9・此処よりも遥か遠い場所から
目の前に居たのは、呆然とした表情のアリスンだった。
信じられない物を見る様な顔で、目の前に突如現れた小太郎をただ見つめている。そして、我に返り、その顔を驚きの感情で満たした。
「コタロー!?な、なぜキミがここへ!?」
薄桃色の髪の少女。
僅かな時間しか離れていないのに、随分と懐かしい感覚になる。
という事は、空間跳躍は成功した、と取っていいのか?
周囲を見ると、そこは機械的な白い壁で囲まれた部屋。物らしい物はベッドしかなく、小太郎が寝かされていた部屋より一回りは小さい。
「・・・これを使った」
小太郎は腕のデバイスを見せる。
「これを、なぜキミが?」
アマゾネス級が飛び立った後、デバイスがなぜか小太郎の元にあったという経緯を話すと、アリスンは不可解にも眉をひそめた。
「・・・私が貸したデバイスは、キミが深手を負って艦に運び込まれた時に回収したはずだが」
アリスンの言う通り、ベッドで寝かされていた時には既にデバイスは小太郎の元を離れていた。
「そんな事、今はどうでもいい!」
アリスンは青ざめた表情で感情を弾けさせ、小太郎へと詰め寄った。
「生身での空間跳躍など無茶をする!・・・どこか身体に異変はないか!?苦しい部位はあるか!?」
いつぞや整体安定剤を間違って飲み込んでしまった時の様な慌てぶりだ。いや、今回はそれ以上。それは絶望にも似た。
「生身だぞ!デバイスを使用した空間跳躍はフィギュアムやマシンアーマーへの搭乗を前提とする!生身での空間跳躍は身体に壮絶な負荷を掛ける!跳躍は機械の保護があってこそだ!何かのトラブルやエラーで跳躍が失敗してみろ・・・!」
アリスンの顔が恐怖に歪む。思い描く最悪の結末を想像したのだろう。
逆にアリスンを心配させてしまった。空間跳躍の副作用なんて、考えてもいなかった。
「・・・でも」
アリスンは安心した様に緊張を解く。そして、小太郎の手に伝わる柔らかい感触。
「無事で良かった」
アリスンが小太郎の手をそっと握った。その手は少し震えている。
溢れ出る涙と感情を抑え込む様に、薄桃色の髪の少女はぎこちなくも微笑んだのであった。
「キミの心遣いは本当に嬉しい」
一通り落ち着いた後、アリスンはそんな事を言う。
アマゾネス級の隔離施設。違反行為、規律を乱した者を閉じ込めておく部屋らしい。
無機質かつ、色の無い寂しい部屋。唯一部屋たらしめているのは簡素なベッドのみ。
アリスンは、だが、と前置きをした上で。
「私の刑は決定事項だ。キミに来てもらった所で、どうにかなる様な事では無い」
それは重々分かっていた事で。だけと、黙っていられなかったし、じっとしている事も出来なかった。
「・・・それに、キミはどうやって帰るつもりだったのだ?デバイスでの空間跳躍は危険だ。もう一度分の悪い賭けをするつもりだったのか?」
・・・そうか。アリスンに会いたい一心で、帰りの事まで頭が回らなかった。
「・・・その様子だと、そんな事は思いもしていなかったのだな」
アリスンが、珍しく溜息を吐き、呆れた様な表情を見せた。
「この辺りはもうすでに太陽系外だ。歩いて引き返せる距離ではないぞ」
意地悪そうに、アリスンは笑う。
「それとも、私と共にエルトリアに来るか?」
「え、あ、いや・・・」
思わぬ言葉に、小太郎は狼狽える。
「ふふ、いつかのキミへの仕返しだ」
アリスンが連れて行かれる時、地球に引き留めようとしたっけ。
「本当に、キミは後先を考えないのだな。自分の事よりも、他人の事を優先する」
マシンアーマーとの戦闘後のアリスンを心配し、その存在を隠す為に奔走。
オペラとの再会に尽力し。そして今回の件だ。
その目的の先に得は無い。関わらなければ巻き込まれずに済んだはずだ。命を危機にさらす事も無かった。
粗暴で、野蛮で、自分勝手な地球人の欠片など、何処にも無い。
坂井小太郎という人間が、存在が、確実にアリスンの心の中に侵食し始めている。
それはアリスンにとって小さな恐怖だった。今までの自分が変わってしまいそうで。固定観念が打ち砕かれそうで。
それとは反対に、その変化が心地良く感じているのが不思議で。
重く背中に伸し掛かっていた物が何処が遠くに飛んで行くのと入れ替わる様に、温かく軽やかな空気でアリスンの心を満たすのだ。
それは、今までの人生で一度も味わった事が無いもの。その生まれた感情の正体は、今のアリスンには分からないけど。
「誰かの為に命を懸ける意味を、私は考えた事は無かった」
自分は軍人だから。
始まりは両親への憧れ。平和の為に戦うなんて、当たり前の事だった。
何の為に厳しい訓練を積んできたのかと問われれば、戦う為。強くなる為。
誰かの命を救うなど、もたらされる平和など、戦いの結果に過ぎない。
だけど、坂井小太郎という人間はその先にある未来より、今を考えていた。
「・・・地球人は冷たいと聞かされていた」
そっと、アリスンは小太郎の手に触れる。
「だけど、キミの手はこんなに温かい」
指先の震えは、いつの間にか消えていた。
小太郎の優しさは、強さだ。孤独、恐怖が吹き飛び、こんなにも心に活力がみなぎる。
「・・・あ、アリスン」
小太郎の胸に熱が帯びる。心臓の動きがおかしい。
髪の毛と同じ、薄桃色に染まるアリスンの頬。長いまつ毛は恥ずかしそうにその視線を隠す。
思わず、触れられたアリスンの手を、小太郎は握り返す。まるで、そうするのが自然の様に。
その時。
何の前触れもなく、部屋の扉が開いた。
「・・・っ!?」
「ひゃうっ!?」
小太郎は声もなく、アリスンは可愛らしい声を上げ、ふたりの距離が凄まじい速度で離れた。
口から心臓が跳ね出そうな動悸を押さえつつ、小太郎は部屋の角へ身をひそめ、アリスンはベッドの上へ飛び乗った。
みちるにアリスンの存在が割れるシチュエーションの比ではない。もはや弁解の余地無しのアウトのレベルだ。
現れたのは見知った人間だった。
両者の反応に、オペラが微かに顔を赤く染め、半眼になりながらもその様子を眺めていた。
「・・・やっぱり来たわね」
読みが当たったのか、オペラが僅かに笑みを形作った。
「・・・どういう事だ?」
アリスンが凛々しい顔へ戻しつつ、聞く。
「デバイスをコタローのズボンに入れたの、アタシだもん」
オペラは悪びれず、自分を指差した。
アリスンさぞ驚いた事だろう。地球にデバイスを残してきた事は、アリスンの罪と同じだ。
「これでアタシも同罪。だってアリスンの処遇にはアタシも不満だもの」
「バカな!その為にデバイスを!?」
オペラが罪を請け負っても、当然その量刑は半分にはならない。むしろ罪人が二倍になるだけだ。
「コタローがデバイスの機能でここに飛んで来るのを、オペラは見越していたのか?」
アリスンのオペラを見る表情は厳しい。オペラも単身で空間跳躍を行うリスクは知らない訳では無いはずだ。下手をすれば小太郎はアリスンの元へと辿り着く事無く、命を落としていた可能性がある。
「・・・わかんない。でも」
オペラは部屋の角へ視線を向け、
「直感だけど、コイツなら大丈夫、って何となく思った」
全くもって確実性も無く、現実的でも無く、あやふやな自信でしか無い。
「勿論、それだけを狙った訳ではないわ」
オペラが小太郎へと視線を向ける。
「コタローという人間が、今までエルトリアに伝わっていた地球人像とかけ離れた性質を持っているのはアリスンが一番理解していると思う。・・・アタシも、アリスン程じゃないけど、コイツがそこまでの悪人だとは思わないし」
オペラはアリスンへと視線をスライド。
「コタローが教官を含め、エルトリアの風土を変えるかも知れないわ」
真摯な表情から一転、オペラは顔を真っ赤にさせ、
「が、勘違いしないでよ!アタシはアンタの事を認めた訳じゃ無いんだから!」
ビシッと指を突き付け、オペラは憤慨。そして、落ち着ける様にコホンと咳払い。
「・・・それに、コタローがベッドに運ばれた時、デバイスを確認したけど機能は別に制限されていなかったもの」
思わず小太郎はアリスンを見る。アリスンは顔を赤くさせながらも複雑な表情。
・・・そう、だったのか。
それでも、小太郎は必要以上にデバイスを使用する事は無かっただろう。あの時はそれどころではなかった。
「アリスンがコタローを信頼している証だと思ったわ。デバイスを悪用しないと確信があったのね」
確かにあんな叡智の塊は、生活を一変させるだろう。それが誰かの手に渡った時、小太郎と同じ考えの人間がどれ程居るだろうか。
「そ、それは君も同じなのではないかオペラ。地球にエルトリアの機械が残る恐れがあるのにも科関わらず、コタローにデバイスを回収しなかった」
「あ、アタシは別にコイツの事を信用している訳じゃないわ!変な事言わないで!」
怒りにも似た形相で慌てふためき、オペラがアリスンに詰め寄る。その売られた喧嘩を買うように、アリスンも柳眉を釣り上げ応戦する。
「それは甚だ疑問だな。私の知る限り、君のエルトリア外の異星への態度は筋金入りだった」
「ちょ、二人とも」
アリスンとオペラの間に流れる不穏な空気。それは奇しくもオペラがアリスンを助けに来た時と重なる。小太郎の制止も何処吹く風だ。
「それがどうだ。今はそれは見る影もない。コタローを通して君が考えを改めたのは一目瞭然だ!」
「鈍ったわねアリスン!アタシは確かに地球に関して考え方は変わったけど、それはコイツが原因じゃないわ!」
言い争うアリスンとオペラ。ただ、その剣幕にかつて程の緊迫感は無い。親友同士の小競り合い。そんな微笑ましさすら感じる。
「君はいつもそうだ。建前と本音があべこべなのだ。その言葉を汲み取る側の立場に立ってほしいと常々思っていた!」
「あ、アタシだって、アリスン仏頂面にはほとほと呆れ返っていた所よ!可愛いモノ好きのクセにクールに振る舞っちゃってさ!」
ああ、やっぱりアレ、知っているんだ。
アリスンは痛い所を突かれた様に、わかりやすく呻いてみせる。
「小隊長の責務かなんか知らないけど、この間の武器流通ルートを押さえる作戦の時だって、アリスンが待っていてくれたら、単身エルトリアから飛ばされる事も無かったじゃない!」
「一刻を争う事態だった!あの時はそれしか方法は無かった!過ぎた事を諌める事はもっとも無益で愚かしい行為だ!」
「だったらアタシがコイツにデバイスを残したのも目を瞑ってよ!」
「それとこれとは話が別だ!」
熱を帯びる言い争い。そろそろ止めたほうが良いだろうか。
「ふたりとも、その辺で・・・」
小太郎がアリスンとオペラの間に割って入ろうとした時、部屋の扉が開いた。
鋭くも冷たい視線を眼鏡の奥から放つ、聡明な長駆。
「べ、ベアル教官」
気まずそうに、オペラがあからさまに言葉が沈む。
「何故、この艦に地球人が居るのだ?」
心臓を貫く様な瞳が小太郎を絡め取る。それだけで全身が弛緩する。いや、それすらも許さない、力の抜ける身体を見えない力で無理やり立たされている様な。
「アルベールに続いて、クリストフまで」
侮蔑にも似た目がふたりの部下に向けられる。ベアルからしたら、これほど煮え湯を飲まされる状況もあるまい。アリスンに引き続き、オペラまで。
「待ってください教官!アタシ達の話を」
オペラの言葉は、ベアルが小太郎の腕を捻り上げる動作で寸断される。早く、的確。達人の関節技の様に。
その腕の中のデバイスがベアルの瞳に映る。
「・・・これを使って、ここへ『飛んで』来たのか」
問いかけにも独白にも取れない呟きを、小太郎は小さく頷く事でしか返せなかった。
「デバイスを使用した空間跳躍は、身体に凄まじい負荷を掛ける。フィギュアムに搭乗する事が前提の機能だ」
先にも聞いた、空間跳躍を生身で行使する危険性。
「それは命を捨てる行為に等しい。イレギュラーが起きた時、その衝撃で臓器どころか細胞が死滅する恐れがある。例え無事でも、何らかの後遺症を引き起こす可能性が無いとは言えない」
アリスンの言葉を信じていなかった訳では無い。そんな事が起こらない都合の良い奇跡を思い描いていた。だが、ベアルの言葉はそれが確実に存在する事を示唆している。
「それを、君がやったと言うのか」
冷淡に言いながら、ベアルは小太郎の腕からデバイスを取り上げる。
「・・・ひとつ聞きたい」
手の中のデバイスを見つめるベアルの目が、小太郎へと滑る。
「空間跳躍のリスクを知っていたとして、それでも君はアルベールを追うつもりだったのか?」
空間跳躍に失敗した時、果たして身体はどうなるのか。宇宙の藻屑と消えるのか。助かったとしても、アリスン達の言っていた結果が待っているのか。
怖いのは、怖い。
姿の見えないヴィードルに貫かれ、死の足音が聞こえて来た時、小太郎
初めて形に見える恐怖を感じた。
でも。
それでも。
「・・・俺は、アリスンを追いかけていたと思う」
死ぬ事は確かに怖い。けど、それよりももっと恐ろしい事を知ってしまったから。
「コタロー・・・」
アリスンは熱に浮かされた様に目を潤ませている。
小太郎の返答に、なるほど、とベアルは得心。
「・・・コタローは」
オペラが身を正し、真剣な眼差しで語り始める。
「漂流したアリスンの保護に加え、地球圏に出現したヴィードルの討伐に助力したのは確かです」
オペラの両手は強く握られている。力だけではない。そこには友への想いもこもっている。
「我々エルトリアを含むヴェノゼリスの存在や、フィギュアムの情報が最低限の範囲でしか漏洩しなかったのは、彼の義理堅さがもたらした結果であると思っています」
オペラは、気は強いがアリスン同様、他人を分かろうとする心根を持つ少女なのだと悟る。
「勿論、現段階でも地球圏に我々の存在が漏れた情報は入っていません。そんな彼を信じているアリスンを、教官は愚かしい事だとお思いですか?貴方の育てた部下がそんなに信じられませんか?」
果たしてオペラの言葉はベアルに届くのか。
オペラの顔は今にも泣き出しそうで、口を真一文字に結んで感情が漏れ出ない様に堪えている。
部屋をしばしの静寂が包む。
その静けさは、アリスンの断罪までのカウントダウンか。小太郎の心臓が早鐘の様に鼓動を刻む。
息苦しさを感じ、小太郎は表情を歪める。背中が凍る程の悪寒が走り、目の前の視界がゆらりと歪んだ。
・・・なんだ、これは。きぶんがわるい。
アリスン達の言う、空間跳躍の副作用?
いや、違う。それとは、もっと別の。
歪んだ視界がピントを合わせようと渦を巻く。神経が鋭敏になる感覚。研ぎ澄まされた聴覚が、何かの音を拾う。
何処かで誰かが警告する。今すぐそこを離れろ、と。
誰だ?
目だけを周囲に巡らせる。アリスンでも、オペラでもベアルでも無い。
男とも女とも分からない無機質かつ無感情な声。そもそも人の発している声なのか?
その警告が小太郎を急かす。
頭を貫く、針を刺すような痛み。
脳内でその緊迫した声が弾け、衝動となって小太郎を突き動かした。
「誰かが来るっ!逃げろ!」
そう叫ぶ小太郎を、その場に居た全員の視線を集める。
小太郎の声が静寂を破った、その刹那。
けたたましい警報音が室内に鳴り響く。
『本艦の前方より転移現象を確認!ヴィードルの出現の可能性有り!稼働可能な戦闘兵は出撃の用意を!』
顔を見合わせるアリスンとオペラ。鉄面皮の様なベアルの表情に僅かな綻びを見せたのもこの時だ。その僅かな変化を悟られない様、ベアルは眼鏡を指で押し上げる。
「クリストフを始め、ローレンス、エトワールはフィギュアムでの出撃準備を」
オペラはアリスンを一瞬だけ視線を送り、すぐさま勇ましい戦士の表情でベアルに敬礼。部屋を飛び出した。
「・・・コタロー。大丈夫か?」
心配そうに小太郎を覗き込むアリスン。汗でまみれた小太郎の顔を、制服の袖で拭ってくれる。
「これまでの数々の規律違反はひとまず後回しにする。ヴィードルの殲滅は何より優先される使命だからだ」
行きたまえ、とベアルは目でアリスンに促す。
「・・・寛大な処置、感謝します」
アリスンも敬礼を残し、オペラの後を追う。その際、アリスンは小太郎に向かって力強い眼差しを残した。それが不安で胸を満たす小太郎には頼もしく思えた。
「・・・君は、今のを予知したのか」
「・・・え?」
始め、何を言われているのか分からなかった。
正直、数秒程意識がない。目の前にモヤが掛かった様な。何故自分はこんなに息が荒いのか。何かを身体の中から振り絞ったかの様な倦怠感。
「・・・まあ、良い」
それだけ短く言うと、ベアルは空中に手をかざす。半透明の長方形が空間に出現する。デバイスから投影された地図の巨大バージョンとでも言うのか。
宙に浮くスクリーンは、漆黒の闇を映し出している。見ていると、心まで吸い込まれそうな闇。
「・・・何が、起きているんだ」
「ヴィードルが出現する。間もなくこの宙域は戦闘区域になる」
ヴィードル、という単語で、小太郎の腹部に何かがなぞられた感覚。それはあの時の恐怖を思い出したからか。
「・・・最終警告だ。今まで見聞きした事を忘れると約束出来るなら、今なら目を瞑ってやる。ここから先は、我々の領域だ」
小太郎がここへ来た理由。
アリスンに会いたかったのもそうだが、もうひとつ、目的がある。
「俺は・・・!」
一段階、声を高めた小太郎に、ベアルは
さして興味を示さずに、見る。
「俺は、貴方に記憶を消してもらいに来た」
その言葉に、ベアルは口の端を僅かに吊り上げた。
「・・・どうした?我々の事を背負いきれなくなったか?」
エルトリアに関わる事。それ即ちヴィードルと背中合わせになる事と同義だ。実際、小太郎はその毒牙にかかっている。
「俺は、アリスンに生きていて欲しい。お願いだ、アリスンを生かしてくれ・・・!」
みっともなくて良い。小太郎は目に涙を浮かべ、ベアルに懇願する。額を冷たい床に擦り付けんばかりに押し付け。
「それは出来ない」
返ってきた言葉は残酷な物だった。小太郎の覚悟などとは釣り合わないとでも言うのか。
「君がヴィードルに攻撃される前ならそれを考えていた」
全く理解出来ない顔で、小太郎はベアルを見上げる。
「精神操作は身体に負荷を掛ける。怪我をしている君の身体では到底不可能な状況だった」
・・・やはり、助けられないのか、アリスンは。
「無駄足だったな」
嘲る様に床にうずくまる小太郎を、ベアルは一瞥。
『こちら、アルベール小隊。出現準備完了しました』
アリスンの声が艦内に響く。
ベアルは宙のスクリーンに手を触れ、操作。
「アルベール小隊、出撃」
艦内にサイレンが鳴り響き、宇宙空間に四つの光が飛び出る。
四者四様。少女の姿が漆黒の海を泳ぐ。
アリスンの駆るクインテッド、オペラのリーンベルズ。そして、サンディとスージー機。
ほぼ生身に近い容姿のフィギュアムが宇宙に漂う姿は、不思議であり、奇妙でもある。まるで水の中を泳ぐ姿と変わりない。
「ヴィードル出現予測時間まで。4、3、2、1」
スクリーンに厳しい警戒を消すこと無く、ベアルがカウントダウンを告げる。
「ゼロ」
瞬間。
小太郎の全身を、凄まじい悪寒が波の様に押し寄せる。
宇宙空間に変化が起きた。黒い海が捻じれ、歪む。
練り上げた水飴が渦巻く様に、回転。そしてうねりが弾ける。
目を疑う様な光景の後、見たこともない存在がそこに居た。
「・・・何だ、あれ」
背景が黒い宇宙空間の為、正確なサイズは分からない。ただ、自分達人間がいかにちっぽけか思い知らされるくらい、雄々しく、巨大だ。
「・・・単艦種か」
小さく、ベアルが呟く。
それは巨大な船の様な形をしていた。ただ機械的では無く、鳴動する生物としての質感を宿す。これが生きているのか。
全ての生命の敵。アリスンはそう言った。あんな化物まで相手にしているのか。
「アルベール小隊、攻撃開始」
ベアルの宣言で、四基のスフィアドライブが起動する。
刹那、艦内を赤色灯の光が支配する。
『『破吼』反応を感知!戦線のフィギュアムは防御、回避を!本艦も界転フィールドを展開!艦内の乗組員は耐衝撃に備えよ!』
艦内に響き渡る警告。
瞬間、空気が変わる。気圧の変化の様な、身体を締め付ける感覚。しかし、不思議と不快感は無い。むしろ、頼もしい。
スクリーンの中の単艦種の体表が斑色に鈍く輝き、前部に収縮する光。
「忠告しておく。何かに掴まっていたほうがいい」
ベアルがスクリーンから目を離さずに言葉を宙に吐く。最初、それが誰に向けられた言葉か分からなかったが、その意味を知る事になるのはすぐ後だ。
まるで、後頭部を何かで殴られたかの様な衝撃と共に艦が揺れ、小太郎の脳を撹拌させる。
小太郎の身体が物理法則に反し、浮き上がる。ふわり、という浮遊感が身体を包み込み、小太郎の足の底が床と別れを告げる。
「・・・っ!?」
一瞬、視界が砂嵐で包まれ、方向感覚がおかしくなる。
艦を揺らした衝撃で、身体が宙に投げ出されたと分かった時には、もう遅い。硬い床に身を打ち付けられると覚悟をしていた。
だが、襲いかかったのは硬い衝撃では無かった。むしろ柔らかい・・・?
瞼を開けてみると、目の前は光を反射する床では無い。不可解な柔らかさに助けられ、小太郎は視線を上げる。
そこには、凄まじく冷徹な瞳がレンズ越しに向けられている。それがベアルの放つ視線だと気が付いた時、小太郎は背中に針を突き付けられたかの様に跳ね上がった。
「す、すみませんっ・・・!」
ベアルは胸元を手で払い、乱れた制服の型を正す。
・・・と、いう事は。小太郎の顔に感じた温かくも柔らかい感触の正体は・・・?
「現状報告」
ベアルの放つ言葉に抑揚は無い。まるで最初から何も起きていなかったかの様に。
・・・いたたまれん!
顔が焼けるくらい熱い。
『フィールド安定。ダメージ軽微。本艦の航行に支障無し』
オペレーターからの報告にも、ベアルは落ち着きを崩さない。
「エトワール、そちらの状況は」
『よ、四機とも攻撃回避。無事です』
聞こえてきたのは、あのおとなしそうな子の声だ。
スクリーンの中の四人が行動を開始する。
クインテッドは手のひらから蒼い光弾を発射。リーンベルズは右手が巨大な光の剣を纏う。
サンディ機は、身の丈以上もある巨大な筒状の砲身を構えている。形状から察するに、銃、ライフルかと思われる。
残る一体、スージー機は天使のイメージだ。頭上にはリング状のパーツがくるくると回転している。
クインテッドの放った蒼い光。サンディが銃爪を引き、光弾を射出。それぞれの光球がヴィードルに着弾。スクリーン越しに眩い光を放ち、爆発する。追い打ちをかける様に、クインテッドの腕のパーツが変形。手のひらに収束する光源の色が増す。
放たれた蒼い直線がヴィードルの身体を薙ぐ。リーンベルズが巨大な剣を振るい、黒い海に花を咲かせる。
「それそれ〜!」
およそ戦場には似つかわしくない声を上げ、ライフルが次々に火を吹く。
フィギュアムの表情がパイロットの感情を投影するのなら、サンディはこの戦いすら楽しんでいるのか。
無数の銃弾がヴィードルを次々に削ってゆく。陽気なあの姿に、サンディの非凡さを見た気がした。ああは見えて彼女も軍人なのだ。
アリスン、オペラ、サンディの攻撃は確実にヴィードルの外殻を砕き、切り裂き、撃破に向かっている。だが、この胸から沸き立つ違和感。
戦闘を直に見た事がない小太郎の杞憂かも知れない。
オペラのプラズマブレードが振り下ろされ、黄金の軌跡を描いてヴィードルが両断される。
ふたつに分かれた「それ」の片割れを、アリスンが放つ蒼い衝撃波で消し飛ばす。もう片方も、サンディの正確無比の狙撃が貫き、やがて闇の中、燃える様な爆光の後、霧散する。やがて、周囲は静寂に包まれる。
・・・終わった、のか。
「アルベール小隊。速やかに帰還せよ」
緩やかな動きで、スクリーンの中の四人が動く。
「・・・違う、まだだ」
言葉を零す小太郎を、ベアルが奇異の目で見る。
「まだだっ・・・!」
そう、吠えた瞬間。
艦内を警告音が鳴り響く。
『本艦の直ぐ側!空間転移反応!』
「何だと」
スクリーンを操作して、ベアルは表示された文面に僅かに眉を寄せる。
「アルベール小隊の帰還中止。新たに出現する個体へ向けて戦闘配備」
アリスン達に命令を下したベアルは、その目を小太郎へと向ける。
「・・・偶然とは思えんな」
警告音が止まらない。
『これは・・・!そんな』
オペレーターの驚愕の声。
『反応パターン、『母星種』・・・!』
「何だと!?」
始めてベアルの動揺が見えた。
「でかい・・・」
巨大な魚の様なシルエットのそれは、単艦種どころかアマゾネス級を有に超える巨大さを見せる。
「ぼ、母星種なんて、アタシがフィギュアム乗りになってから、一度も見たことの無いわよ!?御伽噺の中の存在じゃ・・・」
オペラの驚愕と戸惑いの声。
「・・・ヴェノゼリスでも向こう百年は姿を現さなかった希少種、それが何故、この地球圏で」
震える声のスージー。
小太郎は言い表せない恐怖を母星種から感じていた。あのヴィードルも怖かった。けど、今感じているのはもっと心の奥深く。遺伝子レベル。根源的。まるで、初めからその感情を知っていたかの様な。
「命令を変更する。アルベール小隊全機帰投せよ。これより空間跳躍によりヴェノゼリスへと帰還する」
「ちょ、何で」と声を上げたのはオペラだった。
「ベアル教官、このヴィードルを放って置くつもりですか」
アリスンの言う通りだ。フィギュアムはヴィードルを倒す為の兵器なのではないのか。それは何よりも優先されるべき使命ではないのか。
「それは母星種未満のヴィードルに限られる。この個体には一個師団での戦闘が原則だ。それでなくてもこの艦が輸送艦である事を含め、今の戦力、装備では戦闘は困難であると判断した」
「でも、ここはまだ地球圏です!この先には地球が有ります!」
ヴィードルは星を喰らい尽くす宇宙の害虫。駆逐するべき、敵。
「・・・我々のフィギュアム、君達を含む叡智は、あらゆる物よりも優先される。無論、地球など天秤に掛けるまでもなく、な」
確かにベアルには地球を救う理由は無いだろう。ベアルの言葉を借りるのなら、宇宙の果てで起きた些末な出来事。
「アルベール機、母星種に攻撃を開始します」
力強いアリスンの声。
「命令を聞いていたのか。直ちに帰還せよ。戦力差を計算出来ない兵士に教育した覚えはない」
「このままでは地球が危機に瀕します。我々の使命はヴィードルの駆逐、宇宙の安寧のはず。地球、エルトリア。どちらにも尊い生命の灯があります」
小太郎は胸が詰まりそうだった。アリスンは地球に生命を賭ける程の時間を過ごしていた訳じゃない。
「君のそれは個人的感情によるものだ。フィギュアムは、アルベールの生命とは釣り合わん。クインテッドの消失は我々の多大な損失になる・・・!」
「計算上、私ひとりの生命と、クインテッドが救う未来なら損失は最低限で済みます。・・・必ず止めてみせます」
小太郎には、アリスンが何をしようとするのか何となく分かった。
「ふざけるなよ!アリスンっ!」
怒りが湧いて出る。無様にも床を這いつくばる様にスクリーンに向かい、叫ぶ。
「元よりキミに救ってもらった生命だ。キミの為に使えるのなら、この生命、決して高くはない」
「重いとか、軽いとかじゃない!俺は君に死んでほしくはない!」
単純な事だ。
もっとアリスンと色んな事を話したい。色んな事を見て欲しい。
言葉が詰まる。もっと伝えたい事があるのに。聞きたい事があるのに。
「やって見せろ、アルベール。これは、最後の譲歩だ」
小太郎とアリスンに割り込む様に告げると、ベアルは通信を切る。
「・・・感謝します。セトラ教官」
そう呟くアリスンの言葉はベアルには届かなかった。
「隊長以下のアルベール隊員、全機帰投せよ」
「アリスンっ!アタシも戦うっ!」
オペラも最後まで戦う意志を見せる。だが、アリスンは首を横に振る。
「駄目だ。命令だ、帰投しろ」
「嫌よ!アリスンはいつもそうよ!ひとりでカッコつけて・・・!」
スージーがリーンベルズを捕縛する。
「ちょっと!アンタら!」
「・・・もう、対抗出来る武装が無い私達では」
「たからってこのまま尻尾巻いて逃げろって!?何のためのエルトリア軍人よ!」
いつもはおしゃべりなサンディも、この時ばかりは黙りこくり、スージー同様クインテッドの身体を手で押さえる。
フィギュアム二機に連れられ、オペラの叫びも虚しくアマゾネス級の艦に消えていった。
先の単艦種戦でエネルギーは消耗。そのエネルギーも自動回復が鈍化。
奥の手はフィギュアムのエンジン。そしてスフィアドライブの爆縮点火。
フィギュアムや、それに付随する武装、装置。それらは全てコア化を初め、物質の縮小技術を用いた物。だからこれほど高性能で高火力な兵器がマシンアーマーよりも小さいサイズで成り立つ。
縮小した物質が元の大きさへ機能の補助無く戻った場合、その衝撃は途方も無い倍率へと膨れ上がる。粉微塵では済まない、その場には何も残らない。フィギュアムの痕跡が残る事は無い。
「母星種、動きます!」
星程の質量が揺らめく。
「空間跳躍に入れ!」
ベアルの声と共に、艦内が赤い光で満たされる。
『母星種、こちらに向かって突進!』
「バカな。地球への進路ではないぞ」
ヴィードルの行動原理が文明の破壊を根源とするのなら、真っ先に地球に向かうはず。
『目標、アマゾネス級と推測!』
「・・・何故だ?」
ベアルが呟き、視線を足元で項垂れる小太郎へと差し向ける。
ここまで普通であった出来事が普通でない事態に陥った時、そこにはこの少年が関わっていた。
何故だ?
今度は心の中でその言葉を反芻する。
ごく普通の少年だ。突出した部分など無い、何処にでもいる少年。身体能力も、知能も一般の同年類のサンプルの域を出ない。ただの凡庸な少年だ。
ただ、違う部分を挙げるのならば。
我々に関わった。
整体安定剤をイレギュラーながら服用し、ヴィードルの攻撃をその身に受け、我々の治療を施した。
・・・だから何だ?この少年は一体何者だ?
そんな思考を遮る様に、艦が揺れた。
「何事だ」
『母星種、艦に突撃。アルベール機の界転フィールド、当艦に干渉。航行に問題なし!』
突撃する母星種を、クインテッドの張る障壁で防いだのだ。
フィギュアムどころか、アマゾネス級をも超える質量を止めるなんて、不可能だ。
「空間跳躍、継続。急げ」
血も涙も無い、冷徹な判断。だが、速やかにここから発つ事が彼女への手向け。
「・・・ぐうっ!」
凄まじい負荷が前方から押し寄せる。
界転フィールドの出力はとっくに最大値を超えていた。
機体が悲鳴を上げる。フィールドを生成する左腕部がオーバーヒートを起こしている。いつクインテッドが爆散してもおかしくない。
(もう少し、耐えてくれ・・・!クインテッド!)
艦が空間跳躍に入るまで。小太郎が助かるのを確認するまで。
「・・・けよ」
何かを言ったか?
ベアルの視線が小太郎を向く。
小太郎の瞳が変化していた。
瞳孔の無い、蒼いガラス玉の様な色の瞳へ。
「どけよっっ!」
最初、それはベアルに向けられているのかと思った。だが、違う。
まるで子供の様な、わめき散らす叫び声。その向かう先はスクリーンの方へ。
音声は遮断している。アリスンにも、誰の声が届くはずもない。
「まずいっ!」
クインテッドの左腕部がひしゃげ、爆発する。アリスンはすぐさまフィールド発生を右腕部に切り替える。
耐え続けるのも時間の問題だ。だが、そんな考えの間もなく、右腕部の限界を知らせる。
(ここまで、か)
アリスンは何処か達観した境地。だが、操縦桿を握る手は緩めない。
小太郎はもっと話したいと言ってくれた。
「スフィアドライブのセーフティ解除。爆縮開始。機能によるサポートは無し」
『ここより数キロに重力嵐の発生の可能性有り。アマゾネス級の空間跳躍を確認次第、カウントダウン開始』
君に死んで欲しくないと言ってもくれたな。・・・済まない。それは叶いそうもない。
なのに、こんなに誇らしい気持ちで一杯だ。
誰かを守るために軍人になった。
両親、仲間、生まれ故郷。母なる星エルトリア。
でも今はたったひとりの人間の為に。
「・・・限界だ・・・!」
右腕部が火を吹く。手動で爆破のスイッチに指をかける。
(さよならだ、コタロー)
アリスンの親指がスイッチに触れるその瞬間。
「お前は、何処かに行けぇぇぇっ!」
小太郎の木霊が響き渡る。
それは何処の誰に向けた物なのか。
信じられない事が起きた。
クインテッドの界転フィールドに触れる反応が消えた。
正確には、歩みを止めた母星種がさらにその体躯を後退させたのだ。
ゆっくりと身を引くヴィードル。そして。
『・・・母星種、跳躍反応』
オペレーターが信じられない様子で、状況だけを何とか伝える。
空間が歪み、巨大な姿を闇に溶かしながら宇宙の先に消えていった。
「アルベール、行動止め。動ける隊員はクインテッドの回収を」
間もなくオペラが満身創痍のクインテッドを連れて帰る為に飛び出した。
小太郎は、その光景を見届けるのを最後に、眠る様に意識が寸断した。
艦内は慌ただしくクルーが駆け回っている。
アリスンはクインテッドの両腕を破した事による衝撃で意識を失った。
フィギュアムはパイロットの神経をフィードバックする。腕が破損すればパイロット本人もダメージを負う。精密で、高性能であるフィギュアムを手足の様に動かすには必要なリンクだ。
アリスンは面会謝絶のベッドの上で白い天井を見上げていた。
幸いにも両腕に後遺症は無し。鍛え上げられた身体と精神力の賜物だろう、と医師は言った。
ベアルが現れた。
どこまでも無感情で、冷たい瞳。
アリスンは憧れのベアルの元で師事。
ベアルはアリスンを自分の教え子としては最高傑作だと言った。
これ程までに期待を裏切った事は無いだろう。どういう処遇を突き付けられても文句は言わない。
「何を告げに来たか、分かるな?」
はい、とアリスンは短く答え、
「どんな結果になろうと、悔いは有りません」
本当は、ある。
けど、地球に送り届けられた小太郎の報を聞いて、アリスンには思い残す事は無くなった。
「では、アリスン・アルベール。君への処分を正式に言い渡す」
ベアルは、アリスンの決意に満ちた顔を一瞥すると、恭しくその口を開くのだった。
いつも朝がやってくる。
「お兄ちゃん、朝だよ。起きて!」
扉の向こうで断続的なノックと共に、みちるの声が聞こえる。
見慣れた部屋の風景。
何もかも終わったのだと。
腕にデバイスは無い。
小太郎とアリスンを繋ぐ物は無くなった。
いつもの日常が始まる。
それはいつからか。正直、記憶に無い。意識して忘れているのかも知れない。
重い頭と身体を引きずる様に、1階に向かう。
台所ではみちるが朝食の準備をしている。
小太郎はテーブルに着き、思考を停止させた様にぼーっとテレビに視線を彷徨わせている。
『射手座のアナタは超ラッキー!思いがけない人と再会するかも!』
朝の占いが結果を読み上げるも、小太郎の耳には届いていない。だから、みちるの呼ぶ声に気がついていなかった。
「お兄ちゃん!チャイム!手を離せないから出て!」
小太郎は溜息を吐きつつ、重い腰を上げる。
誰だ、こんな朝っぱらから。回覧板なら、その辺に置いておいて欲しい。
扉を開ける。
朝日と共に小太郎の目に飛び込んできたのは、信じられない姿だった。
薄桃色のロングヘア。
凛々しい眼差し。そこに宿るは力強い意志。
理解が追いつかない。思考が目の前の光景を処理出来ない。
混濁する頭の中、小太郎は目の前の現実が幻となって吹き飛ばない様に、ゆっくりと息を吐き出した。
「・・・アリスン?」
軍服でも、クインテッドでも無い。随分とカジュアルな格好だ。スカート姿は珍しい。ああ、これもホログラムか、と、小太郎は場違いな思考で頭を埋める。
「コタロー」
呆気に取られ、動きを固まらせている少年の名を呟き、アリスンは桜色に頬を染める。
「ど、どうして・・・!」
アリスンの言葉でかろうじて我に返る。だが、変わらず頭の中がぐるぐる回って、何かを喋ろうとしても言葉尻を掴むことが出来ない。
なぜ、どうして、なんでここに。
永久ループする小太郎の表情を察し、アリスンが口を開いた。
「エルトリア軍上層部からの命令だ。アルベール小隊は、本日付けを持って地球の配属になった」
まだ、小太郎の混乱は収まらない。
アリスンの表情が真剣な物に変わる。
「ヴィードルの地球圏への出現に、本国が危険視した。これからも現れないとも限らない。そこへ我々アルベール小隊に地球駐屯を命じられた。罪人の処遇は後回しらしい」
アリスンは苦笑した。
ヴィードル。
あんな化物がまた地球に・・・?それが本当なら、人類にとって、脅威だ。
「心配するな。その為に、我々が来た」
アリスンの言葉はこの上なく頼もしい。フィギュアムの性能、アリスン達の能力を身を持って知ったから。
「キミの事も、私が守る」
アリスンは力強く決意を語る。まるでそれが当たり前かの様に。
ただ、そんな事は今の小太郎には重要では無い。
それよりも。
そんな事よりも。
「コタロー・・・?」
目から伝う熱い雫。
「ど、どうした。もしや、まだ傷が痛むのか?」
突然の様子に狼狽えるアリスン。
違う。どこも痛くない。
「ひゃわぁっ!?」
アリスンの素っ頓狂な声。
小太郎がアリスンを抱きしめたからだ。
「コ、コタロー・・・?一体どうしたのだ?」
小太郎の腕の中、アリスンは顔を沸騰させながら、目をあちこちに彷徨わせ、慌てふためく。だけど、振りほどかない。
「良かった・・・。アリスン・・・!」
小太郎に去来するものは大きな安堵。そして。
永遠の別れと思っていたのに、こうして再び会えた。
それがただ、嬉しい。
「ちょっと、お兄ちゃん!朝ご飯出来たよ!いつまで・・・」
リビングからみちるが顔を出す。
「きゃあっ!何してるのお兄ちゃん!」
兄が玄関先で見知らぬ女の人に抱きついている。
「苦しいぞ、コタロー・・・」
言いながら、アリスンは一筋の涙を零しつつ、小太郎の背中に手を回して離さない。
抱きついた女の子についての追求なら、後でいくらでも甘んじて受けよう。
小太郎は今、遥か遠い場所から来た友人との再開を噛み締めているのだから。
この作品は、数多のロボットモノにケンカを売るかの様な思いで書いた話です。ロボットは何もデカくする必要なく、人間サイズなら基地とか戦艦とか圧迫すること無いのになー、ていう考えです。さらにそれが高性能なら言う事無しでしょう(笑)。
ただ、大きいロボットも存在しますし、戦艦はその名残です。
ちなみに、フィギュアムは、フィギュア(人形)+アーム(武器)を足した造語です。まあ、物語の中ではフィギュアムは最初から兵器では無かったのですが・・・。その辺りは、いつか書くかも知れません。
とりあえず、今回はひとまず終了です。ありがとうございました。