#9 ペンダントの秘密
幌馬車に揺られながら町へ向かう最中、商会長から発せられたあまりに衝撃的な言葉を前に、俺は動揺を隠せないでいた。
あり得ない。だが、商会長が嘘を言っているようには思えない。ちらりと見せたペンダントを「俺の時代のもの」だと見抜いたのが何よりの証拠だからだ。
だとしたら、俺はなぜ生きている?
カノンはどうした?
「失礼いたしました。アルカディアについては諸説あるものですから。あくまで持論を述べたまでです。混乱させてしまい申し訳ございません」
アルカディアが1000年前の文明で、今はおとぎ話になっているなんて……。
そういえば、まだ二人には俺がアルカディアから来たことを言ってなかったっけ。
――いや、言わないでおこう。
そもそも言っても信じてくれなそうだし。
この件は、俺一人で抱え込もう。
そういえば、アルカディアのことを知っているおじさんなら、カノンのこともわかるかもしれない。
俺は、おじさんにカノンの特徴とともに目撃情報を尋ねる。
もちろん、俺の出身が怪しまれないように、さりげなく特徴だけを伝えた。
「特徴とお名前が合致するお方はお会いしたことがございません。商会長の身ですから、姿を覚えるのには自信がありますが、そのお方はどうにも」
収穫なし、か。
いや、そこそこ大きな商会長でも知らない。という情報が聞けただけでも良しとしよう。
* ――――――
ふと可憐な女の子を一瞥する。
彼女はアメジストのように煌く、とろんとした大きな瞳が特徴だった。紫陽花の色をした髪色に咲いているような花のアクセサリーも見事で、ぴんと背筋を伸ばしながら本に視線を落としているその所作の美しさは、良いとこの娘であることを証明しているようだった。
「ねえ、何読んでるの?」
「……。」
女の子は手元の本から目を離し、声の主、ティアナをじっと見つめている。
ちょっとの沈黙ではあったが、妙な居心地の悪さを感じた。
「ううん、答えたくないならいいのっ!」
ティアナは「やっちゃった」と言わんばかりに焦る素振りを見せる。
しかし、女の子は目線を戻すことはなかった。
「……アルカギアの――本」
アルカギアの本だって?
思わず俺の方が食い気味になってしまう。
「見てみる?」
女の子は本の表紙を見せた。
「もしよければ、見せてほしいな」
俺が答えると、女の子はこくりと頷き、本を差し出してくれた。
その本は、表紙にはわずかにスレがあるものの、ページに折れもヤケも見られない。女の子がどれほど大切にしているかが伝わってくる。
丁重に扱わないとな。
ぱらぱらとページをめくると、中には文字ばかりで、数ページに一つ挿絵が挟まれたような代物だった。
「これ、何が書いてあるかわかるの?」
明らかに大人が読むような情報書だった。女の子の、ましてや俺より年下に見える子が読めるようなものじゃない。
俺ですらこの本がたとえアルカディア語で書かれていたとしても、数ページも読めば集中力を切らしているだろう。
先ほどの所作と言い、年以上に賢い上、大人びている。
ぱらぱらとめくるページが中盤に差し掛かった時、少女は俺の手を静止させた。
「これ。お兄ちゃんのペンダントに似てる」
そこには、まるで俺がつけているペンダントをそのまま模写したような絵が描かれていた。ところどころに違う箇所はあるが、誤差といっても差し支えない。
「確かに!」
ティアナが挿絵とペンダントを交互に指差す。
フィリアは挿絵をじっと見つめ、俺に向き直った。
「大切な方からの贈り物ってことは、特別な意味が込められてるのかも」
なるほど。
俺はこの間試験に合格したときの、カノンの言葉を思い出した。
「今あげたペンダント……。ちょっと特別な仕掛けを入れてあるの」
俺ははっとして、手元の本に目線を落とした。
――だが、話し言葉と違って文字で書かれたそれは、とても読めるものではなかった。
俺はフィリアに耳打ちをする。
「文字が読めないから、代わりに読み聞かせてほしい」
フィリアは「そういえば」と気づくような仕草をして、本の内容を音読してくれた。
この本によると、ペンダントは「命の光鎖」と呼ばれていて、装備者に重篤な生命の危機が生じると、自動で保護し、身体の時を止めてくれる機能が備わっている。さらに、この効果は非常に長い期間作用し、輝きを失うまで護り続けるという。
確かに、挿絵のペンダントはもっと明るい色をしている。
この本の強い説得力は、俺が大災害を経て、1000年後の今でもなお生きている理由を丁寧に説明しているようだった。
「それって――」
「いや、ただの偶然だ。似ているだけの」
ティアナの問いに、俺は思わず誤魔化した。
* ――――――
俺は本をぱたりと閉じ、女の子に表紙が見えるように向きを直して返却した。
「ありがとう」
女の子にそう伝えると、ぺこりとお辞儀をして、再び手元の本に視線を落とした。
「大きくなったら、アルカギアの全部がわかるようになりたい。それが、パパの夢でもあるから」
ぽつりと呟いたその口からは、覚悟のようなものを滲ませていて、オーラが漂っているように見えた。
* ――――――
幌馬車にゆられていると、おじさんに呼ばれた。
「そろそろ町に着きます。降りる準備をなさってください」
話に夢中で忘れていたが、これは護衛だった。何もなくて良かった。
外を眺めると、街道沿いに頼りない柵がまばらに取り付けられていて、奥に城壁が見えた。
ついに、町に入れる!
俺は安堵とともに胸を躍らせた。
「そこの君。馬を止めよ」
門に到着すると、二人の門兵に止められた。
俺の身長より一回り高い門兵に、思わず圧倒された。門兵は全身鉄の鎧を身に纏っている。頭には兜を被っていて、顔を確認することはできなかった。その右手に持つ槍は天を向いて先を光らせている。
「身分証を確認する」
門兵の指示により、姉妹と商会長、果ては女の子まで身分証を提示した。
俺はというと――持っているわけがない。
正直に持っていないことを伝えると、門兵は困ったように腕を組んだ。
「少し待て」
門兵の一人が門の左側についた扉を開けて、中に入っていく。数秒で出てきたと思えば占い師が使うような、透明な宝玉を持っていた。
「触れてみよ。過去に罪を犯していれば赤くなる」
なるほど。お尋ね者の確認ということか。
俺はその宝玉に躊躇なく触れると、次第に空のような青色が宝玉の中で広がっていた。
「確認よし。港町ポルトマーレにようこそ」
さすがだ。警備がしっかりしている。
俺たち一行は無事に街の中に入ることができた。
街の中は、今までとは打って変わって不思議な景色が広がっていた。
目まぐるしく動く人、人、人。走り回る子どもの笑い声。大きな革袋を抱えてにやつく、剣を携えた男。
建物の中からする香ばしい花の香り。
レンガでできた地面は太陽の熱を吸収し、めらめらと空気が揺れている。
等間隔に植えられた木や、立ち並ぶ建物は庶民的要素を彷彿とさせる。
浮遊庭園や空を飛ぶ船など一つも存在しない。何もかもアルカディアと違う。
けど、これはこれで良いな。
「本日はありがとうございました。報酬は後日、ギルド経由でお支払いさせていただきます」
商会長のおじさんは俺たちに軽くお辞儀をし、町の奥へと進んでいった。
俺たちも頭を下げる。すると、幌馬車の中から女の子がひょこっと出てきて――
「……ありがとう。楽しかった」
俺たちの方向に身体を向け、ゆっくりとお辞儀をした。
この女の子は将来、大物になりそうな予感がした。
「さて、まずは冒険者登録しないとな」
俺がそう提案すると――
「お風呂でしょっ」
姉妹が一斉につっこんできた。
声をハモらせて指を向けられたとき、やっぱり姉妹だなと感じずにはいられなかった。
次の更新は 11月10日 12時頃の予定です。




