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1・此処よりも遥か遠い場所より

以前書いた物とほぼ同一の話です。話の順番がめちゃくちゃだったようで、一旦消して再投稿しました。

 サイレンが基地内に鳴り響く。

 緊急事態を告げる赤い光が明滅し、辺りを激しく照らす。

 耳を引き裂く様な銃撃音が四方八方へと撒き散らされ、ここが異常な状況下である事を認識させる。

 硝煙と、焼け焦げた匂い。そして誰かの悲鳴。何かが燃え、無数の黒い揺らめきが混じる炎が辺りに立ち込めている。まさしく戦場という言葉が似合う状況だった。

「撃て!撃ちまくれ!決して奥に近寄らせるな!」

 野太い男の声が、銃撃音に飲み込まれる事無く吐き出される。

 戦闘服に身を包んだ数人の兵士が、拳銃やマシンガンを構える。男の声に応えるよりも早く、重火器の束が火を吹く。

 刻まれる閃光と、鼓膜を突き破らんばかりの大音響が室内の壁に反響する。

 銃口の行き先。黒煙が吹き上がる向こう側にいくつかの人影が見える。

 数は、4人。

 全員が女性のフォルムをしている。

 4人ともこの場には似つかわしくない、それでいて珍妙な、正気ではない格好をしている。

 例えば水着と見まごう様な姿。その上に機械、鎧の様なパーツがくっついている。だからと言ってこの場に相応しいかと聞かれたら、そうではないだろう。

奇妙を通り越して、異常の域だ。

 ただ不可解なのは、そんな奇妙な格好の集団に、男達は重火器を差し向け、敵意を滲ませている。

 先頭に立つのは、雄々しくも勇敢に兵士達を見据えている少女。

 暴風雨の様な銃弾の中でも、彼女達は怯む様子も無く、それどころか避ける素振りも見せない。

「男って、どうしてこんなにバカなのかしら」

 先頭の少女の横。

 気の強そうな少女が呆れた様に息を吐き、こめかみを指で押さえる。

「鉄砲なんて効かないのに、弾の無駄遣い」

 彼女の言う通り、降り注ぐ弾丸は少女達の眼前まで迫っても、弾ける様に消えてゆく。見えない壁に阻まれる、と言うよりも、まるで銃弾の射程距離が最初からそこまでだったかの様に溶けて消える。

「ひゃああああっ!当たります!当たっちゃいます〜!」

 少女達の傍らには、うずくまる様に身を丸くさせている別の少女。押し寄せる銃弾の雨に怯えている。本来なら、これが正常な反応だ。

 頭上を掠める空気を裂く音。耳元を鉛の弾が駆け抜ける。しかし、そのどれもが誰一人にさえも当たらない。

「界転フィールドが起動してんのよ?あんなもの、効くわけないじゃない」

 うずくまる少女に、気の強そうな少女の呆れ声。

 熱と共に爆光が基地内を赤く照らす。

どこかで弾薬か何かに引火したのだろう。轟音と共に足元が揺れる感覚に襲われる。

「伍長、時間が無い。急ぐぞ」

 先頭のリーダー格の少女が感情も無く言い放つ。この惨状にも動揺の欠片も見せてはいない。

「そうね、アリスン。でもどうすんの、このコ」

 言って、未だ床で丸まっている少女を親指で指す。

「放っておいて構わん」

 アリスンと呼ばれた少女は、感情も無く平坦に答える。薄情とも取れる言葉だが、この場においてあらゆる火器は意味をなさない。心配するだけ無駄だ。

「不安であれば上等兵にバックアップさせる。・・・彼女は何処だ?」

 視線で探す素振りも見せずに聞くアリスンに、少女は「さあ?」と肩を竦める。

「その辺で遊んでるんじゃない?まさかくたばっている訳じゃないでしょうに」

 ふたりの会話を遮る様に、轟音が空気を伝う。

 機械的な駆動音が基地内に響き渡る。間もなく重厚な振動を少女達の足の裏が捉える。

 物陰から、巨大な鉄の塊が姿を現した。

 身の丈は3、4メートル程。少女達を軽く凌駕する。作業用のマシンアーマーを無理矢理に戦闘用に改造した代物だ。手にした正規品の軍用マシンアーマー用のマシンガンが無骨なデザインと合っていない。

「バカ野郎っ!こんなクソ狭い場所でマシンアーマーを起動させるヤツがいるかっ!」

 仲間の兵士ですらその軽率な行動に怒りを吐き出す。統率が取れていない証拠だ。ここは寄せ集めが集う吹き溜まり。罪人の巣窟。

『エルトリアが攻めてきたんだ!手段なんか選んでられるか!』

 不快な音量で、掠れたスピーカーが吠える。

 鉄の機械巨人。マシンアーマーが構える銃口が、足元の少女達に向かって突き出される。

 巨大な人型兵器が構えるマシンガンだ。その大きさも威力も人間サイズの物とは比べ物にならない。

 そんな物をひとたび発砲すれば、人間などひとたまりも無い。ただの発砲音で耳がイカれる可能性がある。それは仲間の兵士とて例外ではない。

『くらいやがれ!』

 マシンアーマーは何の躊躇いも無く銃爪を引く。

 脳髄に響く断続的な振動音。無数の巨大な薬莢が熱を持ったまま宙に投げ出される。かと思えば、耳障りな音を立て、砕けんばかりに鉄の塊が床を打ち付ける。

 仲間の兵士達は、侵入者への攻撃をも忘れ、耳を塞ぐ。頭を撹拌する、不快な振動。

 数秒の間、辺りは眩い閃光と破壊音に包まれる。

 やがて弾倉も弾が尽き、濃煙が緩やかに流れ視界が晴れてゆく。

『バカな・・・!』

 さぞ、マシンアーマーのパイロットはコックピットの中で驚愕に目を見開いているに違いない。

 巨大な弾丸の雨を浴びせた筈なのに、少女達は無傷だ。ひとりは未だに床で丸まっているものの、銃弾に嬲られうずくまっているのではない。

 そもそも傷などでは済まない筈だ。

 大型兵器用の重火器を人間へと発砲すれば、肉塊を通り越して粉微塵に砕け散る。横を掠めただけでも大人の身体でも余裕で吹き飛ぶだろう。

 現に少女達の周囲だけは瓦礫と化している。鉄の床はめくれ上がった様に破壊され、壁や天井も同様に穿った穴が連なっていた。

 一方兵士達は未だに振動が支配する耳に苦しんでいる。規格外の重火器が及ぼす影響が異常である事を示している。

「やっぱりバカ。デカけりゃ効くって?」

 心底呆れた様に少女は言う。埃を払うかの様に、少女は揺れる金髪を手で梳いた。

 周囲の凄惨さと反比例するかの様に無傷の少女達。ここで初めて兵士達が敵意ではなく怯え、恐れをその顔に滲ませた。

「・・・伍長。妙だ。敵の数がさっきよりも少ない」

「今のでぶっ飛んだんじゃない?自業自得よ」

 少女は肩を竦める。

「奥にでも逃げたか。私が追う」

 アリスンは駆け出そうとして、

「伍長はこのエリアの制圧。テロリストの拿捕を」

 アリスンの姿が掻き消えた。兵士達はそのスピードに瞬間移動したとでも思っただろう。

 アリスンは凄まじい跳躍力で施設内を天井近くまでジャンプ、マシンアーマーの頭上、そして兵士の壁を軽々と飛び越えた。

 兵士達の殆どの視線がアリスンを追っていた。アリスンはそんな兵士には目もくれず、基地の奥へと凄まじいスピードで消えていった。

 瞬く間の出来事に、兵士達は呆気に取られる。

「どこ見てんの!アンタ達の相手は私よ!」

 そんな兵士達の意識を、少女の雄々しい声が引き戻したのだった。


 坂井小太郎は星を見るのが好きだ。

 と言っても星については格別詳しい訳では無い。

「あの星の名前は?」と問われても、「さあ」としか答える事しか出来ない。限りなく無知に近いレベルだ。それでも空を見るのは好きなのだ。

 帰宅途中での事。

 小太郎は自転車を走らせる。足を止めて視線を上へと巡らせて見れば、空には星の海が。

 なんとなく、小太郎は帰宅を急ぐよりも自転車を押して帰る事を選択する。

 学校での用事が思ったよりも長引き、自転車を跨ぐ頃には日は落ち始め、いよいよ辺りの風景は夕闇に包まれ始めた。

 本来ならば今は春休みの真っ最中である。普通の制度なら堅苦しい制服など身に付けず、学校には登校しなくてよい時期だ。

 名誉の為に言っておくと、小太郎は別に赤点で補習を食らっている訳では無い。

 何の因果か、小太郎は生徒会というものに属している。いや、所属させられた、と言うのが適当だろうか。

 新学期を明日に控えた前日、つまり今日。生徒会と教師陣、有志が集まり始業式の準備が行われた。

 体育館にイスを並べるのが主な仕事。並べても並べても終わりの見えない作業に小太郎は生徒会に入った事をこの日程後悔した日は無い。

 そんな地獄の様な時間を終え、帰宅の路。

 薄暗くなった空を見上げると、視界の端にキラリと光る何かが掠めた。

 流れ星か?と小太郎は空を仰ぎ見る。

 田舎と言うには緑の量もまばらで、都会と呼ぶには頭を捻らずにはいられない中途半端なこの街でも、等しく星空は綺麗だ。

 小太郎はある輝きに目を奪われた。

 空に走るは一筋の光。それは青白く輝くほうき星。

 小太郎は言葉を失った。その光の大きさが尋常ではなかったからだ。

 例えばよく見る流れ星の大きさが、空に豆粒を重ねて動かすくらいの大きさだとしたら、小太郎の視界に映るのはこぶし大だ。まるで小太郎のすぐ上を通っている様な迫力と圧迫感。それは唸り声すら放っている様で。

 前方の空から後方へと。青白い流星が猛スピードで遠ざかってゆく。

 突然の出来事にしばらく呆然としていたが、膝を折るような振動で現実に引き戻された。

 地面が分かりやすく揺れ、小太郎は自転車ごと体制を崩しそうになる。倒れそうになる自転車を支えながらも、小太郎は流星が消えた方向へ視線を向けた。

「・・・落ちたのか?」

 興味が湧いた。隕石なんてそうそう見られるものじゃない。たしか、あっちの方角には大きな公園があった筈だ。

 とっとと帰るつもりだったが、気が変わった。サドルに腰掛け、ペダルに足を乗せた。

 小太郎は期待に胸を膨らませながら、ペダルを踏む足に力を込めた。


 その公園は自転車を走らせて間もなくのところにある。公園と言っても遊具が点在している訳では無く、野球やサッカーができそうな広い芝が広がっているだけだ。

 ランニングコースもあり、休日にはジョギングや散歩に利用する人がいるのは何度も見る。

 公園に着くと、小太郎は入り口近くの自転車置き場に乗ってきた足を停め、駆け出す。

「なんだ、これ・・・!」

 広場のほぼ中央、白い煙が立ち昇っている。明らかに何かが穿ったような穴がそこにはあった。

 直径は5メートル強。勿論この公園にこんな穴は無い。

 明らかな異質な光景に、小太郎は恐怖を覚えるも好奇心が同時に湧いてくるのも確かだ。

 クレーターの深さは、学校の屋上から校庭を見下ろしたくらいの距離に最奥が見えた。周囲は熱を持った空気が漂っている。

 奇妙だ。

 これだけの規模。大きな振動は分かる。だが、こんな穴が穿つくらいの衝撃。何の音も聞こえなかった。

「・・・ん?」

 蒸し暑さの中、クレーターの最深部に向けて、小太郎は目を凝らす。

 何かがある。いや、居ると言ったほうが正しいか。

『それ』はまるで人の様な。人の形をしたものが背を丸めて横たわっている様にも見える。辺りが薄暗いのもあり、良く見えない。

 どんっ!

 衝撃と轟音が背後から聞こえ、小太郎は思わず振り返る。

 小太郎は自分の目を疑った。振り返った先に居たのは、鉄の塊だった。細かく表現するならば、『ロボット』だ。

 全長は3、4メートル程。それは金属質の物で人形の四肢を模した巨大ロボット。

 それはアニメの様なかっこいいシルエットではなく、どちらかと言えば前時代的なブリキのおもちゃを連想させる。

 だが、何故かそのロボットは、体のあちこちが焼け焦げた様に変色している部分が見える。頭部と思われる目に見立てた丸いふたつのレンズも、片方は割れて砕けている。

 チュイン。

 不気味なモーターの駆動音と共に、ロボットの頭部が機械的に動く。レンズの目が怪しい光を放ちながら小太郎の姿を認めた。

 その瞬間、小太郎の心臓が跳ね上がる。まるで直接身体の中から触れられた様な息苦しさと不快感。

 少しでも動こうものなら、すぐさま心臓を握り潰されそうな緊張感。それと同時に悟る。明らかな危険な状況だと。

 小太郎はクレーターをちらりと見る。このクレーターが出来た原因と、このロボットが直接関係しているのは間違いないだろう。関係が無いと言う方が無理がある。

 そんな思考をロボットの駆動音で絶たれ、我に返る。

 逃げよう。

 自転車は公園の駐輪場。ここからは約100メートル程の距離。

 小太郎はロボットから目を離さずにゆっくりと後ずさり。靴底を滑らせ、息の音すら立てない様に。

 ロボットのふたつの目も小太郎から外れる事はない。

 小太郎の靴底が小さな石を弾いた。しまった、と思った時にはもう遅い。小太郎の反応に連動する様に、ロボットの右脚部がズン、という振動と共に地面に沈み込んだ。

 小太郎は反射的に駆け出す。それとほぼ同時に背後のロボットも。

 ロボットの背面から炎が吹き出し、跳躍。薄暗い中、小太郎に黒い影が走り、

 ズウンっ!

 一瞬の内に小太郎の頭上を飛び越え、駐輪場への最短距離への直線上に着地。

 鈍色の巨人が壁の如く阻む。

 ロボットの右腕部が動き、開いた手が小太郎を捉えるべく伸びる。

 非日常を目の前にした時、人はこんなにも身体が固まるものなのか。

 焦げ跡の付いた巨大な指先が小太郎の眼前に迫った時、背後に気配を感じた。

 ドカンっ!

 今まさに小太郎を捕らえようとしたロボットの手が90度に変化し、天に伸びる。

 その原因は小太郎の背後から飛んできた何かが、ロボットの巨体に直撃したからだ。

 ズウン・・・っ

 巨体が地面に背面から転び、崩れる。

 呆気に取られながら、新たに現れた気配を探す。

 そこには。

 自ら吹き飛ばしたであろうロボットへと視線を向けているひとりの少女の姿。

 夜風になびく、薄いピンク色の髪。

 あれは、クレーターの中に収まっていた・・・?

 だとしたら、奇妙だ。

 巨大ロボットの体は、まるで火事の中を縦断してきたかの様に焼けているのにも関わらず、少女がクレーターの原因ならば、その身体はまるでその影響を受けていない。

 何より小太郎が少女に目を奪われた要因。

 それは少女の不可思議な格好にある。

 少女の身体を包む、白を基調とした水着の様な衣服。身体の所々を申し訳程度に覆う鎧の様なパーツが印象的。

 形の良いふたつの胸の膨らみから下に視線を移して行くと、程よくくびれた腰回り。しなやかなで有りながら力強さを秘めた双脚。

 少女の姿を含め、まるで夢の中の様な空間だ。だが、クレーターから立ち昇る熱気、ロボットから感じた恐怖は確実に現実だと知らせている。

 す、と少女の瞳が小太郎へと向けられる。ドキリ、と心臓が跳ねる。それはロボットに感じた物とはまるで逆の感覚。

 宝石が輝いていると言われたら納得してしまいそうな、深い藍色の瞳。

 その視線の意味は小太郎には知る由もないが、少なくとも夜の闇に悠然と佇む少女の姿に目を離せなくなったのは確かだ。

 ギュイィィィィンッ!

 その不快な音で小太郎の意識が引き戻された。

 一際大きな駆動音が響き渡り、身体を反転させていたロボットがゆっくりと動き出す。

 歪んでひしゃげた頭部が、奇しくも吹き飛ばされた事に対する感情を称えている様に思えた。

 少女は動き出したロボットへと向き直り、構える。ロボットのターゲットも、小太郎から少女へと移行した。片方になったレンズが少女を捕捉する。

 一瞬の静寂。

 先に動いたのは、少女の方だった。

 少女が駆ける。

 速い!

 少女とロボットの間合いは瞬く間に詰められる。

 ロボットの右手が突き出されたかと思えば、その姿が変形して姿を変える。人の手を模していたそれは、銃口に変形し、人差し指に当たる先端が青白く白光する。

 バシュッ!

 銃口から青白く輝く一筋の炎が発射された。

 芝を焼きながら、地面を抉る白光が上昇。少女へと熱線が放たれる。

 まずい!地面を抉る程の威力だぞ!

生身の少女に直撃したら・・・。その先は想像に硬くない。

 だが。

 少女が前方に手をかざす。

 何百度、何千度かは知らないが、白熱の閃光は少女を焼く事は無かった。

 まるで見えない壁に阻まれる様に、レーザービームは少女には届かない。

 ロボットの銃口からレーザーが止んだ。心なしか、ロボットが怯んだ気がした。

 今度はこちらの番とでも言いたげに、少女が跳躍。ロボットの全長に優に辿り着く高さに飛び、空中で一回転。回転した勢いで蹴りを放つ。

 巨大を大きく震わせ、ロボットは体躯を回転させながら芝の上を不様に転がり、吹き飛ぶ。

 やはり夢だったと言われた方が納得する。こんな現実ではあり得ない、人智を越えた非日常。 

 ロボットが体制を立て直す。少女の蹴りは強力だったが、行動不能にまでは至らなかった。

 ぐらりと不安定ながら軋む脚部で支えつつも、ロボットは身構えた。

 焼けた跡の残る肩部が開き、そこには無数の突起物。小太郎の脳裏によぎる嫌な予感。それが正しいものならば、ミサイルの弾頭に見えた。

 断続する爆音を撒き散らしながら、無数のミサイルが白い尾を引きながら少女に向かって射出される。

 ミサイルの破壊力がどれほどのものかは知らないが、レーザーの威力を見た今、じっと佇むのはどう考えても利口ではない。

「うわあっ!」

 小太郎は飛ぶ様に地面に転がる。すぐに聞こえ始める着弾音。爆風で小太郎の身体が回転。勢いでさらに転がる。熱風で背中が焼ける様に熱い。

 むぐ、と顔に付いた土や草を払いながら恐る恐る起き上がると、小太郎は戦慄した。地面には、いくつもの抉れた穴で埋め尽くされていたからだ。

 乱立する半球状の穴。もはや運動が出来る様な状態ではない。

 だが。

 もっとも驚愕したのは次の瞬間だ。

 あれだけの爆風が地面を嬲っていながら、少女は無傷で悠然と立っている。少女が無事という安堵よりも、むしろ恐怖を感じた。

 バキンッ!

 少女の蹴りが一閃。

 衝撃でよろけたロボットの懐に少女が潜り込むと、高らかに上げたしなやかな足先が黒色の巨躯に叩き込まれる。

 ロボットの身体全体から火花が弾け、人形を操る糸が千切れたかの様に足を折り、仰向けに倒れ込む。

 ズウン・・・、と鉄の塊が静かなモーター音の停止と共に、動かなくなる。

 すかさず少女が跳躍し、天を見上げるロボットに着地。そして右手をロボットの胸部に添えると、信じられない事が起きた。

 胸部に突き立てた腕を引き上げると、鉄の鎧がひしゃげながらも持ち上げられる。

 バキン!とへし曲げられた鉄板を地面へと放り投げると、少女は再度胸部に腕を沈め、数秒前と同じ動きをする。

 少女の腕が持ち上げたのは、人の形をした何かだ。それは、作業服の様な姿。ヘルメットで表情は見えないが、男の様にも見える。

 人が乗っていたのか!

 だが、そんな驚きすら凌駕する。

 少女がロボットの上に横たわらせ、右手をかざす。小太郎はまさか、と嫌な予感がしたが、そんな事ですら無かった、想像の範疇を越えた光景を見た。

 淡い光が男を包んだかと思うと、男の姿がみるみる内に小さくなってゆく。

 幻か、と頭が混乱をきたしている内に、男はビー玉サイズの球体に変化し、あろうことかそれが少女の手の平の中に吸い込まれたのだ。

 小太郎が言葉を失う中、少女はロボットの上から降り、着地。かたわらの巨人に向き直ると、今と同じ動きをする。

 ロボットにかざした手から同じ光が迸り、あれだけの巨体が瞬く間に縮小した。作業服の男同様、ビー玉作業服に変身したロボットも少女の手の中に消える。

 終わった、のか?

 ふと、少女の目が小太郎を捉える。

 一歩、また一歩と距離を詰める。

 言い得ぬ恐怖。少女の感情の無い瞳。

 足が動かない。

 少女の手が、小太郎に触れようとしたのか。腕が前に伸びたその瞬間。

 小太郎の視界から少女が消えた。

 ドサっ。

 いや、厳密には少女は地面に倒れ伏せたのだ。

「・・・え?」

 小太郎は思わずしゃがみ込み、少女を見る。

「おい、大丈夫か!?」

 うつ伏せに倒れる少女はピクリとも動かない。

 少女に触れようとして、躊躇う。格好が格好なだけに、気が引けたのだ。

 迷っている場合か!

 意を決して少女に触れ、ひっくり返そうとした所で、小太郎は手に伝わる違和感を疑った。

 少女の身体が、尋常じゃないくらいに重いのだ。

 女の子の重さなど、遠い昔に妹をおんぶした時くらいの時の記憶でしか覚えていないが、少なくともこの手にかかる重量感は人間のそれではない。

 小太郎はなんとか力を振り絞り、少女を仰向けに寝かせる。

 小太郎は顔を赤くしながらも、少女の身体を軽く揺さぶってみる。少女は反応するどころか、身じろぎひとつしない。意識があるようには思えなかった。

 小太郎は急いで少女の胸へ耳を押し当てた。鏡で見たら、自分の顔はさぞかし灼熱に燃えている事だろう。だが、そんな羞恥すら吹き飛ばす現実に小太郎は青ざめた。

 少女の心臓の音が一切聞こえ無いのだ。

 マジかよ!

 小太郎は、ポケットからスマートフォンを取り出し、タップしたところでその手を止めた。

 電話?何処へ?

 決まっている。病院だ。

 警察も呼んだほうがいいだろう。先程の戦闘で変形した凄惨な広場の状態は決して夢や幻ではない。

 冷静になって考える。

 この少女は普通の人間ではないのだろう。少なくとも小太郎は、あんな巨大なロボットに向かって蹴りを入れる根性はない。

 直感に過ぎないが、この少女は病院には連れて行かない方がいい気がする。大体、行ってどうする?その場合、さっきの状況を一言一句伝えなければならないだろう。頭がどうかしていると思われる。そのまま自分が入院を勧められるのではないか。

 それどころか、人目に触れさせてはならない、そんな気さえしている。

 だが、現に少女の意識はない。

 人工呼吸とか、したほうが良いのかな。

 いや、決して邪な気持ちがある訳じゃないぞ。これは人助け、人命救助なんだ。

 人工呼吸に戸惑っているヒマがあるのなら救急車を呼んだらどうだ、というツッコミは無しだ。

 改めて少女の顔を見る。

 伏せられた睫毛で瞳が隠されていても端正な顔立ちをしているのが分かる。  

 作り物だと言われても、小太郎は不思議には思わない。

 何を躊躇っている。目の前の少女は息をしていないのだ。まごついていたら、手遅れになる可能性がある。

 と。

 少女の目が見開かれていた。

「うわあっ!?」

 小太郎は思わず飛び上がり、後ずさり。

 少女の意思の籠もったふたつの瞳が小太郎を見つめている。少女はゆっくりと半身を起こす。

「だ、大丈夫か?」

 いや。意識を取り戻したとて、その足取りはかなり危うい。今の内に病院に連絡・・・。

 再びスマートフォンを取り出す手を、少女の手が制した。

・・・おかしい。

 少女の身体は動かすだけでも一苦労なほど重かったのに、こうして触れられている感触に重量感は微塵もない。

 少女のその目は、連絡を拒否するかの様に語っている。

 少女の手がスマートフォンを持ったまま佇む小太郎から離れる。

「無理するなよ!」

 慌てて少女を追いかける。だが、少女はふらつく足取りのままどこかへ向かおうとする。ちらりと小太郎に向けられた視線にはまるで「何か用か」とでも言いたそうな。

「怪我、してるんじゃないのかよ」

 あんな戦いをしておいて、という言葉は飲み込んでおく。

 少女の瞳が小太郎の何かを解析する様に凝視し、やがて視線を反らした。

「怪我はしていない。故障ならしている」

 初めて聞く、少女の声。だが、その内容は小太郎には理解しかねる言葉だった。

「火器管制プログラムの不具合。スフィアドライブを失った事による航空能力の喪失。他にも様々機能障害の発生。不服ながら、先程の戦闘は手間取った」

 やばい。これは頭を強くやっちゃっているのかも知れない。やはり病院への連絡はしたほうがいいか。

 いや、それよりも。

 小太郎の頭に浮かぶひとつの可能性。それはあまりにも非現実的で、口にするのもはばかられる。

 空から降ってきた流星。

 クレーターから現れた少女。

 後を追うように出現した巨大ロボット。

 そして、常識を越える壮絶な戦い。そこから導き出される単語。何より、少女の姿がすでに常識離れしている。

「君は宇宙人、なのか?」

 半ば冗談のつもりだった。一笑に付されるなら、それでも良かった。

「なぜ、分かった?」

 そうだよな。そんなヘンテコな格好しているからって、短絡的にも程がある・・・て、

「えええっ!?」

 少女の肯定に、小太郎は驚きを隠せなかった。

 冗談、だよな。少女の顔は平静そのものだ。

 突如、少女の身体ががくん、と崩れかける。小太郎は反射的に地面に倒れる前に少女の身体を支える。

「・・・ぐっ!?」

 やはり先程感じた重さは気のせいでもなんでも無く、紛れもない事実で。

 まるで中身の詰まったダンボール箱を押し付けられている様な。少しでも気を抜くと、支えた手の中から少女の身体が溢れ落ちそうだ。

「おい!マジで、大丈夫なのかよ!」

 重さを堪えながらも、少女に呼びかける。

「どうやら、限界の、様だ。どこか、静かで、休める、場所」

 途切れ途切れに言葉を絞り出し、少女の意識がブレーカーを落とした様にプツリと切れ、頭がぶらりと折れると同時に四肢も弛緩し、全体重が小太郎に伸し掛かる。

「・・・これが、人間の、重さかよ!」

 額に早くも汗を滲ませながらも、少女の身体を背負う事に成功する。

 この少女をどうするべきか。答えはもう決まっている。春先とは言え、外はまだ肌寒い。こんな格好の女の子を置き去りには出来ない。

 と言うか、こんな穴だらけな場所からは早く退散したい気分だ。ロボットのミサイル攻撃を思い出すだけで小太郎の背中は寒くなる。

 とりあえず、向かう先は自分の家だ。別にやましい気持ちは無いぞ。

「・・・よっ、と」

 小太郎は改めて少女を背負い直す。背中に感じる柔らかい感触も、今は全然嬉しくない。むしろ、骨や筋肉が悲鳴を上げているみたいだ。

 乗ってきた自転車はひとまずここに置いていく。後日取りに来るから、それまで達者でな。

 我が愛車よ。

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