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#29 冒険者の経験値

 俺とダッカスが対峙しているワイバーンは洞窟の入り口にいるため、思うように動けないでいた。


 俺は杖をワイバーンに向け、氷魔法を放つ。

 当たらなくていい。ダッカスが攻撃しやすいよう、誘導するのが目的だからだ。


「アイスニードル」


 ワイバーンは攻撃を避けた。計画通りだ。


 ダッカスは雄叫びと共に斧を奴目がけて大きく振りおろす。


 ワイバーンはダッカスの攻撃に対応できず、翼をもがれて地面に叩きつけられる。直後、ダッカスは奴の頭に向かって斧を垂直に叩きつけ、頭蓋骨を粉々に砕いた。


 2体目討伐。俺は振り返り、ティアナたちやエドたちの様子を確認すると、一体のワイバーンが一直線にこちらへ突っ込んでくる!


「アルト、危ない!」


 ティアナの叫びで咄嗟に回避行動をとったが、奴の速さに追いつくことができない。


 右肩から凄まじい衝撃と激痛が走るとともに、俺の足が地面から離れるのを感じた。身体全体がふわふわする。

 刹那、俺は背中を地面に強く打ち付けられた。


 服は右肩から真っ赤に染まり、鉄の臭いが鼻の奥まで届く。

 頭も、どこかぼんやりしていた。


 右腕が痺れたように動かない。視界の端がちらちらと明滅し、地面の凹凸が容赦なく背中に突き刺さる。




「アルトくん、大丈夫?」


 フィリアが不安げに眉を寄せ、駆け寄ってくる。すぐに杖を構え、淡い緑の魔法陣が彼女の杖先に浮かび上がった。


「チェインヒール」


 淡い光が俺の右腕に吸収されていく。


 激痛は次第に収まり、鈍い衝撃だけが残った。


 出血も治まっている。ただ、右腕のべっとりとした感触は消えなかった。


「油断した」


 俺は右腕をかばい、申し訳ないと感じつつ二人を見た。




 戦線に戻ったフィリアの髪に結んだリボンが垂れていて、肩で息をしている。


 魔法で作り上げた氷の棘は針のように細く、まるでやり投げしているように勢いが無い。飛ばしたところでワイバーンに届くことなく、地面に触れた衝撃で粉々に砕かれていた。


 俺が油断さえしていなければ、無駄に魔力を消費させることはなかったはずだ。結果的に無理をさせてしまった俺は自責の念で満たされる。




 ティアナは腕が震えていて、剣を地面に刺してワイバーンを見据えている。歯を食いしばっていて、恐怖というよりは疲れに耐えている印象を受けた。


 空を飛ぶ魔物相手だと剣士は不利なのは明白だ。


 俺達3人だけじゃとても無理だった。だから、魔法で手助けをしつつ先輩冒険者たちがどんな動きをしているかを観察しよう。

 持って帰れるものはすべて持って帰る。



 ダッカスは一体のワイバーンを相手に、攻撃を斧で受け止めながら互角以上の戦いを演じていた。カルラもダッカスのサポートをするように、矢を放ち続けている。



 エドは最後のワイバーンを見据え、剣を片手に微動だにしない。


「どっ、どういうことだ?」


 空を飛んでいるとはいえ、壁を蹴って飛べば剣は届くだろう。


 なのに、それをしないということは――


 もしかして、エドも「こっち側」なのか。


 完全無欠に見える先輩冒険者のエドも、ワイバーンには少しの隙も見せたくない。つまり、彼もまた、奴の突進を脅威に感じているのかもしれない。


 だから、いつでも反撃できるよう剣を持って出方を伺っていたのか。


 こうなったら、やることは一つだ。


 奴を魔法で撃墜する。


 動きの速い魔物には、一度に複数の攻撃を放つ魔法がいい。


 俺は杖で魔法陣を描き、白い冷気を立ち込めた。

 何かを凍らせた音とともに氷の棘を創り上げる。


「アイスニードル」


 俺はワイバーンに杖をかざし、氷の棘を放つ。奴は氷を避けたその時――


 エドの目が鋭く細められた。


「見切った」


 エドの方から地を蹴る音が聞こえた。気づいた時にはもうそこにおらず、残ったのは、彼の抜けた空間を切り裂いたような風の余韻だけだった。


 ワイバーンに飛び込んだエドは、首を剣でぶった切った。


 タイミングを計っていたのは、やはりこの瞬間だったのだ。


 奴の首は胴を離れ、宙を舞いながら音を立てて落下した。その音は奴の体からは想像できないほど軽いものだった。


「討伐、完了――」


 エドと同様にダッカスとカルラが相手にしていたワイバーンも無事討伐に成功したようだ。


「みんな、無事かい?」


 エドは剣を鞘に納め、振り返った。心なしか、目には焦燥の色を浮かべている気がする。


 俺は肩の力が抜け、その場でへたり込んだ。



 * ――――――



 エドは討伐したワイバーンの解体を始めた。それを見たティアナが割り込む。


「ワイバーンの解体、あたしにも教えてください!」


 ティアナが目を輝かせながらエドの手元を覗き込んでいる。


 彼女の努力姿勢は素晴らしいと思う一方、俺はワイバーンを見る気にはなれなかった。




 その場でしばらく休憩している間に、ワイバーンの解体が終わったようだ。


「ねえねえ見てみて、ワイバーンの肝。ゴブリンと違って全然臭くない!」


 ティアナが目を細めながら手に持っていたそれは、赤黒くてべっとりとした見た目をしていて、時々どくどくと動いていた。


 確かに臭いはゴブリンと比べてマシだけど、グロテスクな見た目をしているのは変わらない。


「わかったわかった! もういいって」


 俺は拒否すると、ティアナはむっとした表情を見せた。


「ストレージ!」


 そうだった。戦闘があまりにも激しすぎて収納のことを忘れていたよ。

 俺は杖を構えて、小さな亜空間を作り出した。


 ――先輩冒険者たちには見られないように。

 盗むつもりじゃない。創作魔法であるストレージを見られると、本能的にまずいと感じたからだ。



 * ――――――



 ワイバーンの討伐を終えた俺たちは山を下り始めた。


 登りと違ってくだりは幾分か楽だったが、急な坂になっている場所がいくつかあり、足を滑らせないように注意する必要があった。

 ぽろぽろ落ちる石ころと同じように俺もバランスを崩してしまうかもしれない。登りは体力を奪われたが、くだりでは精神力を奪われた。


 ふもとに到着する頃には、すでに空が暗くなり始めていた。

 今までの暑さが嘘のように、涼しく心地の良い風が頬を撫でる。見上げると、薄暗い空の遠くにひとつだけ小さな光が見える。

 まるでそれは、高難易度の依頼達成を祝福しているようだった。


「昨日と同じところで野営する。あともう少しだ」


 先陣を切るエドは首だけ振り返った。


 野営か。戦闘では散々頼らせてもらったから、こういうときくらいは頑張りたい。

 っと、その前にたどり着かないといけないな。戦闘とは違った気合を入れ直す俺は、目的地までひたすら歩き続けた。




 野営の場所にたどり着いた俺は、率先して準備を行っている。


 近くに森があるので、木を拾い――


 一箇所に集めて、杖を構えた。


「プチファイア」


 魔法で小さな火を木の束に向けて放つ。


「あとはあたしに任せて」


 ティアナははつらつとした表情を取り戻し、俺の手のひらをはじく。


 荷物から携帯鍋を取り出したティアナは、俺達にとってはいつもの、先輩冒険者たちにとっては特別な光景だ。




 ティアナは、自ら用意した料理を冒険者6人全員に丁寧に振る舞っていった。


 こっちの経験値はティアナが一番だ。

 日中の戦闘の疲れは美味しい料理が一番効く。


「野営中にこれだけ美味しいものが食べられる機会なんてそうそうないよ」


 エドは冗談交じりに微笑む。


「えへへ~。素直に美味しいって言ってもらえると嬉しいっすね」


 ティアナも嬉しそうに返事をした。


「これだけの料理スキルがあれば保存食なんていらないでしょ」


 そう言ったカルラの表情は、どこか羨ましそうにも見えた。


「毎回食材があるとは限らないんで、一応保存食も携帯してるんすよ」


 エドとカルラが料理の感想を共有する一方、ダッカスは無言で食事を食らっている。

 昨日と同様、賑やかで楽しい夕食だった。



 * ――――――



 夜も更けて、見張りの当番を話し合った。

 結果、最初は先輩冒険者チーム、次に俺たちのチームだ。


 慣れないワイバーン戦を超えた俺たちには、できるだけすぐ体力を回復してほしいというエドの配慮だった。


 俺がクロスの上で身体を横にしてから眠りにつくまで、そう時間はかからなかった。



多数ある作品の中から、この作品をお読みいただきありがとうございます。

少しでも「面白い」「良かった」と思っていただけたら

ブックマークや評価をしていただけるととても励みになります。


次の更新は 12月13日 の予定です。

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