【1989年10月上旬】
円高とバブルの相乗効果、ということなのだろう。時代が、音を立てて転がっていくような感覚だった。
9月にソニーがコロンビア映画を買収し、今月になってロックフェラーセンターは三菱地所の所有となった。ゴッホやモネ、ルノワールの絵が相次いで購入されており、華やかなニュースとして扱われていた。
世界の象徴を、日本企業が買い漁っていく。まるで夢のような話だが、こんな状況が持続するはずもない。前世知識のある俺の胸には、虚しさが生じるのだった。
「バブルの徒花か……」
テレビに映るニューヨークの映像を眺めながら呟くと、エルリアが不思議そうな顔をする。
「バブルというのは、泡でしたよね?」
「石鹸の泡のように儚い、中身がないくらいの意味だな」
「いずれ弾け飛ぶと?」
「ああ。極限まで膨らんだなら、ちょっとした衝撃でも、パチンと。……それでも、そこに映る虹色の景色は美しいんだろうけど」
エルリアは、しばし黙ってから、ゆっくりと頷いた。
「人も同じですわね……。儚いけれど、美しくもある。だからこそ、何を残せるかが重要なのでしょう」
「そうだな。勝負の行方もな……」
テレビ画面の中では、押売ジャイアンツのセ・リーグ優勝が決まったところだった。
俺の記憶が間違っていなければ、この年のパ・リーグは近畿バッファローズが優勝し、両チームの日本シリーズが行われる。
近畿が三連勝した後で、伝説となっていたバッファローズの投手による「巨人はロッテより弱い」発言が飛び出し、奮起したジャイアンツの四連勝での逆転制覇の流れとなるはずだった。
移り変わりという意味では、テレビのバラエティーでも時代が変わろうとしていた。謎めいた人気を博していた「俺達パープリン族」が終了となり、入れ替わるかのように「ドーンタウンのガキの使いじゃないんやで」が始まっていた。高校でも話題に出す向きが多く、勢いが感じられた。
ただ、時代はやがて移り変わる。勢いは失われ、新しい波がやってくる。ドーンタウンも、俺が前世で死を迎える頃には、醜聞と体調不良で共にテレビから姿を消す流れとなるのだった。
人も時代も変わっていく。けれど、その場にいた者たちが消え去るわけではない。
「世の無常を感じているのですか?」
エルリアは、俺の瞳を覗き込むような視線を投げてきている。
「いや、むしろ、移り変わる中で、残すべきものがなにかを考えていた」
「そうなのですね……」
遠くを見るような目つきになったのは、元の世界に考えを向けているのかもしれない。
と、雨戸がカリカリと音を発した。先に反応よく立ち上がったのは、エルリアの方だった。
「いらっしゃい、シャルロット」
みゃあとあいさつを発して、するりと入ってきた。エルリアがひょいと来客を抱えあげる。
「この子は、まだ沢渡家に迎え入れないのですの?」
「沢渡ミケか……」
「シャルロット・沢渡です」
「ミケはどう思う?」
「うちの子になりたいですよねー」
二つの名で呼ばれた三毛猫は、茶番には付き合っていられないとでも言いたげに、するりと悪役令嬢の腕をすり抜け、用意してあるごはん皿の方へと歩いていった。ただ、尻尾はピンと立っており、ご機嫌を損ねたわけではなさそうだった。




