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#23 突然のタイムリミット

 露天市場で見つけたもの。それは「カノンの日記」だった。

 あまりの衝撃に手が震える。心拍が耳にまで伝わりそうだ。


 俺の叫び声を聞いた店主の男性はおそるおそる訪ねてくる。


「どうか、されましたか?」


 どう答えるべきか。少なくとも、多くは語らない方がいいだろう。


「いえ、なんでもないです。あまりの高級感に、声を上げてしまいました」


 もちろん嘘だ。苦しいかもしれないが、こう答えるしかない。


「そうでしたか」


 店主は俺の叫び声を聞いてもなお落ち着いていた。




 フィリアが一歩前に出て、店主に尋ねる。


「すみません。普段はどちらにお店を出されているのですか?」


 俺が一番聞きたいことだった。ナイスアシストだ。


「普段は海を越えた交易都市、ファステリアで商いをしております。今回こちらへ伺ったのは、市場調査の一環でございます」


 市場調査がなければ、一生目にすることができなかったかもしれない。俺はこの運命に心の中で感謝をした。


 俺は一つ確認したいことが浮かんだので、気持ちを落ち着かせて質問を投げた。


「こういう本って、どこで仕入れられるんですか? かなり珍しいものに見えたので」


「これはですね、私が長年お付き合いしております品選びの確かな商人様から、とっておきの一冊として譲っていただいたものでございます」


 譲り受けたとなるとこの人も正確な入手ルートを把握していないのだろう。

 俺はこれ以上の詮索を止め、別の質問をした。


「では、ポルトマーレにはどのくらいいる予定ですか?」


「昨日こちらに着いたばかりでございますゆえ、当面は30日ほど滞在する予定にございます」


 30日か。それまでに40万リルという大金を貯めないといけない。

 ――考えている暇はない。今すぐに、動き出さないと。


「ありがとうございました。また今度、見せてください」


 俺は店主に言い残し、ダッシュで宿へと向かった。


「ちょっと、アルト。どうしたの?」


 後ろでティアナの声がした気がするけど、ごめん。今はそれどころじゃない。



 * ――――――



 俺は宿に戻り、今持っている有り金を全てテーブルの上に広げた。


 昨日振り分けたゴブリン討伐の報酬の取り分の残りがだいたい3万リル、素材の分は、2万8千リルか。そういえば、ストレージで肝を運んだ分俺が多めにもらったんだっけ。


 残りは34万2千リル。カノンを探す手掛かりになるかもしれない。あの店主が帰るまでに、何としてでも集めないといけない。


 ゴブリンキングの報酬から考えると、短期間では命の危険を冒さないと稼げない額だ。最悪、二人に借金することになるかもしれない。


 今後のことを考えていると、ティアナとフィリアが部屋に入ってきた。二人とも息を切らしながら、顔を赤くしている。




「アルト、説明してくれるかしら」


 ティアナの声色が心なしか低い気がした。


 カノンの日記で頭がいっぱいになり、周りを見ずに宿へ走った――のだが、正直に答えることができない。

 俺がアルカディアの人だということを説明したのはフィリアだけで、ティアナには言っていないからだ。


「本当にごめん」


「ごめんじゃなくて、何があったのかちゃんと教えて」


 俺の謝罪をぴしゃりと遮るティアナ。


 観光中に急に宿に帰ったのだ。きちんと説明するのが筋なのは俺だってわかっている。


 慎重に言葉を選ぶ。


「本屋の店主が見せてくれた妙に値段が高い本、覚えているか?」


 俺が尋ねると、ティアナは妹と目を合わせて、頷いた。


「あの本、俺にとってどうしても必要なんだ。店主が一ヶ月で帰ってしまうから、それまでに40万リル貯めないといけない。だから、すぐに金の計算をして、今後の計画を立てたかった」


 俺が伝えると、ティアナは目を丸くした。


「ええ!? あんなのがほしいの? アルトってたまに意味わかんないとこあるよね」


 あれが何なのかわからなければそういうリアクションになるよな……。


 俺はフィリアにも目をやると、俺のことをまっすぐ見つめていた。


「アルトくん、あの本は何なの?」


「ごめん。俺からは話せない」


 俺が断ると、フィリアが何かを察したかのようにうんうんと頷いていた。




「あたし、走って汗かいちゃったからお風呂入ってくるね」


 ティアナは手で顔をぱたぱたと仰ぎながら、部屋を出て行った。


 彼女がマイペースで助かる……。


 図らずも残されたフィリアと俺。

 フィリアはくつろぎながら俺に問いかけた。


「あの本って、もしかしてアルカディアに関係あるの?」


「俺にとってはアルカディア関連のものなんかより重要だよ。あれは、俺の幼馴染が書いた日記だ」


「日記? でも、それって本当に本人のものかな?」


「俺にとってあれが本物かどうかは大した問題じゃないんだ。たとえ模写だとしても、幼馴染のカノンが何を思ってメッセージを残したのか。俺はそれが知りたいだけだよ」


 これは本心だ。たとえあれが偽物だったとしても、俺にとっては些細な問題だ。アルカディアの文字が正確に書かれていたのだから。偽物の可能性はあっても、内容が改ざんされている確率はかなり低いだろう。


「そっか」


 フィリアはぽつりとつぶやいた。そして――


「アルトくんの幼馴染だったカノンさんって、どんな人だったの?」


 カノンか。フィリアになら話しても大丈夫だろう。


「カノンは、アルカギアっていう、ここで言う魔道具みたいなものを作ってた。そして、俺に魔法を教えてくれた人でもある。一生かけても真似できない、本物の天才だよ」


 俺は本心からの尊敬を言葉にした。


「何もできなかった俺に幼馴染って理由だけで良くしてくれる、すごく優しい人だった。なのに、俺はカノンに何もできなかった。大切な女一人守れなかった、哀れな男さ」


 俺の自嘲に、フィリアは強く反応した。


「哀れなんかじゃない。この町に来たのだって、落ち着いて探すためでしょ? アルトくんはちゃんと前を見て頑張ってるよ」


 突き刺すようなエメラルド色の瞳は、心なしか揺らいでいるように見えた。彼女は俺のことを想って怒ってくれているのか。


「その、ありがとうな」


 感謝の言葉を伝えると、フィリアは軽く頷いた。



 * ――――――



 ティアナがお風呂に入っていて、フィリアと俺だけが残された部屋は、そこだけ時間が止まっているかのように静かだった。


 いつもは聞こえてくる外の声は露天市場に吸収されているのか、全く聞こえてこない。


「あのさ」


「あの――」


 俺とフィリアは話すタイミングが被ってしまった。フィリアに譲られたので話を続ける。


「あのさ、露天の本屋で売ってた40万の日記。あれがどうしてもほしいんだ。だから、俺は何としてでもお金を稼がないといけない」


「それじゃ、たくさん依頼受けて稼がないとね。私たち、パーティなんだからいつでも頼っていいからね」


 フィリアは優しく微笑む。

 俺はフィリアから言われた「パーティ」という言葉が嬉しくてずっと響いていた。




 部屋の扉が突然開いた。視線を向けると、ティアナが立っている。


「アルト、あの本のために依頼たくさん受けるって? ちょうどあたしも稼ぎたいと思ってたんだ~。みんなでがんばろー」


「おーっ」という掛け声とともに、俺たちはすぐに支度をして、宿を出た。

 目的地はギルドだ。条件の良い依頼を受けてたくさん稼ぎたい。


 猶予は30日。それまでに、俺は40万リル貯めることができるのか――


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