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【1989年8月】




 熱気が居座り続ける午後、ゲーセンの扇風機が、唸るように風をかき回している。店内はどこか気怠く、それでいて人の気配が色濃く感じられた。


「そーいや、最近、瑠夏を見ないな」


 アヴェニューファイターの筐体を見やりながら、ふと呟いてみる。と、近くで機械いじり中の結菜嬢が、ドライバーを回す手を止めずに返してきた。


「パソコンの国盗りゲームにはまってるらしいよ」


「なるほどな。ゲーセンより、パソコンの季節なのか」


「まあ、好きにすればいいんだけど」


「お、寂しい感じか?」


「そういうわけじゃ……」


 からかわれたと認識されたのか、ゲーム筐体調整中の女子高生はすぐ冷静な顔に戻った。


 そこで話に入ってきたのは、店のバイトくんである。


「でもまあ、あの子がいると、店の雰囲気が変わるんだよな。なんつーか、ゲーセンの空気をかき混ぜる風みたいな」


「つむじ風かな」


 結菜がぼそっと言うので、俺は笑ってしまった。確かに、あの少女は空気を変える雰囲気を纏っているようでもある。騒がしくも賑やかで、どこか安心感があった。


 まあ、このゲームセンターという場所は本来、誰かが入れ替わりで現れ、いつの間にか風景になるものだろう。そして、定着するか去っていくか、となるのが自然だと思われた。


 それにしても、国盗りゲームとなると、舞台は世界だろうか。あるいは戦国日本か、架空世界か。パソコンの前で歴史を塗り替えていると思われる瑠夏は、不在でもなおこのゲーセンの空気の一部であり続けていることは、間違いなかった。


 そうなると、電子音に充たされているはずのこの空間が、変に静かに感じられるから不思議なものである。


「でも、あの子がいないとアヴェニューファイターの稼働率が一気に下がるんだよな。趨勢としてはボタン式の座り筐体がメインになりそうだし、うちもそろそろ入れ換えかなあ」


 このシリーズの二作目が出るのは、いつ頃だったろうか。実際には、感圧式ボタンと決別した二作目、「アヴェニューファイターツー」が爆発的な人気を呼んで、「アヴェツー」という愛称で広く認知されていくことになる。


 それでもこの初代は尖った技術も含めて、ブレイク前の前史として充分な爪痕を残したと言えそうだった。


 小学生の下校の波に飲まれそうになりながら家に戻ると、桐島姉妹の姿があった。年齢差のある二人だが、それぞれにエルリアや俺との関わりを持っている。


「蒼衣さん、おひさしぶりです。茜音さんも」


「もう、三年も前なのね……」


「はい」


 蒼衣さんがこの家で生じた襲撃の際に、献身的に救援をしてくれた様子は、今でも思い出される。そして、たまたま滞在していたミケも、彼女の膝でゆったりと過ごしていた。


 茜音さんは、ややきょとんとした様子である。噂に疎そうなだけに、もしかしたら俺の母と父の事件を知らないのかもしれない。


「蒼衣さんは、大学院は東都工業大学でしたっけ?」


「うん。大岡山まで通ってる」


「通ってるって言っても、わりと泊まり込みじゃない」


「そうなのよねえ……」


 姉妹間の遠慮ないツッコミに、蒼衣さんは苦笑している。ややお疲れ気味にも見える。


「茜音さんは、渋谷でしたよね。姉妹して都会派ですか」


「でも、やってることは神道や神社方面の民俗学だからねえ」


 照れたような彼女は、國學院に進んでいる。


「今日は、どうされたんです? 龍栖神社の研究ですか?」


「ううん。茜音が話があるんだって。悠真くんに」


「俺ですか?」


「ええ。沢渡商会の実質的な経営者である、あなたに。……龍栖神社で働きたいの」


「いいですよ」


「軽いわね。……バイトとかじゃなくて、将来的な神職として、なの」


「だから、オーケーですって」


「そんな軽くていいのっ?」


 茜音さんは、なんだか混乱しているようでもある。ただ、実際には、卒業が近づいたタイミングにでも、こちらから打診しようとしていた状態だった。


「いいんです。だって、そうなったらいいなって、年配の代理的な神職を手配してもらってたんですから」


「そうだったの……」


 机にへたり込んだ茜音さんの後頭部を、姉がぽんぽんと叩いている。


「一大決心をして、直談判をしに来たのよ」


「事前に相談してくれれば、伝えたのに……。神職専念ですか? 研究もされるんですか?」


「両方やりたい。まだ一般教養段階だから、確実とは言えないけど、実践しながら研究もして、両者を繋いでいきたいの」


「ぜひぜひお願いします」


「だから軽いんだってばー」


 文句を言われながらも、進みたい道を見つけた先達が眩しく見えていた。蒼衣さんもまた、研究者への道を踏み出しており、文理こそ分かれたものの、姉妹とも優秀性が際立つ状態だった。


 そこに、帰宅したばかりらしいエルリアが顔を出した。


「交渉はどうなりました?」


「無事に、神職候補が定まったわよ」


 澄まし声で応じたのは蒼衣さんである。机に突っ伏したまま親指を掲げる茜音さんの仕草は、映画のワンシーンのようだったが、確かその作品はまだ公開されていないはずだった。


「茜音さん、龍栖神社の行く末をお願い致します」


「ん。こちらこそですよ。エルリアと紗良ちゃんの舞頼みの龍栖神社なんだから」


「巫女舞は、神社のすべてではないと思いますけれど……」


「そんなことない。巫女舞の復活がなければ、あの神社は閉じられる運命だったのよ。今後も、巫女舞を前面に押し出していくことになるだろうから」


「そうなんですの……」


 エルリアは少し考え込んでいて、表情にはやや翳りがある。もしや、巫女舞からの引退を考えているのだろうか? まあ、既に舞の形は定まっているし、後継に譲るという選択肢もあるだろう。


 ミケは、話している間に蒼衣さんに撫でられ、眠りについたようだった。



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