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#18 一人のための魔法教室

 フィリアは杖を構え、魔法陣を展開した。


「ストレージ」


 詠唱をするも、杖は光るだけで、亜空間は出てこなかった。


「一人でずっと試してはいるんだけど、上手くいかないの」


「ストレージは魔法陣の構造が他とは違うからね。すぐには身につかないんだ」


「そんなあ」


 フィリアは明らかにしょぼくれている。見かねた俺は咄嗟にフォローをする。


「いや、今はできなくても、練習を続けていればできるようになるさ」


「うーん。すぐにはできないんだね。私でも、できるのかな」


「大丈夫だ。まずは魔法陣の展開方法を教えるよ。普通はこうするんだけど、この場合はこうして――」


 ひとつずつ順を追って説明した。つかみは良い。だが、フィリアは魔法陣を維持することができなかった。

 けど、魔法に対する意欲は高い。下手したら、昔の俺よりも頑張っている気がする。


「最初は誰だってこうだよ。大丈夫、自信を持って」


 教えているうちに気付いたが、幼馴染のカノンもこんな感じで俺に教えてくれたっけ。



 * ――――――



 フィリアはしばらく練習を続けた。顔色を窺うと、少し疲れているように見えた。


「少し休憩しよう。頑張りすぎるより、少し休むくらいが丁度いい」


 フィリアを静止し、ベッドの脇に座らせた。

 俺が彼女の様子を観察すると、少し考えを巡らせているようで――


「こうしてると、私が“アイスニードル”を練習していた頃を思い出すなあ」


 フィリアは話を続けた。


「昔は魔法陣を展開することさえできなくってね。でも、私、力も体力もないってわかってるから、魔法を覚えるしかなかったの」


 ぽつりぽつりとこぼれる言葉には、今まで言えなかった想いがにじんでいた。


 フィリアは、俺に聞いてほしいのかもしれない。


「いっぱい失敗した。私が魔法使いになるって言ったら、周りに笑われたよ。だから私は魔法言語をいっぱい勉強した。魔導書もたくさん読んで、ずっと練習した。今思うと、意地になってたんだと思う。それでも、お姉ちゃんだけは私のことをずっと応援してくれた。笑ったことなんて一度も無かった。中等学生のとき、初めて魔法を成功したときはまるで自分のことのように喜んでくれたのをずっと覚えてる」


 そんな過去があったなんて、想像したことすら無かったな。

 俺の命を繋いでくれたのも、数々のピンチから守ってくれたのも、全部、過去の努力があってこそだったんだ。


「中等教育を卒業して15歳になった時には、アイスニードルの他にもヒールも覚えちゃって。だからお姉ちゃんにお願いしたの。私も一緒に冒険者やりたいって。そしたらね、お姉ちゃんにダメって言われた。命に関わるからって。けど、私は今までの守られるだけの存在じゃないってことを魔法で見せたら、一緒に冒険させてもらえるようになったの」


 俺は、フィリアのことを何も知らなかった。

 この話をしてくれたってことは、少しは信頼してくれているのかもしれない。それが妙に嬉しかった。


「だから、私はお姉ちゃんの役に立ちたい。守られるんじゃなくて、守れる立場になりたいの。だから、誰も知らない、使えない魔法を使えるようになって、他の誰にも替えがきかない、一流の魔法使いになりたかった。けど、一流の魔法使いは、アルトくんだったんだね」


「えっ、そんなことないよ。俺は杖が使えないと魔法が使えないから」


「杖無しで魔法が使える人なんて、誰もいないよ」


「そうなのか?」


「少なくとも私の知っている人はもちろん、噂でも聞いたことないよ。ねえ、アルトくんの知り合いには、杖を使わないで魔法を使える人はいた?」


「ああ。むしろ、俺は杖が無いと魔法が使えないから、魔力量が小さいって馬鹿にされたよ」


 俺は言ってから「しまった」と後悔した。

 どうしてこんな余計なことを言っちゃったんだろう。


「そうかな。私は逆にアルトくんって、魔力量が普通の人より多いと思う」


 遠回しに貶したような言葉になってしまったことをフィリアは全く気にも留めていないようだ。長くいてわかったことだが、彼女は悲しむとエメラルド色の瞳がくすんでいるように見せるのだ。


 それがなかったどころか、俺に魔力量が多いと言うフィリアには慈愛のようなものを感じた。だが、今まで散々魔力量が小さいことを馬鹿にされてきたので、フィリアに指摘されてもまるで実感が持てなかった。


「そうか? 魔力量は普通の人より小さいと思うよ」


「そんなことない。普通の人は二重詠唱なんてできない。魔法使いなら誰もが一回は試そうとするけど、できた人なんて噂でしか聞かない。だから、魔法言語をちゃんと話せるかは関係なくて、純粋に魔力量の多さなんだと思う」


 フィリアは、まっすぐ俺を見つめながら、少しだけ眉を吊り上げた。


 俺は彼女のエメラルドに輝く瞳に負け、素直に認めることにする。


「そうか。ありがとうな」


 フィリアの優しさで気持ちが楽になった気がした。


 慰めるつもりだったのに、なんで俺が慰められてるんだろう。

 申し訳なさでいっぱいになる。


「私からも、ありがとう。話聞いてもらえてうれしかった」


 フィリアはすっきりした様子で微笑んでいる。




「あのね、アルトくん。一つ、質問していいかな?」


 フィリアは視線を泳がせ、逡巡しているようにぽつりと聞いてきた。


「なんだ?」


「聞かれたくなかったら答えなくていいんだけど――アルトくん、この時代の人じゃないでしょ」


 フィリアの言葉を聞いた俺は、あまりの衝撃に固まってしまった。

 俺は必死で隠していたつもりだったのに。なぜばれている?


「商会長の護衛をした時の事、覚えてる? アルトくんのペンダントがずっと忘れられなくて。もしかして、本当にもしかしてなんだけど、アルカディアの人だったりするのかなって」


 そこまで言われて否定するのはさすがに無理があった。

 俺は少しだけ口を開きかけて、また閉じた。けど――もう、隠す意味なんてない。


 だから、俺は正直に答えた。


「ああ。間違いないよ。俺は元々、アルカディアで幼馴染のカノンと一緒に過ごしていたんだ。けど、街も、俺も何もかもが流されて、カノンと離れ離れになったんだ。このペンダントも、カノンからもらった大切な物。だから――」


 今まで抱え込んでたものが全部、言葉の波となって出てくる。


「アルカディアはおとぎ話なんかじゃない。実在したんだ」


 俺の言葉を聞いたフィリアは驚いた様子ではなく、やっぱりといった顔でうんうんと頷いていた。


「今まで黙っていてごめん。これは俺一人で抱えることだと思ったから。誰にも言うつもりはなかったんだ。フィリアも、俺のことは秘密にしてくれるか?」


 フィリアはじっと見つめたまま、ゆっくりと頷いた。



 * ――――――



 フィリアと踏み込んだ話を続けていて、俺は時間をすっかり忘れていた。


「そろそろ寝よう。明日は町に帰らなきゃいけないし」


「急に呼び出しちゃってごめんね? 今日はありがとう」


「こちらこそ。フィリア、おやすみ」


「うん、おやすみ」




 フィリアの部屋を後にして、自室に戻った。


「ついに、ばれてしまったな」


 俺は深呼吸をして、自室のベッドに腰を下ろした。



次の更新は 11月23日の予定です。

時間は未定です。

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