#30 3人での見張り番
「見張り番だよ」
高くて優しい声。目を開けると、フィリアがこちらに焦点を合わせている。
「そうだったな」
俺は微笑み、身体を起こした。空は暗く染まり、星が宝石のように煌めいている。
目の前のフィリアは星の光を受けて、金木犀の色をした髪を銀に光らせていた。
「今日は疲れてそうだったし、起こすかどうかちょっと悩んだんだよね」
さすがに俺だけ見張りをしないのは申し訳ないので、思わず首を振った。
「いや、フィリアはちゃんと起きてるし、俺も頑張るよ」
俺は立ち上がり、フィリアとともにすでにたき火前で座っているティアナの近くに腰を下ろした。
「アルト、今日はおつかれ」
ティアナは俺の肩を優しく叩く。
「ティアナもおつかれ。ありがとうな」
俺も彼女を労うと、その表情はすぐに曇った。
「あたしは、戦闘はダメダメだったよ。ほんっと、何もできなかったんだから」
自嘲気味に笑うティアナ。
だが、俺は別にティアナがダメダメだなんて思ってすらいない。
「ダメダメなもんか。そもそも、これはCランクの依頼だ。本来俺たちが受けられるものじゃない。ランクの低い俺たちが高いランクの依頼に居合わせることができた。それに意味があるんじゃないか?」
思いを言葉に。儚げだったティアナの髪に月の光が差し込み、つけていたカチューシャが光を弾く。
ひと時の沈黙。それだけの時間がとても長く感じた。
そして、ティアナは何かを決心したかのように、ふいに立ち上がる。
「決めた。あたし、稽古つけてもらう」
彼女のエメラルド色をした瞳からは、覚悟が滲み出ていた。
* ――――――
見張りを続けて数時間たった時のこと。森のあたりから妙に甲高い、遠吠えのような声が聞こえて来た。
ティアナはすぐさま剣を抜き、声の先をじっと見つめている。
一方フィリアは杖を構え、魔法陣を展開した。
「ミドルサーチ」
フィリアは詠唱を終えると、こちらに駆けよってくる。
「ウルフが3体いる。戦闘は避けられなさそう」
彼女の報告に俺も戦闘態勢に切り替えた。
「ウルフくらい、あたしたちで片づけちゃおう」
振り返るティアナに、俺とフィリアは首を縦に振った。ワイバーン戦で世話になったんだ。このくらい、俺たちで何とかしてみせるさ。
程なくして、森の奥から赤い光が現れ始めた。
「先制するわ」
ティアナは剣を構え、赤い光に向かって突っ込む。
「ちょっと、お姉ちゃん。一人で行っちゃダメだよ」
フィリアは足を一歩、二歩と前に進めるが、すぐに足を止めた。クロスの上で休んでいる先輩冒険者がいるから、ティアナの元に駆けることができないのだろう。
「俺が行くよ。フィリアはミドルサーチで状況を確認してほしい」
フィリアに指示をすると、フィリアは眉を少しだけつり上げ、頷いた。
「わかった。無理しないでね」
俺はティアナの向かった先――森へと駆けた。
森に入って十数歩くらいのところでティアナはウルフに剣を振るっている。だが、ウルフは群れて連携して攻撃をしており、守り重視になっているティアナは決定打になる一撃を打てずにいた。
俺は杖を構え、氷魔法「アイスニードル」を打つために魔法陣を展開する。ターゲットは3体。アイスニードルもまた氷を丁度3発まとめて発射する魔法だ。
杖で描かれた魔法陣からは白い冷気が立ち込め、空気が凍り付く音を立てながら氷の棘を形成する。
「一撃で仕留める――アイスニードル」
氷の棘は風を裂き、光を弾きながら、一直線にウルフの心臓を貫いた。
一発で三体仕留めた。本気で倒すつもりで放ったが、まさか本当にできるとは思わなかった。
「アルト、いつの間に上達したの!?」
ティアナは呆気にとられていて、視線を俺と足元で倒れているウルフたちに交互に向けている。
「俺もまさかできるとは思わなかったよ」
正直に答えた。一つの失敗が命に関わる世界で、自分を良く見せる必要なんてないと思ったからだ。
「ワイバーン戦の経験が活きたのかもね」
ティアナは目を細め、白い歯を輝かせてそう言った。
ウルフの死体を回収し、野営場所に戻る。
「フィリア、戻ってきたわよ」
「お姉ちゃん、大丈夫……そうだね」
フィリアはウルフの死体と姉の満足げな顔を交互に見て、ため息をひとつこぼした。
ティアナはウルフの解体を始めた。手袋をつけて腰にいくつも装備された鞘から小型ナイフを用途に合わせて使い分けているその様は、まるで熟練の職人のようだった。
「ここ、美味しい部位なんだよね~」
慣れた手つきとは裏腹に、その言い方にはどこか子どもっぽい無邪気さが混じっていた。
* ――――――
「よ~し、終わった。朝ごはんもゲットできて、ラッキーだね」
ティアナはナイフを鞘に納め、ぐぐっと両腕を天に伸ばした。
夜が明けてきて、ぼんやりと空が明るくなり始めている。
虫の声も鳴りを潜め、代わりに小鳥の鳴き声が森から聞こえてくる。
その音に反応したのか、エドが身体を起こした。
「おはようございます」
俺の挨拶に、エドから返事が来る。
「ちゃんと眠れました?」
エドに確認した。反応があまりにも寝起きとは思えなかったからだ。
「心配無用だよ。僕は目覚めが良い方でね」
良い方どころか、良すぎるんじゃないだろうか。
宿にいるときのティアナを起こすときのことを思い出しながら、心の中でつっこんだ。
「ティアナ君にフィリア君も、おはよう。昨日は大丈夫だったかい」
「おはようございます。ウルフもばっちり倒しましたから」
ティアナの報告に、エドは顔を曇らせる。
「まさか、ウルフに君たちだけで戦ったのかい」
「そうですよ。あたしもやればできるんですから」
それを聞いたエドは眉をつり上げ、眉間にしわを寄せた。
「なぜ起こさなかった!」
突き刺すような声に俺は思わずぴくりと身体を震わせた。
「何のための見張りだ。命を守るためだろう。自分だけで何とかなると思わないことだ」
エドの視線はティアナだけではなく、俺やフィリアにも向いている。
「あたしは、ウルフだから大丈夫……かなって」
「すみません。ワイバーン戦で足を引っ張ってしまったので、つい」
ティアナと俺は――いや、これは言い訳だな。俺は口に出してから後悔する。
「冒険者は何が起こるかわからないんだ。野営で何かあった時、仲間を起こさないでも大丈夫だと思っているのなら、今すぐ考えを改めた方が良い」
エドは話を続ける。確かにエドの言う通りだ。
「起きている君たちはともかく、寝ている人は無防備だ。君たちに見張りを任せた僕にも落ち度はあるけど、そんな考えでいたら、いつか大切なものを失うかもしれないよ」
俺たちはカルラとダッカスが起きるまで、エドのお説教を受け続けていた。
だが、エドの言うことはもっともだ。
今回のことはちゃんと反省して、次に活かそう。
次の更新は 12月13日 が最短で、無理そうなら12月18日~20日いずれかになります。




