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#2 繋ぐ命

 音がない。声も、風も、心音すら聞こえない。

 何もない。暗闇の真っ只中。


 まとわりつくような漆黒が、俺の全身を強く縛り付ける。


 ――そうか。俺は、死んだのか。


 死んだ後は何もない「無」だということを、俺はこのときはじめて知った。


 子どもの頃、母さんはいつも「いい子にしていると、天国にいけるのよ」と言ってたっけ。


 そんなの、全くの嘘だった。天国も地獄も、何もないじゃないか。




 そんなことを考えていた気がする。

 考えては消えての繰り返しだ。


 漆黒の縛りは、俺の「思考」にまでも及んでいた。


 ゆえに、考えるだけの力が残っていないのである。


 俺は、暗闇と言う名の「無」に身をゆだねるほかなかった。



 * ――――――



 何もない空間のはずなのに、かすかな揺れを感じる。


 肩のあたりから、心地のよい熱が伝わってくる。


 耳の奥で、誰かのささやきが、かすかに反響する。


 いくつもの点が線へと、つながっていく。




 耳の奥に響いた言葉のような音は、なんだかとても懐かしい感じがした。


 刹那、全身にまとわりついた漆黒が、振り払われていく。


 いくつもの線が円になって――


 視界には、白く光るいくつもの点が浮かんでいた。


「××××――」


 音が聞こえた。だが、それが何なのかはわからない。

 身体はまだ動かない。


 はっきりとしない視点を意識して一つにし、おそるおそる音の先に目を向ける。


 その先には、二人の少女がいた。

 少女たちはこちらをじっと見つめている。


 姿をはっきりと認識できてはいないが、金色のような色の髪だった程度の情報が脳に伝わった。少女のうち一人は、背丈ほどの棒状のものを持っている。杖だろうか。


「~~~~っ!」


 力が入らなかった俺の叫びは、声にならないものだった。

 少女は驚いた顔をして――


「チェインヒール」


 少女がカタコトの言葉を乗せて棒を俺の方へ向けると、先端がエメラルド色に光る。


 棒を起点としてエメラルド色の光が生成された。これは魔法陣か。


 手足の感覚がもどっていくのを感じる。

 少女が回復魔法をかけ、助けてくれていたのだ。



 しかし、俺はこの少女を、見たことがない。



 俺は身体を起こした。今気づいたのだが、俺の頭は回復魔法をかけてくれた人とは別の少女の膝の上に乗っていたらしい。


 けど、不思議と恥ずかしさはなく、むしろ安心感のようなものすら覚えていた。


 手足は縛りから解き放たれたように動く。指のような細かい動作は難しかったが、それで十分だった。あの「大災害」から生き延びたのだから。


「×××!?」


 膝を貸してくれていた方の少女の口から発せられたのは、俺の知っているどんな言語とも似つかない、妙に柔らかく、舌を転がすような音の連なりだった。


 それが言葉だと気付いたのは俺の耳に入って数秒ほど経過した後。


 声は届いているのに、意味だけがすり抜けていく。


 俺と少女の間に突如、透明な壁が立ちはだかったようだった。


 とはいえ、彼女たちが味方であることは本能的に感じていた。そうでなければ、必死になって見ず知らずの俺を助けようとはしないだろう。


 彼女たちは気づいていないかもしれないが、俺にとっては彼女たちだけが頼りだ。


 なのに、彼女たちの言葉が伝わらない。


 それだけでも、恐怖が俺の脳内を侵食していくには十分だった。




 声を発した少女がこちらをじっと見つめている。


 心なしか眉が下がっていて、目に宿った光は、どこか不安げだった。


 俺のことを心配してくれている。そんな気がして、脳を侵食していた恐怖は、少しだけ振り払われた。


「ありがとう」


 言おうと思って言ったわけじゃない。


 二人には感謝してもしきれない。そんな思いが形となって、自然と口から出たものだった。




 それを聞いた二人は、目を丸くしていた。


 まるで、俺が何を言ったのかわかっていないみたいだ。




 少女うち一人が、もう一人の杖を持った少女の方を向く。


 どうしたらいいのかわからない。といった表情だろうか。


 杖の少女は、もう一人の少女に優しく語り掛けた。


「××、××××××××××××××××。×××××××」


 杖の少女の言葉を聞いて、もう一人の少女はほっと胸をなで下ろすようなしぐさを見せた。


 そして、数秒後。


 えっ? と言わんばかりの表情で、俺と杖の少女を交互に見ていた。


「××、××××××××××××××××?」


 少女2人で俺には理解できない会話が繰り広げられている。


 恐怖が完全に消えたわけではない、言葉が通じないということは、ここはアルカディアどころか、国すら違うところだ。だとしたら、どこなんだ?


 考えるべきことは無限にある。


 アルカディアで生まれ育った俺には考えられないような文化の違いや差別があるのかもしれない。


 焦る俺。


 そんな俺の心を見透かすかのごとく、杖の少女はこちらを見て口を開いた。


「わたしの いうこと わかりますか」


 少女の口から出た言葉はとてもぎこちないものだったが、そんなことを気にしている余裕はなかった。


 俺にわかる言葉が出てきた。それだけで十分だった。


 あまりの感動で目元が熱くなるのを必死でごまかす。

 さっきまでの恐怖も彼方へと消えてしまった。


「ああ わかるよ」


 俺も彼女に合わせて、できるだけ短く、砕けた言葉を選択した。


 それを聞いた杖の少女は、考えを巡らせているようで――


「あなたの なまえは なんですか」


 と聞いてきた。


 俺は自分の名前を伝えた。


「わたしは フィリア こっちは ティアナ」


 彼女によると、二人は姉妹だそうな。


 彼女は頑張って俺とコミュニケーションを試みている。俺に合わせてくれている。


 フィリアと、ティアナか。

 杖を持っていた方が、フィリアで

 俺の頭を膝に乗せてくれた方が、ティアナか。


 ティアナがぺこりと軽く頭を下げる。ジェスチャーはアルカディアと一緒か。


 俺もティアナに対して同じように返した。



 * ――――――



 森の奥から虫の声が聞こえる夜。


 彼女たちは野宿の準備を始めているようだ。


 俺も手伝いたかったが、勝手がわからないのでやめた。


 もしかすると、見られたくないものがあるかもしれないし。


 彼女たちは二人で会話をしている。


 何を言っているのかはもちろんわからない。




 程なくして、ティアナから呼吸音が聞こえ始めた。


 さっきまで話していたはずなのに、もう寝たのか?


 こんな時間まで俺を助けようとしてくれたんだ。疲れててもおかしくないよな。

 申し訳ない気持ちになってくる。




 フィリアは――俺の隣に座った。

 これは見張りか。


 一応、俺も男だし、何されるかわからないといったところか。


 とはいえ、助けてくれた命の恩人に対して仇で返すようなことをするつもりは毛頭ないのだが。




「ねないの?」


 フィリアの言葉に思わず俺は我に返った。


 夜の静けさ。聞こえてくるのは虫の声程度なので、寝るには丁度いいのかもしれない。


 しかし、睡魔は俺のことを無視しているようで、目がぱっちりとしていた。


 死の一歩手前から目覚めたばかりというのもあるのだろう。


「眠れなくて」


 返事をする。


「せっかくだから おはなし しない?」


 フィリアの言葉に、俺は頷いた。ジェスチャーが同じなら、これで伝わるはずだ。



 * ――――――



 彼女と雑談をしている時間はとても心地のいいものだった。


 話をしていてわかったことだが、ここから北東のあたりに町があって、彼女らは歩いてここまで来たらしい。


 町についても色々と聞いた。それなりに活気のある町らしく、人がたくさん行き来しているそうだ。


 だとすると、彼女以外の相手の言葉が通じないのは非常に良くない。


 人と人のやりとりは、言葉によるコミュニケーションが必要不可欠だ。


 せっかく助けてもらったのに、このままでは生きていくことはできないだろう。


 俺は、迷惑を承知で、フィリアに一つ頼みごとをした。


「俺に、フィリアたちの、言葉を、教えて、ください。」


 アルカディアで使っていた言語。相手からすると慣れないものだろう。


 だから、ゆっくり。相手にわかるよう一文ずつ区切りながら、言葉を紡いだ。


 フィリアはひとしきり考えるしぐさをした後、穏やかな表情を浮かべた。


「――わかった」


 ここから、フィリアによる言葉の勉強が始まった。



次の更新は 11月1日 22時10分頃の予定です。

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