#24 依頼の選択
俺たちはギルドに来ていた。
すでに昼過ぎとなっていたのもあるのか、普段は騒がしいギルド内も小さな会話が聞こえる程度だった。
広々とした空間や大量のテーブルと椅子がまるで釣り合っていない。
俺はこの静けさに安堵しつつ、掲示板に貼られた依頼を舐めるように目を通す。
採取系の依頼はすぐ終わるしリスクも低い分、報酬が少ない……。
かと言って討伐依頼は報酬こそ多いが村まで遠征に行く分、割に合わない。
俺は壁に貼られている大量の依頼を一つひとつ吟味するように眺めながら、思考を巡らせていた。
すると、近くにいた受付嬢の一人がこちらの様子をうかがっていることに気付く。
受付嬢は、何かを確信したような表情をして、こちらに近づいた。
「あのっ、人違いでしたらすみませんが、青のペンダントをお持ちでしょうか」
なんで突然そんなことをきくのか。このペンダントは、カノンからもらったものだ。見せるだけならともかく、触らせたくない。
「警戒させてしまいすみません。もしお持ちでしたら、見せていただくだけで結構ですので」
そう言って受付嬢は、手を後ろに回した。
そのしぐさを見て盗むつもりがないことを感じた俺は、胸の内からペンダントを取り出した。
「青いペンダントを身に着け、金木犀のような髪の女性2人を連れた方――間違いありません。単刀直入にお聞きしますが、以前商会長のエルソン様をゴブリンから救出し、町まで護衛をお受けしたことがありませんか?」
俺は過去の記憶を掘り起こした。
――ああ、あの人か。
町まで幌馬車に乗せてくれた上、アルカディアのことを教えてくれたおじさんだ。
俺が記憶の点を線で結んでいる間に、フィリアが先に答えた。
「はい。護衛といっても、幌馬車を襲っていたゴブリンを退治したら乗せてもらったというのが正しいですけどね」
「そうですか? 商会長からは、魔物を倒してくれた上に護衛と、お子様の相手までしてくださったと報告を受けております。その報酬の件で、よろしければ別室でお話を伺ってもよろしいでしょうか?」
報酬!? 俺はすっかり忘れていたのだが、商会長は覚えていたのか。
俺はフィリアたちと顔を合わせ、受付嬢の後ろをついていった。
* ――――――
受付嬢から案内された部屋は、それまでのギルドのイメージとは程遠い物だった。
天井には高級そうなシャンデリアがぶら下がっているし、床には赤いカーペットが敷かれている。
部屋の入口から右側に配置されたソファとテーブルはベージュを基調として赤と茶色の不規則な直線が引かれており、いつも見ているギルドのそれとは全く別物だった。
「どうぞおかけになってください」
受付嬢は俺たちにそのソファに座るよう案内した。すると、ティアナは躊躇することなく、まるで自宅のようにふわっとソファに腰を下ろした。
「ちょっと、お姉ちゃん。失礼しますくらい言ってよ!」
フィリアが小声で注意するが、ティアナはごめんごめんと言わんばかりの軽いノリだ。
俺たちは受付嬢が向かいに座ったのを確認してから、ソファに座った。
「商会長のエルソン様より、15万リルをお預かりしました。どうぞお納めください」
目の前に大金が差し出された。あまりに現実離れした光景に、思わず身体が硬直した。
15万リルとなると、一人5万リルになる。
俺にとってはこの5万リルがどれだけありがたいものか。思いがけない臨時収入でカノンの日記まで大きく近づいた俺は、感謝と喜びで感情がぐちゃぐちゃになりそうだった。
俺が5万リルを受け取ると、ティアナも同じようにお金に手を差し伸べた。
「えへへ~。5万リルだ~何に使おうかな」
ティアナはこれ以上ないほどにまで浮かれている。
一方で、妹のフィリアはお金に手を付けず、じっと見つめるだけだった。
「どうしたんだ? フィリア」
俺が問いかけると、フィリアは手で顎を支え始めた。
そして――
「アルトくん。これ、使っていいよ」
「え?」
俺は一瞬フィリアの言ったことが理解できず、思わず気の抜けた返事をした。
「あの本、どうしてもほしいんでしょ? だったら、私の分も合わせて。大丈夫、タダでとは言わない。ちゃんと“貸し”ってことにするから」
なんと、彼女はお金を貸してくれるという。
その優しさに思わず熱いもの込み上げて来た。
「うん、……うん。ありがとう」
俺はフィリアにお礼を伝え、お金を受けとった。
――土下座するべきだっただろうか。
いや、フィリアの性格からして嫌がるだろう。余計なことを考えていると、ティアナはこちらを見てにやにやしていた。
「おおっ、お金の貸し借りとは。アツアツだね~」
「お姉ちゃん、うるさい」
フィリアがあからさまにぷくっと膨れている。あまり感情を表に出さない子だと思ってたけど、慣れるとそうでもないのかもしれない。
「ごめんごめん。だって、フィリアがお金を貸すのって珍しいと思って。あたしにだって貸してくれないのに」
「お姉ちゃんがだらしないからでしょ」
フィリア、そのツッコミは鋭すぎるよ。
「あの、もう一つお話があるのですが」
受付嬢が申し訳なさそうに、おそるおそる話を始めた。
「これはエルソン様から直々の依頼なのですが、商品の受け取りのために城塞都市エンフェルトまで向かわれるとのことですが、往復の護衛を依頼したいとおっしゃっていまして。報酬、日程は以下の通りです」
受付嬢は一枚の紙を差し出した。そこには、日時の詳細、報酬、進行ルートについて細かく記載されていた。
日時は二十五日後、往復十日間でこなす。報酬は、40万!? すぐに本にありつけ――ない。この依頼内容だと、カノンの日記に間に合わない。残念だけど、断ろう。
でも、40万だぞ。本当にいいのか? これさえあれば、今のお金と合わせて日記を確実に買える。だが、間に合わなければ意味が無い。
「すみません。すごく魅力的な依頼なんですが、スケジュールが合わなくて……」
「そうでしたか。では先方にもそのようにお伝えしますね」
受付嬢は態度を全く崩さなかったが、俺にとってはそれが安心する要素の一つでもあった。
* ――――――
ギルド内の個室から出た俺は、入口付近に掲載された依頼を眺めている。
「ねーねー、商会のおじさんの依頼なんで断っちゃったのよ。40万よ?」
「本当にごめん。あの本がどうしてもほしくて」
「取り置きしてもらえばいいじゃない」
「迷惑になっちゃうよ」
俺は謝るしかない。カノンの日記のためなら、これくらい平気だ。
後でティアナにはお返ししてあげないとな。
俺は再度壁に貼られた依頼に目を配らせた。すると、フィリアが依頼を一枚はがした。
「これ、いいんじゃない? すぐできそう」
見つけた依頼は、ゴブリンの肝10個の納品依頼だった。確かに、これならストレージを使えば簡単だ。
しかも、報酬も3万リルで、かかる時間を考えても悪くない依頼だ。
「アルトがストレージを使えばいいから、あたしたちはゴブリンを倒せばいいだけだもんね」
肝は素材価値こそ高いが、悪臭のせいで出回らない。まさに俺にぴったりの内容だろう。
「確かに、いいじゃん。ナイス、フィリア」
俺はフィリアから依頼書を受け取り、受付に受諾処理をしてもらった。
俺はギルド内にある地図を見ながら、ティアナに確認をした。
「このあたりでゴブリンが多く生息しているところはどこだ?」
「この辺に集落を作ってることが多いかな」
ティアナが指を差して教えてくれた。
「このあたりに向かうことになりそうだね。頑張ろうね、お姉ちゃん、アルトくん」
この程度の依頼、一日で終わらせたい。
俺たちは町を出て、ゴブリンの集落へと向かった。
カノンに少しでも近づきたい、その一心で――




