【1989年10月下旬】
西城高校の学園祭は、三年生が主導するのが通例である。受験間際であるのだが……、最後の一花というやつか。
だが、まさか我がクラスの演し物が最終日のメインイベント的扱いになるとは、予想もしていなかった。
話はどこから始まったのだろうか。やはり、プレイタウン・フラッシュからか。
アヴェニューファイターを、立ちプレイタイプの筐体から座りタイプに切り替えると、バイトくん……、天川のそーちゃんが宣言したのは一ヶ月ほど前のことになる。
廃棄するのなら、どこかよそに回して保持できないか、との話から、それならちょうど学園祭があるから、借りちゃおうぜ、との話に発展するまで、それほど時間はかからなかったらしい。一台なら、軽トラで運搬可能だとの目処も立っている。
そして、単に教室に置いて対戦するだけで留まらなかったのは、結菜……、島崎結菜嬢が話に乗ってきたためである。
彼女は小金井工科高校に所属している同学年なのだが、別の高校の学園祭に関わってよいのだろうか? まあ、いいのか。
筐体の基盤からビデオ信号を取り出す、と言われてもよくわからないのだが、ともかくプレイ画像がテレビに表示されることになって、一気に話が変わっていった。
柔剣道場を確保して、視聴覚室からテレビを借り出してきたのは市川で、企画をまとめたのは久世だった。そして、金田が人を集めてしまえば、収拾がつかなくなるのは無理もない。
「さあ、続いては準決勝の第一試合。まず登場するのはー……、最強オブ最強、絶対無敵、あめみやー、るー、かー」
なんだか女子プロレス風の呼び込みを行っているのは、そーちゃんこと天川颯一郎である。
瑠夏が女子プロレスラーだとすると、クラッシュ・ギャルズか、あるいは強さ的には引退したダンプ松本か。本人はノリノリでポーズを取っている。
「そして、対戦者は小金井工科高校のガジェットクイーン。しまざきー、ゆー、なー」
対照的に、まったく淡々と入場してくる。二人は拳を合わせ、筐体へと向かった。
「れでぃー、ふぁいっ!」
そして、熱いバトルの幕が切って落とされた。
大熱戦が終わって選手が退場したところで、瑠夏とのゲーム同好会つながりで補助役として参加している早乙女航が、にこやかな表情でやってきた。
「盛り上がってますねー。入場料取ったら、すごく儲かったのに」
「そうなんだけど、まあ、やり過ぎるといろいろな。しかし、確かにすごい入りだな」
柔剣道場の特設観客席はほぼ満員で、女子の姿も多かった。いつの間にか、父兄まで含めた立ち見まで出ているようだ。
「次は悠真さんですよ」
「そうだった。行ってくるよ」
親指を立てて送り出されると、悪い気もしない。
「続いては、小金井の噛ませ犬。瑠夏様にいつもコテンパンにされているのに、なぜ準決勝に残っている? さわたりー、ゆー、まー」
「いや、お前が弱すぎたからだろ」
俺の呟きは、客席からの歓声にかき消されていた。
「そしてもうひとりは、乱入枠から勝ち上がってきたパワープレイヤー、ミスター、エー……ックスー」
マスクを付けている人物は……、見覚えがあるようなないような。
「お手柔らかに」
「ああ、あのルカって奴とやるまでは負けられないがな」
その声で、俺の脳裏で記憶が繋がった。
「あんた、バイクで校門まで来ていた」
「おお、あのときのあんちゃんか。決着をつける相手がもう一人いたわけだな」
つまり、瑠夏との決着をつけに来たわけか。ゲームだけならいいのだが……。金田に念のため、声をかけておくか。
そんなことを考えていたら、いきなりの決め技連続で葬り去られた。
「まさかの一方的な勝負。一回戦の勝者はミスター、エーックスっ。……大会主宰、もうちょっと盛り上げてよー」
観客席から笑いが起こり、ミスターエックスが雄叫びで応じる。どうやら、ノリのよい人物のようだ。
そして、準決勝第二試合もあっさりと決着したのだった。
「さぁ、ついに決勝戦がやって参りました。挑戦者はなんと、かつてこの西城高校にバイクを連ねてやってきた立川の暴走集団のリーダーだっ。瑠夏嬢が彼らのシマを荒らしたのは二年半前。だが、執念深くリベンジにやって来たのだ。改めて、ミスター……、エーックス」
筋肉を誇示している挑戦者に、ブーイングが浴びせられている。まったく意に介していないあたり、ヒールの流儀がわかっているのだろう。
「さあ、女王はどう動く。我らが西城高校の名誉は保たれるのか。あまみや……、るー、かー」
猛烈な拍手が柔剣道場を包んだ。まさにそのタイミングで、乱入者が現れた。
「君たちっ。なんだこれは。教育の場をゲームセンターにする気か!」
鋭い声を発したのは、確か教頭である。そして、左右には教員を幾人か連れてきていた。観客席が一気に静まり返る中で、電子音だけが響いている。
主宰というのは冗談の範疇のはずだが、それでも対応するのは俺であるべきだろう。一歩前に出て、口を開いた。
「このアーケードゲーム……「アヴェニューファイター」は、技量を競い合う真剣な勝負です。スポーツとなんら変わるところはありません。今回の学園祭でも、スポーツの交流試合が行われ、囲碁や将棋の同好会も活動しています。どうして、アーケードゲームだけが排除されるのですか?」
乱入者の頭目が沈黙する。瑠夏が始めちゃおうっかなー、みたいな表情を見せているのを、小さな手振りで制する。
声を発したのは、歴史を担当する教師だった。小ネタ的な雑談が多い、若手ながら堅物と目されていた人物である。
「……で、一番強いのは誰なんだ?」
「これから決まります」
「なら、その後でいいから、俺にもやらせろ。生徒限定じゃないんだろ?」
観客席から爆笑と大きな拍手が沸き起こると、教頭は奮然と去っていった。
そして、女王は因縁の相手と、挑戦した教師との連戦を、いずれも僅差で退けたのだった。観客席は熱狂に包まれ、柔剣道場は一日限りのアヴェニューファイトの闘技場となった。盛り上がりぶりには、バブルの熱気もシンクロしていたのだろうか。




