#2.5 繋ぐ命 【フィリア視点】
私たちは薬草の原料を採取していた。
町のギルドから依頼を受けて、原料を20個納品すれば達成だ。
本当は魔物討伐の方が報酬は良いんだけど、お姉ちゃんが寝坊したせいで、
魔物討伐の依頼がなくなっちゃった。
けど、たいてい遠方出張となる魔物討伐とは違って、たまにはこういう簡単な依頼も悪くないかなって思ってる私もいた。
「うん、こんなところかなっ」
お姉ちゃんがたくさん採取してくれたおかげで、あっという間に依頼は達成しちゃった。
「ありがとう、お姉ちゃん。思ったより早く終わったね」
「そうね。あっ、そうだ。せっかくだし、もうちょっと遠くに行ってみようよ」
依頼書を見る限り、すぐに必要というわけでもなかったので、依頼以上の成果を出すのも良いんじゃないかなと思った私は、お姉ちゃんの言うことに賛成した。
野営の準備はきちんとしてるし、泊りがけでも大丈夫。
森の奥へ進んだお姉ちゃんは遠足のようにるんるんで蔦を切りながら先陣を突っ込み、私はお姉ちゃんの後ろにとことことついていく。
たまに魔物が出るけどこのあたりの魔物は弱く、お姉ちゃん一人で戦っている。
魔法使いの私はいざという時のために魔力を温存しておくように言われてるけど、魔物に怖気づくことなく剣を振れるお姉ちゃんはやっぱりすごいや。
森を抜けると遠くに海が見えた。夕日の光を吸ってギラギラと輝いている。
なんだかそれがとても眩しくて、思わず目を細めてしまう。
風に乗って飛んでくる潮の香りが心地よい。
「ちょっと早いけど、このあたりで野営にしようか」
* ―――――
夕食をとり終えた頃には、すでに空が暗く、小さな星々がちらちらと光っていた。
「ミドルサーチ」
私はここが安全かを判断するため生命探知魔法をかけた。
あれ、何かおかしい。
「海のあたりから、人の反応を感じる」
海の魔物が波で打ち上げられることは珍しくない。けど、今は違う。人の反応だった。
「そう? あたし、見に行くわ」
お姉ちゃんが疲れを知らないような立ち姿で海に向かおうとする。
「待って、私も行く」
ミドルサーチを使っているのは私なんだから、私がいないとわからないじゃん。
* ―――――
人の反応をたどった先にあったものを見た私は、絶句した。
私と同じ歳くらいの男の子が倒れてる。
すぐに駆け寄り、その子を見つめる。
外傷こそ無いが、呼吸も無い。
胸にぶら下げられたペンダントが際立って光っている。
「大丈夫!?」
呼びかけても反応が無い。
お姉ちゃんも男の子の肩を軽くたたき、意識を確認したけど同じだった。
「フィリア、野営場所に杖を置いてきたよね。今すぐ戻って回復魔法をかけて。この子を助けるよ」
私も同じ気持ちだった。損得なんて考えなど露程もない。とにかく目の前の男の子を助けるのに必死だった。
男の子を担いだのはお姉ちゃんだ。お姉ちゃんは剣士をしていて、一般的な男性よりも力がある。私はというと、魔法使いで身体を鍛えるようなことはしていないので力は無かった。
野営場所に到着した私は、すぐに杖をとる。程なくして到着したお姉ちゃんは、男の子の頭を膝の上に乗せている。
「ヒール」
かけた魔法もむなしく、彼の反応が無い。
お姉ちゃんは彼の肩に手をのせ、声をかける。
「起きて!」
私もこのままじゃいられないと思って、より強力な回復魔法をかけた。
「チェインヒール」
持っている杖の先端をエメラルド色に光らせ、魔法陣を展開した。
お願い、目を覚まして――
そう願いながら魔法陣の維持に全神経を注いだ。
そして――
閉じていた彼の瞼はゆっくりと開き、私たちではなく夜空を見つめていた。
「よかった――」
私は彼の澄んだ瞳を見て、思わず安堵の声を漏らした。
それを聞いた彼は私に視線を移す。
彼からは空気音のようなものが漏れ出ている。
まだ完全に回復しきっていないみたい。
はっとした私はすぐに杖を彼の方へむけ――
「チェインヒール」
再度、魔法陣を展開させ、神経を集中させる。
効果はあるはずだ。
すると、彼はゆっくりと、身体を起こした。
「大丈夫!?」
お姉ちゃんがすかさず声をかける。
何かを考えているような彼の顔からは、焦り、不安が伝わってくる。
空白のひと時。
森の方面から虫の声がかすかに聞こえてきた。
彼はもう一度お姉ちゃんを一瞥し――
「アリガトウ」
一言だけ返してきた。
言葉は辛うじて聞き取れたけど、何かおかしい。
普段私たちが使う言葉とは、どこか響きが違っていた。
これは、魔法を唱える時に使う言葉の響きに似ている。
意味は、えっと。
頭の中で整理をする。
これがこの感じで、あれがあの感じで――
そうか。彼は、私たちに感謝を述べたんだ。
お姉ちゃんが目を丸くしたまま私に目線を送ってくる。
あっ。魔法を習っていないお姉ちゃんは、彼が何を伝えたのかわからないはず。
私だって理解するのに時間がかかったんだ。
お姉ちゃんにも彼が何を伝えたのか、教えなくちゃ。
「彼は、私たちに感謝の言葉を伝えたんだよ。ありがとうって」
お姉ちゃんはほっとしてるみたい。
彼を助けられたことが、本当に嬉しい。
そして、数秒後。
お姉ちゃんは驚き、きょろきょろしている。
「えっ、この子の言っていることがわかるの?」
「私も、ちゃんとはわからないよ。けど、魔法を使う時の言葉に似ていて、意味を照らし合わせたら、こうかなって」
「それでもすごいわ、本当に自慢の妹ね」
「えへへ、ありがとう」
お姉ちゃんに褒められて内側のくすぐったさがちょっぴり漏れ出た。
私は、落ち着かない様子の彼と会話を試みた。
さっきの感謝の言葉を考えると、魔法を使うときに唱えているような言語で喋った方がいいと思い、考えを巡らせる。
「わたしの いうこと わかりますか」
魔法で使う言語は本来、魔力を込めて扱うことであらゆる奇跡を起こすものだ。
日常会話で扱うのは慣れていない。
「アア ワカルヨ」
やっぱり。彼は魔法言語を日常で扱う人だ。
ということは、ここの国の人ではない。それどころか、私の知らない国かも。
魔法言語を日常で扱う民のことは知らないし、噂でも聞いたことが無い。
地域によっては、異国人を快く思っていないところもあるけど、私は平気。
「あなたの なまえは なんですか」
私は先に彼の名前を聞いた。言語を気にして先に地域を聞くと警戒されそうだったから。
「アルト」
アルトさんね。覚えたよ。今度は私たちを紹介しよう。
「わたしは フィリア こっちは ティアナ」
ついでに私たちが姉妹であることも伝えておこう。
彼は私とお姉ちゃんを交互に見ている。
お姉ちゃんがぺこりと軽く頭を下げると、彼も同じように返してきた。
言葉は通じなくても、心は通じているみたいで胸が温かくなった。
* ――――――
夜も更けてきた頃。
そろそろ寝る準備をしなくてはいけない。
私はバッグの中から野宿に必要なものを取り出した。
人3人分くらいは収まるほどのクロスと、タオル何枚か。
柔らかそうな地面を探し、そこにクロスを敷いた。
「お姉ちゃん、準備できたよ」
「ほんと? ありがとう」
「最初の見張りは私がするから、今のうちに休んでて」
「お言葉に甘えます」
言った瞬間から寝息が聞こえ始めた。
寝つきがいいのは羨ましい。
お姉ちゃんが寝たのを確認したので、私はアルトさんの隣に座った。
彼は思考を巡らせるように、うつむいている。
「ねないの?」
私が問いかけると、はっとした表情を浮かべつつ言葉を返した。
「ネムレナクテ」
そうだよね。さっきまで意識を失っていたんだから。
眠れないなら、丁度いいかもしれない。
見張りついでに、彼と”会話”をしてみよう。
「せっかくだから おはなし しない?」
彼は、コクリとうなずいた。
* ――――――
彼と雑談をしていて楽しかった。
あと、色々なことを聞けた気がする。
彼が目指していた、魔法技士というのが何なのかはわからなかった。魔法使いと、何が違うんだろう。
色々なことを考えていたら、彼は真剣な眼差しでこちらを見ながら口を開いた。
「オレニ フィリアタチノ コトバヲ オシエテ クダサイ」
長い言葉。彼の発した言葉をパズルのように組み立てていく。
全てのピースを埋めたとき、ようやく意味を理解した。
人の助けになれるのは嬉しいし、答えは決まっていた。
「――わかった」
彼に、私と同じ言葉を教えることにした。
次の更新は 11月2日 13時10分頃の予定です。




