#22 初めての観光 露天市場
俺たちは宿で一泊し、露天市場を見に行くために早朝から外へ出た。
露天市場は昼頃には撤収しているところがちらほらと出始めるらしく、最後まで見て回りたいなら朝から出かける必要があるのだ。
この日に限ってはティアナもちゃんと目を覚ましたので、思う存分楽しむことができそうだ。
早朝のポルトマーレは冷たい風がそよそよと吹いていて、朝日が進行方向に向いていてとても眩しい。普段料理の匂いを漂わせている店も閉め切られていて、町の中とは思えないほど空気が澄んでいた。
* ――――――
「見えてきたよ。お姉ちゃん、アルトくん。こっちこっち!」
フィリアが嬉しそうに小走りしている。大人しそうなイメージだったんだけど、こういうときは年頃の女の子のようにはしゃぐんだな。見ているこっちも微笑ましい気持ちになる。
フィリアの後ろを追いながら、俺とティアナも最初の屋台に足を向けた。
「いらっしゃいませー。パン屋見習いのマリーです。試食もありますよ」
一つ目の屋台の店主は茶色のポニーテールが目立つ、紺のエプロンをした俺と同じくらいかやや年上くらいの女性だった。
屋台には小さな日よけ屋根と、揺れるのれんがついていた。「マリーのできたてパン」と手書きで描かれた文字が、なんだかあたたかい。
売り場では狐色でふっくらとした仕上がりをしたパンたちの香ばしい匂いがふわりと立ちのぼる。
「ひとつくださーい」
ティアナが真っ先に店主に注文した。
「ありがとうございます。80リルになります」
ティアナはお金を払い、その場でパンを実食した。
「美味しい! これが80リルなんてありえない! 100リルでも買うわ」
あまりにも感激していたので俺も気になってきた。
お金は魔物素材を売った分があるので、それなりにあるはずだ。
「俺にもひとつください」
俺もその場で実食した。
ほんのりとした甘さと、焼きたての温もりが口いっぱいに広がる。
これで見習いだと言うのだから、パン職人のレベルの高さが窺えた。
「本当に美味しい。シンプルだけど、ほんのり甘い」
俺は店主に思ったことをそのまま伝えた。
「ありがとうございます。みなさんのお言葉が励みになります」
店主は目を細めて、軽く頭を下げた。
そうだ。杖も持ってるし、ストレージを使えば買いだめできるだろう。
俺はパンを10個程購入した。
「ありがとうございます。本当にお優しいんですね」
店主の言った意味が理解できなくて、俺は聞き返した。
「言葉通りの意味です。私、いつもはお師匠さんの元で練習してるんですけど、綺麗な形を作れなくて、悩んでたんです。でも、みなさんとても美味しいって褒めてくれて、今日のために頑張ってきてよかったなって、そう思えました」
俺は購入したパンに目を落とした。確かに、形はちょっとだけ歪なものがあったりするけど、ちゃんと見ないと気付かないくらいの軽微なものだ。
それに、食品は味が何よりも大事だ。ちょっと形が悪いくらい些細な問題だろう。
「ありがとーう。本当に美味しかったわ。頑張ってね」
ティアナは店主に手を振った。
「また来てくださいね!」
店主の見送りに少しだけ名残惜しさを感じながら、俺たち3人は別の屋台へと向かった。
* ――――――
次の屋台は――なんだこれ。
爆弾と薬という噛み合わない組み合わせのお店で、あまりの意味不明さに思わず二度見してしまった。
――なんで爆弾と薬が同じ棚に並んでいるんだ。共通点ないし、危ないだろう。
「いらっしゃいませ~。あたし特製の爆弾と薬だよ。見てって見てって~」
店主は白をベースとして黄色がタッチされた、涼しそうな服を身にまとい、ワインレッド色をしたショートヘアの上には赤と青の花があしらわれた被り物が斜めにのっている。
控えめにつけられた銀のネックレスといい、身につけているもの全てが高級感漂っていて、この町の人と比較してもいい意味で浮いている印象だった。
年は、俺と同じくらいだ。その年で高そうなものを全身につけているあたり、貴族の子が興味本位で店を出したといったところか。
爆弾は扱いが難しそうなので薬の方に目を向けていると――
背後で転倒したような音がしたので思わず振り向く。
音の主は子どものようだ。膝をすりむいていて、血がにじんでいる。自分の血を見た子どもはその場でへたり込み、泣いてしまった。
すると、意味不明なお店の店主はすっと立ち上がり、売り物の薬を躊躇なく手に取って子どもに駆け寄った。
「大丈夫!?」
子どもからは返事がなかった。それでも、店主は諦めず――
「あたしに任せて。すぐ治してあげる」
薬瓶のふたを開け、子どもの膝にかける。すると、血の色がすっと引いていき、すり傷だったはずの皮膚がなめらかに修復されていく。まるで、時間が巻き戻るかのように。
「痛くない?」
店主は子どもに尋ねると、子どもはゆっくり顔をあげた。
「いたく……ない」
「よかった」
店主は目を細めると、子どもは安心したのか涙を引っ込めた。
「ありがとう、お姉ちゃん」
子どもはそう言って、ぱたぱたと去っていった。
その様子を見た俺は感動した。自分の利益を無視して商品を手に取り、子どもを助ける姿勢。そして、売っているその薬の効果。
俺たちが今まで使っていた薬よりも、はるかに効果が高いものだったのは、見ているだけでもわかった。
「すみません、薬を5つほどください」
考えるよりも先に口が動いていた。
「えっへへ~、ありがとう。合わせて1500コ……じゃなかった。1500リルだよ」
俺は代金を払い、薬を受け取った。すると、姉妹二人もそれぞれ3つずつ買っていた。俺たち三人で合計11個買ったことになる。
結構な数にはなるけど、さっきの効果を見たら安すぎる。
良い買い物をした。心からそう思った。
薬を買ってから、ふと隣の棚に目を向けると、どう見ても本物らしき爆弾が無造作に置いてあった。
――やっぱり、これはこれで気になる。
「すみませーん、爆弾5つください」
ティアナがなんと、爆弾まで購入していた。
「爆弾なんて使えるのか?」
俺がきくと、ティアナは不思議そうに答えた。
「火つけて投げるだけでしょ? 簡単よね」
「ケガするなよ……」
本人は簡単そうに言うが、心配だ……。
* ――――――
次の屋台は、なんなのかわからない。
というのも、売っている物が何なのかがわからない、正真正銘ガラクタばかりの店だったのだ。
「よく来たな。好きに見てってくれ」
見るも何も、俺にはその価値が全く理解できない。
「フィリア、これは何かわかるか」
「うーん、私もこれは何なのかわからないなあ。すみません、店主さん。これは何ですか?」
「俺にもわからん」
なんだそりゃ。自分の売ってる物が何かわからない店からは買いづらい……。
「価値がわかる人には良い品ってことだね。きっと」
ティアナが店のフォローをしたが、俺の気分は変わらなかった。
「すみません、また今度お願いします」
慣れない社交辞令を交わして、俺たちは店を後にした。
* ――――――
次の屋台に向かう途中、フィリアが駆け足で離れていった。
屋台の前で止まったかと思うと、こちらへ手招きしている。
「アルトくん、ここの屋台すごいよ。本がたくさん」
本? 外に本なんか置いて大丈夫なんだろうか。
俺は疑問に思いながらも屋台に顔を出したが、本は透明の袋で丁寧に包装されていたので問題なさそうだった。
「いらっしゃいませ」
店主が挨拶をする。色黒で眼鏡をかけた、細身のおじさんだった。
俺は商品の本に目を向ける。
「こっちの本は一冊700~1200リルでございます」
本は料理本や武器の手入れの仕方など、地味にありがたい参考書だった。その一方で、ジュエリーケースのようなものに入れられたものまであったが、中身が確認できない。
「こっちはいくらですか?」
ティアナはおそらく興味本位なんだろう。
「こちらは、40万リルですかね」
40万!?
俺は思わず声が漏れ出てしまった。
「こちらは大昔に書かれた本となっておりまして、内容は私でも理解いたしかねます。ただ、大変貴重な品で、出回っている数も非常に少ないため、高値をつけております。よろしければ、表紙だけでもご覧になりますか?」
さすがにこのクラスの物となると触ることはできないか。
一人で納得していると、ティアナが代わりに答えた。
「お願いします」
すると、店主は白い手袋をつけて、ケースから袋を取り出した。袋からゆっくり本の表紙があらわになってくる。
そして、表紙のすべてが見えたその瞬間、思わず叫び声を上げてしまった。
「アルト、どうしたの?」
「アルトくん、大丈夫?」
姉妹二人は揃って俺のことを心配している。
大丈夫なはずがなかった。
見慣れた文字、そして、この名前。間違いない。
店主から差し出されたもの、それは――幼馴染のカノンが書いた日記だったのだ。
次の更新は 11月29日の予定です。できたら早めに投稿しますが、基本は予定通りだと思ってくれると助かります。。




