
できれば年末年始期間は毎日投稿できたらと思います。




