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4・異星の同居人のいる風景

「・・・それじゃあ、狭い部屋だけど」

 そう言って、小太郎はアリスンを部屋へと促した。

「って言っても、一度来たことあるから知っていると思うけど」

 アリスンは窓枠に足を掛け、外から室内へと侵入。1階から上げるにはリスクが伴う事からの判断だ。

 もうすでにみちるは帰宅していて、おあつらえ向きにリビングでお茶とお菓子を嗜みながらファッション雑誌に視線を落とし、ソファにてくつろいでいた。

 リビングを横切るには、目ざといみちるはすぐ気が付くだろう。

 何よりアリスンの存在は秘密裏にしておくのが前提で、という約束でもある。

 ここまでの道のりはアリスンが屋根の上を渡る事で乗り切った。逆に目立ちそうなものだが、通行人は意外と気が付かないもので、さしたるトラブルも無く、家にたどり着いた。

 アリスンを2階から招き入れる事にして、小太郎はいつも通り玄関から帰宅。リビングの妹への挨拶もそこそこに、小太郎は冷静を装いつつ、早足で階段を駆け上った。

「・・・下の階にいたのはキミの家族だろうか?」

 小太郎とみちるの会話が聞こえていたのか、アリスンがそう聞いてくる。

「ああ、妹だ。みちるって言うんだ」

 小太郎がその辺に座って、と促し、アリスンはそれに習い、ベッドへと腰を下ろした。

「紹介したいところだけど、それが出来ないのが歯がゆいな」

 アリスンの存在は内密に、となっている以上、身内とは言え教えるわけにはいかないだろう。そこからでも綻びが発生しかねないからだ。

 おしゃべり好きのみちるの口の堅さに信頼が置けないのも理由のひとつだ。

「まず、キミに謝罪させてくれ」

 机の椅子に小太郎が座ったのを見計らい、アリスンがそんな言葉を口にした。

「えっ?いきなり何だよ」

 何についての謝罪かと、小太郎はアリスンが頭を下げるのに戸惑う。

「・・・我々エルトリアの人間は、低文明の、ことさらヴェノゼリス星系外の生命体を軽んじる傾向がある。この宇宙でもトップレベルの技術力を持つ文化がそうさせているのだろう。自分の星が宇宙の頂点だと思い違いをしているのかも知れない」

 アリスンは重く、沈んだ口調で淡々と語る。

「もっとも、私自身も幼い頃からその思想を刷り込まれ、今まで過ごしてきた。外宇宙の人間は、我々よりも知能で劣り、自分の事しか考えない愚かな存在だと」

「・・・耳が痛いね」

 アリスンの星では、地球人の存在は低レベルだと言われているのと同義だからだ。ただ、今の地球の状況を考えるとそい言われても仕方がないくらいに混沌としているのは確かだ。

 平和に見えてそうではない場所もある。今この瞬間にも、世界の何処かで何かが起きているのは確かなのだから。

「あ、いや。すまない。そんなつもりで言ったのではないのだ」

 アリスンは慌てたように手を振り、

「先程にも言ったが、今日一日キミ及び、地球人の様子を伺わせてもらった。その結果、キミ達地球人が、我々のデータ通りの存在ではないと改めてさせられた。地球人も我々と同じなのだな。笑いもすれば、怒りもする。住んでいる星が違うだけの差でしかない」

 だが、アリスンは少し表情を曇らせる。

「・・・だが、あの女の気配察知能力は地球人のそれを遥かに超えているように思える。あれには私も驚いたぞ」

 生徒会室で明日香が足を止めた理由は、アリスンの存在に気がついたからなのだろうか。

 確かに明日香は背中にも目がついているのではと思うくらいに隙がない。      

 様々な武術、武道で磨かれた賜物だからか。

「我々は考えを改める必要がある。エルトリアに帰還したら地球人についてのデータを書き換えるべきだと上層部に進言するつもりでいる」

 その言葉に小太郎はほっとした。宇宙人にだろうと、よく思われたほうが良いに決まっている。

 アリスンはじっと床を見つめ、何やら思案している。そして、意を決したように顔を上げた。

「キミは言わば命の恩人だ。私の存在を匿ってくれるだけにとどまらず、休む場所まで提供してくれるのだから」

「大袈裟だよ。困った時はお互い様だ」

 小太郎は軽く答えるも、アリスンはかしこまったままだ。

「・・・そんな恩人に、このままの姿で無礼に当たるな」

 アリスンは立ち上がり、腕のリング状のパーツを起動させる。

 制服が消失し、本来の水着の様な衣服へと戻る。

 何を?と小太郎が思うよりも早く、バシュッ、と圧力鍋の気圧を抜いた時のような音が鳴る。

「うわああああっ!?」

 小太郎は大絶叫を吐き出しつつ、大きくのけぞった。

 その光景を目の前に、小太郎は今まで一番の驚きに身を固まらせていた。

 俺は夢を見ているのか?立ち上がろうにも、腰が抜けてそれを許さない。

 と、遠く階段を駆ける音が廊下へとちかづいて、

「どうしたのっ!?お兄ちゃん!?」

 兄の絶叫を聞きつけ、みちるが小太郎の部屋へと飛び込み、何事かと視線を差し向けた。

 だが、床に転がる兄を見て、みちるの表情が怪訝なものになる。

「・・・大丈夫?お兄ちゃん」

 小太郎はベッドの上の毛布を床まで引っ張りつつフローリングに身を投げ出している。

 額には脂汗。息の荒い小太郎の姿は不自然極まりない。

「い、いや。窓から虫的なものが飛んできて、思わずズッコケてしまったんだ!追い出したからもう安心だ心配するなごめんよ大声を出してもうおやすみマイシスター!」

 早口でまくしたてる兄にみちるは不審な目を向ける。

「・・・まだ寝るような時間じゃないけど」

 みちるはぽつりと呟いて、不可解な表情を浮かべながらも部屋を出ていってくれた。

 それよりも。

「・・・あぶねえ。早速見つかっちまうところだった」

 額から吹き出た汗を服の袖で拭いつつ、小太郎は深い安堵のため息を吐いた。

 小太郎が床に倒れ込むのと同時に引き剝いだ毛布がもぞもぞと波打ち、その中を何が移動する。

 そして、毛布を除けるように、中から小さな人影が現れた。

 それは、アリスンのようでアリスンではない。いや、アリスンではないが、アリスンに似ている何かか。

 ・・・頭が混乱している。

 小さい、とは幼いという意味ではなく、文字通り『小さい』のだ。

 小太郎は自分の目がおかしくなってしまったのかと錯覚した。

 全長は20センチ程。

 淡く、薄桃色のストレートヘア。きりりと凛々しくも整った柳眉。それはアリスンそのものの姿。ただ、身に纏う衣服は水着の様な服でも、清晴の制服でもない。

 オリーブ色の、軍服の様なデザインの服だった。

 まるで人形。

 それこそ美少女フィギュアが命を宿し、動いているようだ。

 先に『アリスン』と名乗った少女は剝いだ毛布の中。

 ぺろり、と毛布を剥いて見ると、目を伏せたアリスンが。

 小太郎の体温が一瞬に上昇する。毛布越しとはいえ、女の子と密着していた事に恐れおののき、思わずアリスンの身体から遠ざかる。

 それよりも、新たに現れた小さいアリスンの方だ。

 人形サイズの『アリスン』は、腰元に手を当てて、ご立腹の表情。

「まったく、いきなり視界が真っ暗になったから何事かと思ったぞ!・・・まあ、妹君から私を守ろうとしてくれたのは感謝してしているがな」

 ・・・しかも、喋っている。その口調は滑らかだ。本当に人間が人形サイズに縮んでしまったかの様だ。

「・・・そんなにじろじろと見るな、馬鹿者」

 そう言って、一点に集中する小太郎の視線から逃れる様に、アリスンは頬を僅かに赤く染める。

 小太郎も自分のしていた行為に「ご、ごめん」と目を背けた。背けた先にもアリスンと同じ顔があり、軽く混乱に陥る。

 小太郎はそっと視線を戻し、

「・・・あの、えっと。どなた?」

 おずおずと聞いてみた。

 薄桃色の髪の少女は、怒った様な表情になる。

「誰、って。先程名乗ったではないか。もう忘れてしまったのか?」

 名乗った?

 小太郎が聞いたのはアリスンという名前だけだ。

「もしかして、君がアリスン?」

 小太郎が問うと、薄桃色の髪の少女は「うむ」と笑みを浮かべた。

 それが肯定の意志だと理解した小太郎は、

「じゃあ、これはどなた?」

 床に横たわるアリスンと瓜二つの少女。

 ・・・あれ。

 よく見ると、目を伏せる『アリスン』の方の髪の色が変わっている。

 薄桃色から、透き通るような真っ白へと。

 小さいアリスンはしばらく思案していたが、やがて合点がいったのか、手をポンと打ち付ける。

「そうか、コタローはこれが『私』だと思ったのだな?まあ、そう思ってしまうのも無理はない」

 小さいアリスンが大きいアリスンの頬をぺちぺちと叩いた。

「何と説明したら良いものか。そうだな、簡潔に言えば『ロボット』と言えば良いだろうか」

 ロボット。

 小太郎の脳裏にあの銀色の巨体が思い出される。だが、見た目では当然比べるまでもなく姿は違う。

「機密事項のため細かい事までは明かせないが、我がエルトリア軍の戦闘兵器、『フィギュアム』。機体名は『クインテッド』、私の愛機だ」

 新たな単語の波が止まらないな。もしかすると、アリスンと関わる限りはこんな事が続きそうな気がする。

 しかし、ロボットか。道理で『アリスン』の胸に耳を近づけた時、心臓の音が聞こえないはずだ。機械ならば当然だが、所見で『アリスン』をロボットだと見抜ける人間はいないだろう。

・・・ん?という事は。小太郎はロボット相手に人工呼吸をしようとしていたのか?

「本来なら、私もキミ達と同じくらいの背丈なのだがな、このような姿のまま礼を言う事を許してくれ」

 アリスンは頭を下げつつ、左手にしている腕時計の様なリングを掲げる。

「ディメンジョンデバイス。この装置により、私はこのような姿になっている。そして、この状態の事を『コア』と呼ぶ。コア化しなければフィギュアムに乗り込む事は出来ない」

 確かにクインテッドを操縦するには、人間サイズのままでは不可能だろう。

「ここに来るまでの戦闘中か、地表に落下した時の衝撃か、フィギュアム及び、デバイスの一部の機能が故障してしまったようだ。おかげで本来の姿を見せる事が叶わないでいる。すまない」

 アリスンは本当に申し訳無さそうに頭を下げる。

「良いよ、気にしないで」

 もしかすれば、見知らぬ土地で本来の姿を見せるのは相当の覚悟を要する事なのかも知れない。ましてや、ここに来るまで、地球人を忌むべき存在だと認識していたのだ。

 少しだけでも、地球人の事を改めてくれた証なのかも知れない。不覚を諌めるのはお門違いだろう。むしろ、小太郎はその気持ちが嬉しい。

「・・・優しいのだな、キミは」

 アリスンの顔も、柔らかな笑みを浮かべている。釣られて、小太郎の顔も熱くなる。

「そんな事」と言いながら、小太郎は身体の熱さを誤魔化す様に、クインテッドへと視線を逸らした。あくまでも興味はロボットであるクインテッドだ、と言わんばかりに。ただ、この距離で見たとしてもロボットだとは未だ信じられないが、クインテッドの腹部、ちょうどおへそ辺りは確かにロボットだと思い知らさる穴が空いていた。

そこはまさにロボットアニメにあるような操縦席が覗かせていた。

「・・・髪が白くなっているのは何でだ?」

「フィギュアムは、非搭乗時は全てこの色だ。パイロットが乗り込むと、その搭乗者の感覚、神経をフィードバックする。そして、頭髪も搭乗者と同じ色に変化する」

 小太郎の質問に、アリスンは自分の髪を一房摘んで答えてくれた。

「フィギュアムは、言わば着るロボットと言って良いだろう。搭乗者の表情の也、感情までも機体にトレースする」

 クインテッドがロボットながら表情が豊かな理由が分かった。

 それでいてこの質感だもんな。

 誤解を招くようだが、公園でクインテッドを背負った時の思い出だ。背中にのしかかる柔らかさは機械だと言われても信じないだろう。

「あ」

 ここでアリスンが短く言葉を漏らす。

「いかん。コタロー!今すぐクインテッドから離れろ!」

 アリスンが叫んだ時にはもう遅かった。

 ドカンっ!!

 眼前に散る火花と共に、凄まじい衝撃が小太郎の顔面を襲った。

「ぶがっ!?」

 何が起きたか理解が出来ないまま、錐揉み回転をしながら、小太郎の身体が吹っ飛んだ。ベッドの縁に叩きつけられた小太郎が思い出したのは、クインテッドが目を伏せたまま小太郎の右頬にストレートを捉える姿。

「自己防衛機構をオフにするのを忘れていた!」

 クインテッドはすでに二発目の体勢に入っている。

 アリスンは慌ててデバイスを操作する。その瞬間、クインテッドがまさにパンチを振りかぶるモーションで停止した。

「本当にすまない!大丈夫か、コタロー!」

 心配そうな薄桃色の髪の少女が、小太郎の顔を覗き込んでいる。どうやらアリスンはクインテッドに乗り込んだようだが。

 床に身体を預ける小太郎を、アリスンが優しく手を添えてくれ、自らの足にその頭を誘った。いわゆる膝枕の体勢である。

「今度は何っ!?」

 部屋に飛び込んできたのは、当然みちるだ。

「ぷげっ!」

 後頭部に感じる極上の柔らかさが突如消失し、代わりに顔面を襲ったのは床の固さだ。

 それと同時に、今度こそ終わった!という絶望感。

「・・・何やってるの?お兄ちゃん」

 だが、妹から放たれた言葉は、見知らぬ第三者が兄の部屋にいる状況を糾弾するものではなかった。

 ちらり、と周囲を伺うも、何故かこの部屋には小太郎と訪れたみちるのふたりしかいなかった。

「どうしたのお兄ちゃんその顔!」

 みちるは僅か数分で変貌した兄の顔に驚きを見せる。

「あ、いや。蚊がいてね。顔に止まった時に退治しようと思って」

 我ながら苦しい言い訳だと思った。だからといって自分の頬が赤くなるくらいどつくだろうか。

「蚊?蚊なんてもういるんだ」

 みちるは部屋の中をキョロキョロと見回す。

「そ、そうみたいだな。せっかちな蚊だよな」

 ははは、と乾いた笑い声が虚しい。

「・・・大丈夫?手当てしようか?」

「い、いや大丈夫。もうこの部屋の蚊は退治したし、何も心配することはないぞ。今度こそ安心して立ち去るが良い」

「・・・そう」

 みちるは焦って早口の兄に釈然としない表情のまま、部屋を出ていった。

「・・・早速二度目の冷や汗が出たぞ」

 脱力しつつ、小太郎は腕で額の汗を拭う。

「・・・間一髪、だな」

 どこからともなく声が聞こえ、空間が捻れたかと思えば、淡い光を放ちながら出現するクインテッド。小太郎は再び声を上げようとして口元を覆い、塞ぐ。また大声をみちるに聞かれたら、今度はもう言い訳が思いつかない。

「・・・それも、エルトリアの技術か?」

「エネルギー消費が激しいため、本来は使用したくなかったが、先程は状況が状況だ。やむを得まい」

 もしかしたら、これが明日香が生徒会室で感じ取っていた違和感の正体か。

見えない存在の気配を察知する生徒会長。恐るべし。

「ホログラフィック・モジュール・モード・ステルス。周囲の背景を可視光線で取り込んで透明になったと錯覚させる機能だ」

 ここまできたら、もうなんでもありだな。

「そんな事より、コタロー。顔は大丈夫か?」

 再度クインテッドから飛び出たアリスンは、消沈した顔と共に文字通り小さな手で小太郎の頬を撫でた。

その手の温もりに、小太郎の胸がドキリと動く。その小さな手のひらの感触は、いつか何処かで感じたような、それは幼い頃、母に触れられた穏やかさと懐かしさがあった。

「フィギュアムに搭乗者がいない時、搭乗者以外が設定時間以上触れていた場合に自己防衛機構が働く。機密事項の塊であるフィギュアムを第三者に奪われないためだ」

「そういう事は早く言って・・・」

 息も切れ切れに、小太郎は首を折るのであった。


 寝る時は果たしてどうするのかと、小太郎はそわそわ。

 対するアリスンはまったく気にしていないのか、おかしいくらいに冷静だ。自分が意識しすぎているだけなのだろうか。

 床に寝かすのも気が引けるし、ロボットだからといって押し入れに追いやるのも違うと思うし。ここはベッドを譲るべきか。

 アリスンの主張としては、クインテッドのコックピット内部は空調が効いていて、快適らしい。

 携帯食料も持参しているし、生命維持装置も働いているため、訓練されたパイロットは一週間は飲まず食わずで生きていけるらしい。

 置いてもらっている身だ。部屋の隅で構わないと。

 万が一、家族の誰かの気配を感じた時は、例の透明になる機能を使うから心配するな、と言ってくれた。

 確かに、こんな怪しくも悩ましげな格好の女の子が息子の部屋にいた時には、その晩は家族会議一択だろう。

 アリスンを匿っている間、そうならない事を祈るばかりだ。

 明日は始業式だ。

 今日も学校に出向いたわけだが、自分の本格的な二年生としての生活が明日から始まる。

 新学期早々遅刻するのも何なので、今日は早めに寝る事にする。目覚ましもセットをし、電気を消す。

 真っ暗闇の中に、明らかな異質な気配がする。

 すっ、と小太郎が気配の方へ目をやると、クインテッドが微動だにせず、静かに体育座りをしている。目を伏せているもののピクリとも動かないその姿は、シュールで怖いものがある。

 明日も早い。とっとと眠ろうとするも、中々寝付けない。

 その原因は、当然アリスンが原因なのだろう。

 どれくらい時間が流れただろうか。時計の時間を刻む音だけがやけに大きく聞こえる。

 寝苦しさを覚え、身体を捻る。

 暗闇に微かに慣れた小太郎の目がクインテッドの姿を捉える。

 クインテッドは目を開け、窓の外の夜空へと視線を飛ばしていた。その姿はロボットだと知った今でも、憂いを秘めた表情は人間のそれと見まごうもので、小太郎はしばし目を奪われる。

 クインテッドの無垢な瞳は、一体何を見ているのだろうか。

 フィギュアムがパイロットの表情をトレースするのなら、それは遠い故郷への望郷の念か。

 その寂しそうな顔が気になり、小太郎は眠りにつくのを少しばかり先延ばしにする。

「アリスン?」

「・・・何だ。寝たのではなかったのか」

 小太郎の呼び掛けに、アリスンは首だけを動かしてこちらを見やる。

「・・・いや、何だか眠れなくてさ」

 しばしアリスンの姿に見とれていたのは内緒にしておく。

「・・・やはり、私のせいだろうな。すまない」

 アリスンの言葉の中に見える沈んだ感情。

「気にするなよ。それはもう言いっこなしだ」

 何だかアリスンはここに来てから謝ってばかりな気がする。

「実はさ、俺、今凄くドキドキしてるんだ。だってさ、普通に考えたらあり得ない事だろ?宇宙人と友達になれるなんて」

 この星空の先。

 真っ暗な海の向こうには確かにアリスンの様な存在が居て、自分はそんな彼女と言葉を交わしたのだ。

「私も、こんなにも地球人に心を許すだなんて思ってもいなかった。エルトリアに居た頃の私からは考えられない事だ」

 ふふ、とアリスンは小さく笑みをこぼす。

 お互い、こんな状況は想定していなかったわけで、そう考えると運命っていうものはつくづく予想出来ない形をしていると思う。成り行きとは言え、宇宙人と地球人が同じ屋根の下で寝床を共にしているのだから。

「先刻も口にしたと思うが、我々エルトリアの民はヴェノゼリス星系外の生命体を軽視している。しかし、直にこの星に触れてみて、己の認識が誤りだと気がついたのだ。キミの妹君も、キミを心配する姿に兄妹の絆を感じた」

 一瞬の無音。

「無論、キミも優しさに満ちた、素晴らしい人間だ」

 今、自分はどんな表情をしているだろうか。

「え、エルトリアってどんな所なんだ?」

 小太郎は照れくささを振り払う様にそんな質問を投げかけた。

 やっぱり、地球では考えられない様な   超高層ビルが乱立していたり、空飛ぶ車が当たり前の世界だったり。想像力に乏しい小太郎の頭では、そんなイメージしか思いつかない。

 小太郎の問に、アリスンはしばし考え、

「厳密に言うのなら、私はエルトリアの出身ではない。母星エルトリアの衛星軌道上にあるクローリアという大型ステーションの生まれだ。エルトリアを守護する軍人一家に生まれ育った私は、両親の後を追うように軍職に就いた」

 懐かしむように、アリスンは一度外へと視線を向けた。

「聞けば、母星エルトリアは水と緑に溢れ囲まれた自然豊かな星だと。私は、それを守るために軍人になったのだ」

 クインテッドの瞳から感じるのはアリスンの強い意志と誇り。

「へえ。聞いた限りだと、地球に似ている感じだけど」

「それは分からない。クローリア等のステーションの生まれは、普通に生きていたら、エルトリアの土を踏むこと無く一生を終える」

「なんか寂しいよな、それ。生まれるところは違っても、アリスンにとってはそこは故郷みたいなものじゃないのか?」

「ルーツを辿ればそうなのだろう。ただ、私はエルトリアを守る為に戦士になったのだ。私の父と母が守ろうとしたように。だから寂しいと思った事などない。むしろ誇りに思っている」

 自分だったら、寂しいと思うかも知れない。

「すごいんだな、アリスンは」

 小太郎と同じ年頃なのに、親本を離れ軍人となる。

「・・・そんな事はない。私はただ、自分の職務を全うしようとしているだけだ」

 珍しくアリスンの言葉の中に上ずった物が見えて、小太郎は可笑しさを覚えた。

 間もなく訪れる静寂。

 いつしか小太郎の思考に睡魔が現れた。

 その誘惑に素直に手を引かれ、心の中でおやすみと言い、小太郎は眠りにつくのであった。


 翌朝、小太郎が目を覚ますと、もうすでにアリスンが起床していた。

「おはよう、コタロー」

 今までに体験したことのない光景に、小太郎は思わず動きが止まる。気恥ずかしさと僅かに残る眠気を振り払う様に小太郎は小さく首を振った。

 しかし、朝っぱらから目に優しくない格好だ。これで兵器だなんて、信じられないな。

 やはり緊張していたのか、鳴る前のアラームを解除しつつ、小太郎はベッドから起きた。

 さて、みちるが朝食を用意してくれている頃だろう。

 ここで思い出したが、アリスンの食事はどうしているのだろう。携帯食料を持っているとは言っていたが。空腹にならない機械があるとか。まさかな。

「なあ、アリスン。メシ、って言うか食事はどうしているんだ?」

 そもそも地球人と味の好みどころか、主食すら違うかも知れない。

「携帯食料の備蓄はまだまだある。食事の世話まで受ける訳にはいかないからな。これも己を律する鍛錬だとおもって受け入れるよ」

 突如クインテッドの動きが停止。アリスンがクインテッドから降下した。

 腰のベルトポーチから、四角形のケースを取り出した。ふたを開けると、そこには無数の錠剤が仕切りで分けられている。と、いっても、このサイズではどれが何だか分からない。

 小太郎が見にくそうなのを察したのか、

「うわっ」

 アリスンがリングを操作すると、錠剤の入ったケースごと巨大化する。それに伴い、ケースの中身も大きくなる訳で。

 ・・・これが携帯食料?

 原色の見た目にはおよそ口にするのも憚られる色のオンパレードだ。マーブル模様や水玉模様。毒がある、と言われる方が納得できる。どう見ても劇薬だ。

 その無数の錠剤の中において、比較的まともな色の粒を指で摘んでみる。

 朝日にかざして指の間の白い錠剤を見る。これだけ見ると風邪薬か頭痛薬か。

 小太郎がその錠剤をケースに戻そうとした時、

「お兄ちゃん!起きてるの!?」

 ドアの向こう、さらに先の1階から聞こえた声が小太郎の全身を伝い、指先で摘んだ錠剤が宙に弾けた。

 階段を登る足音。

 小太郎が慌てて数ミリの粒を追いかけ手が空を追う。

 だが、陽光に煌めく明かりに阻まれ、右手は何も掴むことはなかった。

 それと入れ替わるように、焦りの表情のまま錠剤を追っていた小太郎の口の中に何が違和感が出現。思わずそれを嚥下。

 暫く時が止まった気がした。

 その硬直を解いたのは、扉のノブが動く音。

「ご、ごめん、今起きたところ!」

「あ、そうなんだ。ご飯用意出来てるよ」

「あ、ありがとう。すぐ行くよ」

 ノブの回る動きが止まり、足音と気配が遠ざかる。

 安堵と共に寒気がするのはみちるの脅威を脱した事だけではない。

「コタロー!体は大丈夫か!?」

 血相を変えたアリスンが小太郎の懐に飛び込み、焦りと心配をないまぜにした表情で見上げている。

 地球人にとっては未知の携帯食料を口にしてしまったことに対する反応だろう。

 だだ、それにしては特に味はしなかったが。

「キミが手に取ったのは携帯食料ではなく、整体安定剤だ!」

 小太郎は何度目か分からない初耳の単語。

「ご、ごめん!間違って飲んじゃって!」

 あの一錠がものすごく高価だったら・・・。アリスンの変貌ぶりも当然だろう。迂闊さを咎められても仕方がない。

 アリスンは小太郎の身体を飛ぶように伝って肩口まで移動する。

「具合は悪くなっていないか?頭痛はするか。吐き気は?身体のどこかが痛む、なんてことは無いか?」

 小太郎の頬に手を当てたり、目を覗き込んできたり。矢継ぎ早に飛んでくるアリスンの問いに、明らかな異質さを感じて小太郎は慌てて手を振った。

「ち、ちょっと待って!そもそもアリスンが言っている整体安定剤って何なの!」

 落ち着いて、と言わんばかりに小太郎は手でアリスンを制する。

 アリスンは冷静さを取り戻し、小太郎の肩で小さく息を吐いた。

「・・・整体安定剤とは、我々の様な存在が他の星に降り立つ際に服用する薬剤だ。未開の星は独自の環境を形成している場合がほとんどだ。毒性のある大気や、病原菌で満ちていないとも限らない」

 落ち着きを取り戻したアリスンは、ゆっくりと言葉を選びながら語った。

「言語の違いを正す翻訳の機能もある。そのような環境に半ば無理矢理合わせるための薬剤だ。今いる環境に身体を作り変える薬、と言い換える事もできる。我々はそんな過酷な体調の変化に対応出来るように訓練されているが、キミはそもそも普通の人間だ」

 アリスンの異様とも思える態度の変化の理由が分かった。アリスンはエルトリアの薬品が地球人の身体に及ぼす影響を懸念しているのだろう。

 だが、アリスンの言う体調の変化、悪化は今のところ見られない。

「具合が悪くなったら、遠慮せずにすぐに言ってくれ」

 そう言って、アリスンは優しく小太郎の頬を撫でたのだった。


 朝食を終え、2階へ戻る。

 妹にはどうやらアリスンの存在は気づかれていないようで、ただ二人で食事中に「何か楽しそうだね」と言われた時は思わず口の中の物を逆噴射しそうになった。

 その場は会っていないクラスメイトに会えるのが楽しみだと言って誤魔化した。・・・小学生か。

 部屋に戻ってから気が付いたが、着替える時はどうしよう。流石に女の子の前で堂々と着替える度胸はない。

 着替える時は外に出てもらうか、押し入れに入ってもらうか。はたまた自分か別の場所で着替えるか。その時にみちるに出くわしたら、それこそ言い訳が立たないぞ。

 自室で着替えない兄を不審に思わない理由がない。

 そんな事を思案していると。

「心配するな。外部カメラからの映像はカットしておく。気兼ねなく着替えるといい」

 アリスンは片目を瞑ってみせる。

・・・カメラのカットって、それ目を閉じただけじゃ。

 さあどうぞ、言わんばかりにアリスンは両目を伏せた。

 これは着替えなければいけない空気だ。

 大丈夫なのか?良いんですか?良いんですね?

 何とも言えない空気の中、小太郎はいそいそと着替えを始めた。

・・・何だこの空間。

 目を伏せた際どい格好の女の子がちょこんと座っている中、小太郎はパンツ一丁になっている。こんな所をみちるに見られたら全てが終わるな、と思いながら、小太郎は手早く着替えを終えた。

「・・・アリスン、もういいぞ」

 クインテッドの目がパチリと開く。

「キミは意外と肌が白いのだな。あと、首元にはほくろがある。首元のほくろはエルトリアでは金運を呼ぶシンボルだ。キミは将来金持ちになれるだろう」

 見てたのか!?見てたんですね!?

 アリスンは心なしか恥ずかしそうに、

「・・・すまない。カメラの調子もおかしい様だ。完全に外部からの映像を遮断する事が出来なかった」

 しゅん、と申し訳無さそうに顔を伏せた。

 それにしては描写が的確でしたけど・・・。

「いいよ。わざとじゃないんだし」

 小太郎はネクタイを締めながら答えた。

・・・クインテッドはロボットなんだから、パイロットのアリスンも目を閉じていれば良かったのでは?

 新学期早々、何か大切な物を失った気がした朝だった。

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