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6・訪問者と、招かれざる客

 アリスンが坂井家に身を潜めて一週間が経った。

 ひとつ変化した事と言えば、アリスンが小太郎の部屋に常駐しなくなった。

 無事にエルトリアに帰った、という訳では無い。家を追い出した訳でも無い。

 では、何処にいるのか。

 小太郎の部屋の押し入れが開く。

 押し入れ内の天井。その一部分が円状に開く。その穴からアリスンが布団をクッションに降り立つ。

 アリスン曰く、サイクルマシンの応用で、物質を自在に開閉させ、入口にするのだ。

 肝心の押し入れの上はと言うと、部屋にしては小さいが、物置にしては心許ないスペースが小太郎の部屋の上にはある。実際いくつかの段ボール箱が鎮座するそこは、小さな倉庫だ。

 夏は暑く、冬は寒いため部屋としては適さないが、フィギュアムに搭乗した状態ならばそれは関係ない。なのでみちるもまず近寄らない。

 ここをアリスンの退避場にしたのだ。

 最初からここにすればよかったが、本来この部屋に行くには、部屋を出てなければならない。廊下の奥まった先に小さな階段があるためだ。

 だが、エルトリアの技術のおかげで、入口は小太郎の部屋からそとを出ずに直接経由出来る。これで小太郎はアリスンの視線を気にせず着替えられるし、みちるの足音に怯える必要もない。

 ステルスのエネルギーに気を取られる事なく、アリスンはエルトリアへの救助信号を放つ事に注力できる。

 しかし、宇宙の広さなど一介の高校生である小太郎には知る由もないが、果たして本当にアリスンの放つ救助信号が届いているのかと不安になる。エルトリアの技術が常軌を逸脱した凄まじいモノだという事は身を持って体験してはいるのだが。

 外は夕闇を超えている時間帯だ。

 アリスンは地球の情報収集としてテレビを見たり、小太郎の授業の教科書に目を通すのを日課にしている。

 そんなアリスンの動きが止まっている。難しい字に難航しているのだろうか。いや、言語の壁は整体安定剤でないもののはず。

 国語の教科書を凝視ししていたアリスンが突如立ち上がった。

「・・・アリスン?」

 硬直していたのも束の間、アリスンの首が小太郎へと向けられた。

「・・・たった今、一瞬だがレーダーにエルトリア軍の識別コードの反応があった!救援が来たのかもしれん!」

「本当か!」

「・・・しかし、電波障害か何なのか、上手く繋がらん。恐らくこの宙域に来ているのは確かなようだが・・・」

 救援が来た。

 それが本当なら、アリスンが元の星に帰る事を意味する。

「・・・来た!繋がった!」

 アリスンの表情が緊迫したものに変わる。

「こちら、アリスン・アルベール。そちらの階級と所属を」

 ようやく現れた救援だ。気が引き締まるのも分かる。

「・・・君か!助かった!・・・わかった、今から合流地点の座標を転送する。・・・では、後程会おう」

 通信の相手は、やはりアリスンの仲間だったようだ。その表情が全てを物語っている。

「そういう訳だ、コタロー。一宿一飯どころではない恩、そしてキミの優しさ、私は決して忘れない」

 別れは突然だった。

 小太郎とアリスンは見つめ合う。その時間は僅か数秒ではあったが、永遠とも思える長い時間の様に感じた。

 一週間のアリスンとの思い出が、走馬灯の様に小太郎の頭の中を駆け巡る。

「さよならだ」

 アリスンは窓枠に足を掛け、後を振り向かずに夜の空へと飛び立った。

 小太郎は慌てて上着を引っ掛けると、階段を駆け下りる。

「お兄ちゃん!うるさいっ!」

 リビングを横切る所で、お玉を持ち夕食準備中のみちるの知ったが飛んできた。

「・・・どこ行くの?」

 兄の慌てぶりが気になったのか、玄関まで顔を覗かせた。

「散歩です!」

 それだけ言うと、小太郎は玄関の扉を開け放ち、自転車に飛び乗った。

「散歩って・・・、自転車で?」


 上空を、アリスンは屋根を伝いながら駆けてゆく。その姿が闇夜にまばらに明滅する。恐らくステルスを併用しているのだろう。その姿は完全に消えては居ない。

 だから小太郎も追う事が出来た。

 アリスンの向かう先は途中から想像がついた。そこは初めて小太郎とアリスンが出会った公園だったからだ。そこを仲間との合流場所に指定したのだろう。

 アリスンはロボットと激闘を繰り広げた広場中央へと移動。小太郎も息を切らせつつ、その後を追う。

 アリスンはそんな小太郎に気がついて、何故ここに、という表情を見せた。

「・・・最後まで、見送らせてくれ」

 息を整えながら、言った。

「・・・キミの心遣いに感謝する」

 優しい笑みと、小太郎の視線が交差する。

 何となく、気恥ずかしく、小太郎は目をそらす。

「来る」

 上空を見上げたアリスンが、小さく呟いた。

 空にはあの日と同じ無数の星。目を奪う程の煌めく輝き。

 その星の海を、すっ、と一筋が走る。

 普通に考えれば流れ星だと想像するが、それは違った。

 一筋の線がかくん、と方向を変え、地表に近づいてくる。

 やがて視認出来るほどの大きさになった光球が意志を持ったように曲りくねり、僅か天井程の高さに。

 その中に見えるのは、人型の影。

青白い光が弾けると、その姿があらわになった。

 アリスンの仲間なのだろう。クインテッドと同様の格好に身を包み、所々を申し訳程度に覆うパーツも似ている。  

 クインテッドと違う部分を上げるのなら、背中に奇妙な機械を乗せている。

 バックパックとでも言うのか。球状のパーツが飛び出している。

 年はアリスンと同じくらいか。

 金髪を両サイドで縛る、ツインテールと言うのか。ふたつの尻尾が風になびく。

「アリスンっ!」

 金髪のツインテール少女の爪先が地面に音もなく触れた瞬間、ぱあっと笑顔の花を咲かせ、アリスンの元へと駆け出した。

「アリスーーンっ!」

 金髪少女はアリスンへと抱き着くと、再会を喜ぶように、ほっぺたをグリグリとクインテッドへと押し付けた。

「・・・伍長、苦しいぞ。離れてくれないか」

 そう言いながらも、アリスンの表情は柔らかい。やはり仲間と会えたのは嬉しいのだろう。

「他人行儀ね!いつも通り名前で呼んでよ!」

 何か姉妹みたいな雰囲気だ。アリスンが姉で、妹をあやす様な。

「あ、ああ。助かったよ、オペラ伍長」

 オペラと呼ばれた少女は、本当に嬉しそうにアリスンとの再会を喜んだ。

「・・・救援に来てくれたのは君だけか?」

 アリスンが周囲を見渡しながら、聞く。

「アマゾネス級が後から来るわ。私、居ても立っても居られないから、先行して来ちゃった」

「・・・それは本当か。皆には迷惑を掛ける」

「あ、そうそうコレコレ」

 オペラは手のひらを差し出すと、サイコロ大の立方体が2、3個、地面に転がった。アリスンと出会った日、巨大ロボットを手の中に納めた様に、オペラは逆に手から立方体を排出した。

「携帯用のエネルギーキューブ、補修用リペアフィルム。デバイスのスペアも持ってきたよ」

 オペラの説明と共に地面に転がった立方体を拾い上げると、それをアリスンへと手渡した。

 立方体は、数学の立体展開図の様に外壁が開き、中に何かを納めている。

「アリスン、背中向けて」

 鮮やかな緑色。それはどこかアリスンの携帯食料にも見えた。

 エネルギーキューブとやらをクインテッドのまま口の中に放り込みながら、アリスンは言われた通り、背を向ける。

 オペラが別の立方体を排出し、機械が出現。それはオペラの背中にくっついているものと同じだ。半球体状が、機械に埋まっている。

「スフィアドライブの接続を確認。・・・ありがとう、助かる。正直、クインテッドの調子も万全ではない」

「安心して!いざとなったら担いででも帰るから!」

 オペラは自分の胸をドンと叩き、陽気に笑った。・・・本当に彼女も軍人なのだろうか。

 アリスンとは違い、随分と明るい性格らしい。だけど、仲間を思う気持ちは確かなようだ。

「・・・ところで」

 オペラはさっきまでアリスンに向けていた笑顔がウソのように顔をしかめ、不機嫌なものへと変化させる。

「・・誰?コイツ」

 小太郎を親指で指し、アリスンに聞いた。

「ああ。彼の名はコタロー。訳あって彼の助けを借りていた。彼が居なければこうやってオペラと再会できていなかったかも知れん」

 オペラは値踏みするように小太郎の全身を、爪先から頭のてっぺんを往復する。

「原住民、よね。大して驚かないって事は、あたし達の事も知っているみたいだけど」

 全部に慣れた訳じゃなく、まだまだ驚きの連続だけど。

「ああ。助けてもらう身で何も説明しないのは無礼にあたる。身分くらいは明かす事にした」

 オペラは明らかに不機嫌顔で腕を組み、小太郎を睨んでいる。

「アリスンは軍属としての自覚が足りないようね。例え命を救われても、あたし達は機密主義が基本よ。あらゆる情報も一言たりとも漏らす事は許されないの」

 ・・・何だか雲行きが怪しくなってきた。

「デバイスでの記憶消去も施していないようだし」

 穏やかではない単語が聞こえた気がする。

「コタローは、我々の存在を口外しないと約束してくれた。記憶操作は不要と判断した」

「それを簡単に信じるの?今まで教えられてきた教義よりも、昨日今日会った人間を?」

 つい数分前までは、アリスンとの再会であんなに喜んでいたのに。オペラの表情は、笑顔から反転、厳しい視線をアリスンへと差し向けている。

 確かに、アリスン達の所持しているフィギュアムを含む技術は、他の人間の目に触れさせるべきではないものだ。それをこの短い期間でも理解できる。

 そういう意味ではオペラの言う事は正しいのだろう。

「地球人が卑しくて、知性の欠片も無い愚かな存在だって事は、アリスンも知っていたはずよ。そんな奴にあたし達の情報を流してしまうなんて、あなたは軍人失格よ」

 アリスンとオペラの間に不穏な空気が流れ始める。簡単に割って入るような雰囲気ではない。

「それは間違った情報だ。地球人はエルトリアに伝わっている様な存在ではない」

 アリスンの目は真剣そのものだ。小太郎達、地球人への考え方を改めてくれたのだ。

「・・・どうやら、地球に降りてここの空気にほだされだようね。さあ、今すぐにでも帰るわよ。エルトリアに戻ればそんな考えも吹き飛ぶわ」

 オペラはアリスンの手を取る。

「こんな穢らわしくて、淀んだ場所、一分一秒でも居たくない!」

 アリスンの手首を掴むその力の入りようから、オペラの心情が見とれる。

 しかし、アリスンはオペラの手を振り払った。

「待ってくれオペラ。訂正してくれ。その情報は間違っている」

「どうしちゃったのよアリスン!アリスンが一番信じていたじゃない!地球が関わるに値しない星だって!」

「この星の空気と、コタローという地球人に出会い、少なからずこの世界に触れて考えを改めたのだ」

 オペラはアリスンの言葉を渋面で聞いている。

「・・・じゃあ、地球人全員が「そう」だって言うの?ううん、決してそんな事はありえないわ。凝りもせず争いばかり繰り返し、自分の事だけしか考えず、人間同士で傷つけ合う。これが愚かでないのなら、なんて言うのよ!」

「それは極端な考え方だ。争いなら我々の星系でも起きている。だからこそ我々の様な存在がいる」

「だからって、この星の腐りようは度を超えているわ!いくら外見が良くてもね!だから地球圏はいつまでたっても成長しない生命体で溢れかえっているんだわ!」

「私も地球の全てを理解している訳では無い。しかし、今の言葉はただの暴言だ。コタローに謝罪してくれ」

 オペラの無機質な視線が小太郎へと向けられる。

「・・・それは上官命令ですか」

「必要ならそうするつもりだ。願わくば、素直に頭を下げてくれるのを望んでいるがな」

 オペラの涙の滲んだ目が鋭い眼差しと共にアリスンに向けられる。

「あたしはアリスンの事が心配で飛んできたのに・・・!そんな言い方!」

 もはや、オペラの周囲には、何の言葉も意味をなさない、何者をも弾き出す空気で満ちている。

「地球人なんて、所詮ゴミみたいなものじゃない!居ても居なくても変わらない」

 そこまで言った瞬間、バチンっ!と乾いた音が夜の公園に響き渡った。

「いくら君でも、今の言葉を聞き逃す訳にはいかない。コタローに謝罪するんだ」

 オペラへと平手打ちをしたアリスンの表情は真剣そのもの。

 静かな、怒気を孕んだ顔。初めて見るアリスンの表情。

 一方オペラは、まるで何が起きたのか分からない顔で叩かれた頬を手で押さえる。

「・・・ひどいよ。叩くなんて」

 オペラは身体を震わせながら、数歩後へと後ずさる。涙をためた瞳をギュッと閉じ、

「アリスンの、バカあっ!」

 そう叫ぶと、オペラの全身が青白い光に包まれ、夜の空へと猛スピードで飛び立ってしまった。眩い閃光を纏った光球は、瞬く間に空の彼方へと消えていった。

 辺りには夜の静寂が戻る。先程までの喧騒がウソのように。

 ヒヤリとした春の風が小太郎の髪を柔らかく撫でた。それも、今は心地よくはない。

「すまない。私の部下がキミに無礼を」

 アリスンが神妙な顔で頭を下げた。

「いや。俺、お邪魔だったみたいだな」

 小太郎が来なければ、アリスンは今頃エルトリアに向かって地球を立っていた所だろう。余計なトラブルを起こしてしまった事を小太郎は悔やむ。

「そんな事は無い!」

 小太郎の言葉を否定する様に、アリスンは語気を高めて言う。

「旅立ちの日に見送る行為は、親愛の証だ。・・・私は嬉しかったのだ」

 仄かに朱に染まるアリスンの頬。

 涼しい空気にむず痒いものが混じる。

「俺は別に良いんだけど・・・。それより大丈夫か?あの子」

 小太郎はその空気に気恥ずかしさを感じ、それを誤魔化す様にオペラが飛んでいった方角に視線を向けた。

「方向から見て、地球を出たようではないだろう」

小太郎に習い、アリスンも空へと目をやる。

 それよりもアリスンが言っていた、オペラの、地球に対しての嫌悪と言うものが確実に感じられた事だ。

「・・・あの子、俺達、地球の事が嫌いなんだな」

 そういう思想が根付いているとは聞いていたが、実際に目の当たりにすると、ショックだ。

「我々の地球に対する軽視は大多数の人間が持っているのが当たり前だ。彼女はそれが色濃く出ている。・・・悪い人間では無いのだが」

 敵意にも似た、見えない壁。

「でも、何もひっぱたく事は無かったと思う」

 小太郎の指摘に、アリスンは反省する様に軽く目頭を押さえた

「さっきは頭がカッとなって・・・。自分でも軽率で恥ずべき行為だと自覚している」

 アリスン自身も数秒前の行動を悔いるように、オペラをはたいた右手に視線を落としている。

「あの子はアリスンを心配して来てくれたんだろ?あんな言い方はさすがに可哀想だよ」

 小太郎の言葉に、アリスンは考える様に俯き、

「・・・そう、だな。キミの言う通りだ。謝るのは私の方、か」

「アリスンも最初はそうだったんだろ?」

 オペラは地球に降りてきたばかりなのだ。地球人にいい思いを抱いていないのは当たり前だ。それをたった数秒数分で理解しろという方が難しい。

 アリスンは決意を込めた様に頷いた。そこにさっきまでの険しさは無い。

 アリスンはクインテッドから降下すると、オペラが持ってきた道具を選び、自身のリングと交換する。デバイスの調子も悪いとか言っていたからな。新しい物に交換したのだろう。

「オペラの周到さは頭が下がる」

 新しいデバイスの調子を確かめるように、アリスンは右手首をさする。

「・・・さて」

 アリスンが意を決したようにわざとらしく咳払い。

「なんだ、その。今更かしこまる事でも無いのだがな。改めると気恥ずかしいものを感じるな」

 ・・・一体アリスンは何の事を言っているのだろう。

「デバイスの不調のため、今まで本来の姿を見せる事が叶わなかったが」

 躊躇いながら、アリスンが腕のデバイスを操作する。

 瞬間。

 アリスンの全身が淡い光で包まれ、人形サイズだった輪郭がみるみる内に膨らんでいき、やがては人間と同サイズにまでに大きくなる。

 目が光に慣れてきた所で、瞼を開く。

 そこには、小太郎と同じくらいの慎重の女の子が立っていた。

「・・・アリスン?」

 小太郎の問いかけに、目の前の少女はニコリと笑みを浮かべた。

 薄桃色のストレートヘア。 幼さの中に垣間見える凛々しさは、確かにアリスンだ。人形サイズのアリスンが、そのまま大きくなったようだ。

 しかし、放つ存在感は小さい時とは明らかに違う。クインテッドとも違う。ちゃんと命を宿した人間が、そこに居た。

 ぐらり。

 突如、アリスンの身体が揺らめく。

「アリスンっ!?」

 倒れそうになるアリスンを、小太郎が受け止めた。

 クインテッドの超重量などではない、ちゃんと相応の柔らかさが小太郎の腕の中に収まる。

 ・・・いや、今はアリスンの身体の感触を確かめている場合ではない。

「・・・長い時間コア化していたため、想定以上に身体に負担を掛けていたようだ」

 辛そうに息を吐き、その額には汗がうっすらと滲んでいる。

「・・・私の腰のポーチに、小さなケースがあるはずだ。それを取ってくれないか」

 言われて見てみると、アリスンの腰のベルトに結ばれた服と同色のポーチが。

 アリスンを抱き寄せたまま、小太郎はポーチをまさぐる。・・・この場を誰かに見られたら、えらい誤解を招きそうだ。

 やがて、硬い質感を引っ張り出す。

 携帯食料の詰まった半透明のケースだ。

 アリスンにケースを手渡すと、その中から一粒をつまみ、それを口に含む。

「・・・心配するな。ただの疲労だ。栄養剤を服用したので、直に治る」

 アリスンの身体が小太郎から離れる。顔の赤みはまだ引かない。コア化の身体に掛ける負担はそれほどまでに強いのだろう。

「・・・その、何だ。私は今まで、こういう経験が皆無でな。異性に身体を密接させたことが無くてだな」

 耳に掛かる桃色の髪を弄りながら、アリスンは小太郎を見ようとしない。

「あ、ありがとう」

 目を逸らせながら言うアリスンの顔はこの上なく赤く染まり、今までに見たことのない様相だった。

 不覚にも、小太郎はアリスンのその姿を可愛いと思ってしまった。

 アリスンも、ひとりの女の子だったのだ。

 ・・・何とも言えない空気が辺りに流れる。誰かが茶化してくれれば良いものの、そんな第三者はこの場には存在しない。

 ぽん、とアリスンのデバイスが軽く振動し、何かの反応を受け止めた。

 デバイスの盤面にアリスンはまだ赤い頬のまま視線を落とすが、すぐさまその表情を変化させる。

 鋭い眼光と共に柳眉を釣り上げ、空へと視線の行き先を変えた。

「・・・アリスン?」

 小太郎もアリスンの変貌に戸惑いを覚える。

 アリスンは再びデバイスを見る。

「・・・バカな。この反応・・・!」

 戦慄すらその顔に貼り付け、掠れた声でアリスンは呟いた。

 アリスン、ともう一度呼んでも、小太郎の声が聞こえていないのか、デバイスから視線を離そうとしない。

「コタロー、キミは今すぐに家へ帰るんだ。こんな別れ方ですまないが」

 アリスンはデバイスを操作。アリスンの全身が発光し、次の瞬間にはその姿が収縮する。

 コア化。フィギュアムに搭乗するための形態。

「いいか。妹君も、家族も帰っているのなら、家から一歩も出すな」

 ・・・何なんだ。アリスンのこの変化は。まるで何かに焦っているような。

 アリスンがクインテッドに搭乗。

「スフィアドライブ、起動」

 クインテッドの背中に接続された機械。埋め込まれた半球がせり出し、完全に独立した真球がクインテッドの背に付かず離れず張り付く様に浮遊する。

「ち、ちょっと待ってアリスン!一体何だってんだよ!説明してくれよ!」

 あまりにも唐突。引き止める小太郎の声に、アリスンは僅かな逡巡の後、重々しく首を向けた。

「・・・『ヴィードル』」

「・・・え?」

 それは、いつものアリスンから聞き伝えられる聞き馴染みのない単語のひとつに過ぎないと思っていた。

「簡潔に言おう。この宇宙の回遊する、バケモノの総称だ」

・・・バケモノ?あまりにも荒唐無稽だ。だが、アリスンの緊迫がそれを冗談ではない事を告げている。

「ヒトを喰らい、文明を蹂躙し生きる怪物。その生息域はヴェノゼリスを越える事はないはずだが・・・。何故地球圏まで・・・」

 ヴィードルなる存在もそうだが、もうひとつ気にかかる事がある。

「オペラはどうするんだよ」

 アリスンとケンカ別れしたままだ。

「・・・ヴィードルの出現を感知したとあれば、それはあらゆる事象よりも優先される」

 部下の捜索よりも、か。それほどまでに強大な存在なのか、そのヴィードルとやらは。

「ただ、彼女の協力は必要不可欠だが、先程のいさかいの所為か、通信をカットしている。私はヴィードルの対処に当たらなければならない」

「・・・分かった。じゃあ、オペラは俺が探す」

「コタロー・・・?」

 驚きの表情を浮かべるアリスン。

「言っただろ?出来る事があれば協力するって」

「・・・しかし、ここからはもうすでに我々の領域だ。これ以上私と関わる事は、キミに危険が及ぶ可能性がある」

 アリスンはそう言うが、小太郎の意志は、固い。単純に、微力でもアリスンの力になりたいのだ。

「・・・分かった。正直、機体の整備が万全ではない中、オペラとの合流が必要だ。キミの申し出を受けよう」

 アリスンが立方体を出現させ、展開した中からある意味見慣れた物体が現れる。それはアリスンがしている物と同型のデバイスだった。

 アリスンが小太郎の右腕を取り、デバイスを通す。感覚的には腕時計と全く変わらない。

 その行為に小太郎が戸惑っていると、

「キミにこのデバイスを貸与する。レーダーを備え、オペラの位置も探知出来る」

「おおっ」

 デバイスの盤面から、空中に映像が投射される。まるでSF映画みたいだ。

「この赤い点が現在位置。キミのデバイスの反応だ。隣接する青い反応は私。そして」

 アリスンの指先が盤面に触れると、映像の中の縮尺率も変化する。

 アリスンと小太郎の反応より離れた地点にもうひとつ、青い反応が出現した。

「ここが、オペラの反応だ。私はまだかの地域に疎い。キミならば分かるだろうか」

 空中に映された地図の制度は正確で、小太郎がいる地点から考えると、オペラが居ると思われる場所には覚えがある。

 そこは、小太郎が毎日通っている場所だ。

「反応が動いている様子が無い。心配だな」

 オペラの反応と思われる青い点滅。確かにそのポイントはピクリともしない。

 アリスンは小太郎の腕を取ると、デバイスを操作した。

「信頼していない訳ではないのだが、機能を制限させてもらった。気を悪くしないでもらいたい。単純に、不必要な機能が働くのを防ぐ為でもある」

 当然だろう。貸与の目的はオペラの捜索のためだ。

「念の為、空間跳躍はどんな事があっても選択するな」

「空間跳躍?」

「座標軸さえ分かっていれば、距離を無視して移動出来る機能だ。本来はフィギュアムに搭乗時にしか発動しないが、この地球において不具合の可能性もある為、私は使用しなかった」

 確かに、それが出来たら、アリスンはとっくにエルトリアに帰っているだろう。

「・・・分かった。オペラは俺に任せてくれ」

 アリスンから地図を展開する操作だけを教わり、小太郎は頷いた。

 アリスンのスフィアドライブが鳴動する。埋め込まれた球体が浮き出し、無機質な真球が命を宿したように振動する。

 クインテッドの足先が地面から浮き、上昇する。飛行機やヘリコプターの様に風を巻き起こす事もなく。

「健闘を」

 敬礼を小太郎に残したクインテッドは、凄まじいスピードで空の彼方へ飛び立っていった。

 アリスンの消えた方角を見つめながら、小太郎は右腕を見る。

「・・・よし!」

 他星の人間に渡すべきではないのに、デバイスを預けてくれたアリスンの気持ちに応えたい。

 自転車置き場に駆け出しながら、小太郎はデバイスの地図を出現させ、確認。

 向かうべき場所は、小太郎の通う清晴高校だ。


 校門は格子で塞がれており、校内に入る事は出来ない。だが、校舎は所々光が灯っており、残っている先生が何人か居るのだろう。

 小太郎のデバイスに明滅する青い光は学校を示しており、自分の反応とほぼほぼ重なっている。

「・・・よっ、と」

 自転車を人目につかない場所に隠し、格子を乗り越え、夜の学校へと侵入する。仮にも生徒会の人間がする行為ではない。

 すすす、と身を隠す様にかがみながら早足。玄関まで来ると、扉は運良く空いていたが、靴を履き替える時間ももったいない。土足のまま上がることにする。

 滑り込む様に覗き込んだ夜の校舎は、恐ろしいくらいに無音で、昼間の喧騒がウソの様だ。

 反応を頼りに階段を上がる。目的の場所は、上の階層だ。

 人気が無いとは言え、残っている人間と鉢合わせ無いように気配を殺し、慎重に足を運ぶ。

 そこは、屋上への扉だった。

 音を立てないように、ドアノブに手を掛け、肩で押し開けた。

 夜の屋上は静寂の中にも風が吹き、息の詰まる空気を一変させてくれる。

 屋上の先。

 柵に寄り掛かるように、ひとりの女の子が黄昏れていた。その視線は上空を見つめ、どんな表情をしているのかは分からない。

 ふたつに結った金髪の尻尾が夜風に揺れる。

「・・・!」

 オペラが小太郎の存在に気が付く。

「アンタ・・・!あの時の!」

 明らかな敵意をその顔に貼り付け、表情を曇らせる。

「・・・それ!」

 オペラは小太郎の右腕のデバイスに気が付いた。つかつかと早足で近寄り、小太郎の右手を掴むと、いとも簡単に捻り上げる。

「これ!どうしてアンタがデバイスを持ってるのよ!」

「いででででっ!」

 か細く見えても、やはりオペラはフィギュアムだ。そのパワーは尋常ではなく、気を抜くと腕が千切れそうだ。

「か、借りたんだ!君を探す為に、アリスンが貸してくれたんだ!」

「アリスンが?ウソよ。アリスンがそんな事、する訳無い!」

 だが、実際デバイスは小太郎の元にある訳で。

 オペラは小さく舌打ちを放ち、小太郎の腕を解放する。

 小太郎は捻り上げられた腕を愛おしそうに擦る。

「・・・どうやってアリスンに懐柔したのよ。脅迫でもしたの?流石は地球人だわ」

 皮肉を込めたその視線は全てを寸断する剣の様だ。

「脅迫って、そんな事はしてないよ」

 アリスンは自分の目と肌でこの星を見て、触れた。自分達に教え伝えられていた情報が、少なくともその通りではない事を知ったのだ。

 完全に違うとは言い切れないけど、友好的な感情になってくれたのは、小太郎は素直に嬉しい。

「どうだか。地球人の外道ぶりは目を見張るものがあるわ。こんな人種にならないようにってね!」

 確かに互いを傷つけ合い、騙し合い、今この瞬間も誰かの幸せが打ち砕かれているかも知れない。

 宇宙のどこかに善悪を判断する存在がいるのなら、滅ぼされてもおかしくはない。それほどまでに混沌とした、歪んだ時代だ。

 でも、そんな地球に、そこに住む人間をアリスンは信じて歩み寄ってくれたんだ。

「な、何よっ!」

 頭を下げた小太郎に、オペラは面食らい、狼狽える。

「俺達、地球人の事を嫌ってくれるのはいい。すぐに判れとも言わない。けど」

 小太郎は息を吸い、吐く。

「俺達を理解してくれたアリスンの事は、信じてあげてくれないか」

 それだけは曲げられない想いだ。

 見知らぬ星に不時着し、故郷では悪名高い存在と伝えられている場所で過ごす羽目になったアリスンの気持ちは、小太郎には計り知れない不安で一杯だったかも知れない。

 自分がもしその立場だったら、と考える時がある。その時、自分は果たしてアリスンの様に冷静でいられるだろうか。

 少なくとも、小太郎はそんな世界でアリスンと出会えたから。

 オペラはゆっくりと、右人差し指と中指を拳銃の様に形作り、その先端を小太郎の額に突きつける。

「このまま記憶を消せば、アタシ達と関わったのはアンタだけ。これから何かの拍子にアタシ達の存在が明るみに出れば、真っ先に疑われるのは、アンタ。その時、アタシ達に何も文句は言えないけど、どうする?」

 その指先がどういう原理で記憶に作用するのは分からない、けど。

「・・・その時はアリスンに裁いてもらうよ」

 小太郎が約束した相手はアリスンだからだ。

「何で、こんな奴にアリスンは・・・」

 ぽつり、とオペラは言葉を漏らし、指先を下げた。

 突如、オペラの髪の色が変化し、その動きを止める。たまに忘れかけるけど、目の前の少女も、その外見はフィギュアムなのだ。

 アリスン同様、人形サイズの少女がぴょこんと現れる。

 デバイスを操作してコア化を解く。

 フィギュアムの姿同様、金髪が眩しい美少女がそこに現れた。

「・・・殴らせなさい」

「へ?」

 奇妙な提案に、小太郎が返事をするよりも早く。

 ばちぃんっ!と小気味良い弾ける音が夜の屋上に響き渡った。

 何が起きたのか理解が出来ず、小太郎は涙目だ。

「ムカつくのよっ!アンタみたいな辺境の人間が何でアリスンの心を簡単に変えられるのよ!」

 多分、簡単には変わってない。小太郎はそう思う。

 誰しも信じていた物の形を変えるのは勇気と覚悟がいる。その先に待っているのは必ずしも正しい結果だけでは無いだろうから。

「・・・本当は、分かってた。アリスンはいつも正しい事しかしない人だったから」

 多少、ほんの少し、わずかながらにオペラの表情が和らいだのは気のせいだろうか。

「もの凄く不本意だけど、信じてあげる」

 納得のいかないオペラに、小太郎は苦笑。

「アンタ、名前は」

「坂井、小太郎」

「・・・オペラ・クリストフ」

 小太郎が名乗ると、オペラもそれに習い、返すが、すぐさま眉を逆立て、

「勘違いしないでよ!信じるのはアンタじゃないから!」

 激しい息を吐き、指先を突きつける。

「・・・で、アンタがアタシを迎えに来たって?ご心配なく。アンタに連れられなくても、アタシは勝手に帰るから」

 言いながら、オペラが手のひらを小太郎に差し向ける。

 小太郎は頭に疑問符を浮かべながらも、その手に自分の手を乗せ、握る。  

 すると、間髪入れずに烈火に顔を染めたオペラの怒号が飛ぶ。

「何気安く手ぇ握ってんのよ!」

・・・友好の証かと思った。

「デバイスを返せって言ってんの!エルトリアの機械がアタシ達以外の目に触れるなんて、本来ならあり得ない事なんだから!」

 小太郎も当たり前になってる自分がいる。オペラの怒りももっともだ。

「これは君の居場所を追う為に借りた物で、その他の機能は停止させたって」

「当然よ!これはアンタ達地球人には手に余るシロモノなんだから!」

 だったら、ちゃんと言ってほしい。

「・・・ったく。アンタじゃなくて、アリスンに迎えに来て欲しかったのに。・・・アリスン、怒ってた?」

「いや、君に手を上げた事を悔いていたよ」

 軽率な行動だとちゃんと本人は分かっていた。

 小太郎の言葉に、オペラは「ふ、ふ〜ん」とまんざらではない様子。あんな喧嘩をしても、ふたりは友達なんだな。

「で、アリスンは何処にいるの?さっきの場所にまだ居る?」

「そうだ。ヴィードルとかいう化け物が出たから、アリスンは飛んでいったんだ」

 デバイスを外そうとしながら、小太郎は答える。・・・なんだこれ、どうやって外すんだ?

 オペラは数秒程無言になり、目をパチクリとさせる。

「・・・もしかして、ヴィードルの事を言っているの?バカ言いなさいよ。地球圏に奴らが出現した記録は今までに一度も確認されていないわ」

 言いながら、オペラは自分のデバイスを操作。盤面の反応を見て、彼女の顔に戦慄が貼り付く。

「何で!そんなはず・・・!」

 チッ、とオペラは忌々しそうに表情を歪める。

「アンタ!大事な事はさっさと早く言いなさいよ、バカ!この為に来たんでしょうが!」

 また殴られんばかりに詰め寄られ、小太郎は怯む。

「何でこんな辺境の地に・・・!?」

 反応が本物を示す事に、オペラは不可解さを隠せない。そして、小太郎へと指先を突き付け、

「いい?アンタはとっとと家に帰りなさい!・・・忠告したからね!」

 アリスンと同じ感情でオペラが吠える。それほどに危険な存在なのだろうか。

 オペラの身体がコア化し、機体に乗り込む。フィギュアムのスフィアドライブの球体が飛び出し、鳴動。オペラの両足が屋上から離れる。

「ち、ちょっと待って!これ!デバイスはどうするんだよ!」

 腕に収まったままの機械をかざし、もうすでに頭上よりも高い位置で浮遊するオペラへ向かって小太郎が叫ぶ。

「今そんな事に構っている暇はないわ!後で回収しにくるから!無くしたりしたらぶっ飛ばすわよ!」

 デバイスを取り戻すよりも優先されるべき事なのだろうか。それを裏付ける様に、オペラの表情はどこか焦りが見える。

「ここでぼさっとしている時間は無さそうね・・・!ボックスパッケージ、オフ!」

 オペラが叫ぶと、手のひらからサイコロ状の立方体が排出され、空中で外装が展開。中にはペットボトル状の物体が。

「バニシングテリトリーを展開!範囲はここより中心に10キロ!」

 間もなく、まさしくペットボトルロケットの様に、出現した物体が凄まじい勢いで飛んでいった。

「言っておくけど、付いてきたりなんてしないでよ!結界を貼ると、アタシ達の姿は肉眼では視認出来なくなるから!」

 びしり、と指を突き付けながら、オペラが忠告。

 金髪の尾をなびかせながら、オペラも上空へと飛び立っていった。

 屋上にひとり残される小太郎。去って行った空を見上げる。

「・・・何だ?この嫌な感じ」

 小太郎の胸の中を侵食する様に蠢く感覚。細胞のひとつひとつを絡め取らる様な。

 それはただ、アリスン達の言うヴィードルに対する不安の感情か。

 小太郎は右腕を掴む。アリスンから預かったデバイスを。

 胸の中のざわめきを振り払う様に、小太郎は駆け出した。

 オペラにはああ言われたけど。何もできないけど。

 このままじっとしているなんて、出来なかった。

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