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#33 体調不良

 翌日、あまりの痛みに俺は目が覚めた。

 昨日お風呂に入る時気付いた右肩の変色。痛みは改善されるどころかだんだんひどくなるばかりだ。

 肩だけじゃない。身体が熱く、頭がぼーっとする。


 それでも、時間は待ってくれない。カノンの日記のために稼がないと――




 身体を起こすと、フィリアだけでなく、ティアナも起きていた。

 フィリアはともかく、なんでもない日にティアナまで起きているなんて、珍しいな。


 俺はベッドから降り、床に足をつけると、右肩にずきりとした鈍痛が襲い掛かった。


「うっ!!」


 俺の声に二人が振り返る。二人は俺を見るなり、顔を青ざめさせた。


「アルト、どうしたの!?」


 ティアナは俺に駆け寄り、瞳を曇らせる。


「なんでもないよ。依頼を受けにいこう」


 肩の痛みに耐えながら、ギルドへ向かう準備を始めた。




「だめ」


 制止したのは、フィリアだった。眉をつり上げ、俺にするどい視線を向ける。

 本来なら俺だって休みたいが、そうも言ってられない。


「それだと、カノンの日記が……」


 俺の懸念に、フィリアがぴしゃりと遮るように被せた。


「アルトくん、無理してるでしょ」


「そんなことない」


「……嘘だよ」


 フィリアは、ふっと息を漏らし、真っ直ぐこちらを見た。強がって見せていることを、お見通しと言わんばかりに。


「顔赤いし、昨日からずっと様子がおかしかったよ」


 俺としては悪化していることに気づかれていないつもりだったのだが、全部、気付かれていたんだな。

 俺は少し肩を落としながら、素直に本音をこぼした。


「本当は、すげえ右肩が痛いし身体が熱い。休みたいよ。けど、時間は限られている。一日たりとも無駄にすることはできない。だから、ギルドに行かせてくれ」


「今無理をしたら、倒れちゃうよ」


 フィリアがぽつりとつぶやく。エメラルド色の瞳は、どことなく曇っていた。


「お願い、今日は休んで。アルトくんが倒れちゃうなんて、絶対いや」


 静かな声だった。でもその中に、いつもの何倍も強い意志を感じた。


 ティアナも口を挟む。


「そうよ。冒険者は、無理して命落としたらおしまいなの。あたしたちはパーティなんだから、観念しなさいよね」


 二人の言葉に、俺は気付かされる。

 日記も大事だ。でもそれ以上に、俺のことを心配してくれている二人の気持ちを裏切ってはいけない。


「わかった。今日は休むことにするよ」


 俺は、ベッドにゆっくりと身を預けた。



 * ――――――



 身体を横にしても、頭の中はぐるぐると回っていた。


 カノンの日記のことが、どうしても頭を離れない。

 カノンはどういう思いであれを残したのか。あれはいつのものなのか。


 そして、彼女は生きているのだろうか。



「実は……ペンダントは、おそろいにしてみたの」



 ――いや。俺と同じペンダントを身につけていた。きっとどこかで生きているはずだ。


 幼い頃、一緒に遊んだ記憶を思い返す。


 共に笑い、感じ、願い、泣き、築いてきた16年間。

 かつて首元までだった銀色の髪は、いつの間にか腰に届いていたカノン。

 かつて見上げる立場だった俺は、いつの間にか同じ目線をしていたこと。


 けど、変わらない部分もあった。琥珀色の澄んだ瞳、優しく微笑んだ時の表情、そして、どんな時も俺の味方をしてくれたこと。

 彼女が、俺の16年間を彩り、形成したと言っても過言ではないだろう。




 そういえば、最後のあの日、カノンは何を言おうとしたんだろう。


「私……アルトのことが――」


 この言葉が今になって脳裏にひっかかる。


 赤く染まる頬。潤んで揺れる瞳。

 勿体ぶった言い方からは大事なことだったというのがわかる。



「聞きたかったな。この続きが」



 俺はため息を漏らし、目を閉じた。


 一刻も早く治して、日記を手にするために。

 そして、もう一度、カノンを探すために。



 * ――――――



 目を覚ますと、窓から茜色の光が差し込んでいた。

 窓は閉め切っているはずなのに、なんだか少し肌寒い。


 どうやら、夕方まで寝てしまっていたらしい。


 額には濡れたタオルが置かれていて、まだほんのりと温かい。


 ベッドの横には、フィリアが椅子に座ってすやすやと寝息を立てていた。


 椅子の近くにはお湯が入った桶と、横にはタオルが丸めて置かれている。

 何度も替えてくれていたのだろう。


 ――寝ている間、ずっと看病しててくれたのか。


 俺は身体を起こすと、右肩がずきりと痛んだ。


「――っ!」


 日に日に痛みが強くなっている気がする。こんなこと今までなかったのに……。




 程なくして、フィリアが目を覚ます。


 彼女は俺に目線を向けると、はっとした表情を浮かべた。


「アルトくん、大丈夫なの?」


 フィリアは目を見開き、身を乗り出した。


「ああ。けど、右肩はずっと痛むよ」


 俺は右腕を左手でかばいながら、軽くため息をついた。


 その様子を見ていたフィリアは視線を彷徨わせて、傍にあった杖を手に持つ。


「チェインヒール」


 杖を光らせ、魔法陣を展開する。

 少し痛みは和らぐが、それだけだった。


「はあっ、時々回復魔法を使ってたけど、あんまりよくならなかったみたい」


 フィリアは眉を下げて笑った。


「大丈夫。休んだら治るはずだ」


 自分に言い聞かせる意味も込めて俺はフィリアに告げた。


「アルトくん。汗ふかなくて平気?」


 フィリアは濡れたタオルを俺に差し出す。ふわっと湯気が立ちのぼり、ほんのりあたたかい。


「ありがとう」


 シャツを開けて、自分の胸板を露わにさせると、フィリアはばっと目をそらした。

 顔を赤らめていて、目をぎゅっと瞑っている。


「わっ、私がいるのに――やめてよ」




 あっ……。


 軽率な行動だったと俺は深く反省した。


 いくら部屋が一緒とはいえ、目の前で服をめくるのは配慮が無いと思われても仕方ないだろう。


「あっ、ああ。すまない」


 空気が張り詰めたような気がして、俺は話題を変えようとした。


「そういえば、ティアナはどうしたんだ」


 脈絡はあまり考えていない。ちょっと気になったことを無理矢理探しただけ。

 とにかく空気を戻したい。それだけだった。


「おっ、お姉ちゃんは、エドさんに稽古をつけてもらうみたい。き、昨日は捕まえられなかったから、今日こそはって張り切ってたよ」


 フィリアは声を上ずらせ、話した後もなんとか自分を落ち着かせようと深く呼吸していた。

 ぶれないティアナに思わず「たはは」と笑う。


「そっか」


 俺はもう一度身体を横にする。


「アルトくん。ご飯は食べられそう?」


 そういえば、今日は全然食べていなかったな。

 食欲がなくてそれどころじゃなかったのもあるが、今なら少しは食べられそうだ。


「少しなら……」


「よかった。ちょっと待ってて」


 フィリアはほっと胸をなでおろし、部屋を後にした。




 看病や会話を通じてだるさは和らいだ気がする。


 しかし、右肩の痛みはじんわりと俺の身体を蝕み続けていた。



次の話は久しぶりに別視点となります

12/28投稿予定です。

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