【1989年7月】
「事民党が、参議院で過半数割れの情勢だってよ」
一時限目終わりの休み時間に、今日も綺麗に折りたたまれた新聞を手にした金田が、やや驚いた声を発した。
「朝のニュースによれば、ねじれ状態が確定したみたいだな」
応じた俺の言葉に、市川が続く。
「小野総理は、醜聞と大敗が重なっては、政権を維持できないだろうな」
「ねじれってのは……、どうなるんだ?」
「まあ、野党の主張を一部取り入れながら、進めていくんだろうなあ」
記憶では、海野氏が首相となり、苦しい政権運営を余儀なくされたはずだ。そして、彼が非事民連立のキーマンの一人となっていく。
「しかし……、マドンナ旋風って言うけどよぉ」
「それ以上は言うなよ」
「言わないけどさぁ……。ちょっと、なんてゆーか」
昭和ならいざ知らず、令和のコンプライアンス基準に照らすと、マドンナという表現の疑義表明は避けてほしいものである。
「都議選では「山が動いた」なんてコメントもあったらしいな」
「まあ、でも、本番は次の衆院選だよな」
市川の冷静さはさすがである。
「いや、俺にとっての本番は学期末テストだ。甲子園の予選で東亜細亜高校との事実上の決勝戦だし、どうすりゃいいんだ……」
我が都立西城高校野球部は、夏の高校野球選手権の一回戦を勝ち上がったものの、次戦で優勝候補との対戦が決まっていた。もしも実力で打ち破るようなら、長い夏になるだろう。
四番打者は、頭を抱えている。
「金田は、進学するんだったか?」
「いや、甲子園で大活躍してプロから声がかかるとかじゃなきゃ、消防志望だ。となれば、卒業はせにゃならんし、試験はあるし。……大一番を前に現実に引き戻すなよ」
甲子園出場は夢の域だとの自覚はあるようだ。
「まあ、夢破れた場合のことも考えておこうや、ここは、沢渡の出番かな。久世と一緒に、エルリアさんへの詰め込み勉強をしたんだろう?」
「まあ、それはかまわんが……。優秀さでは、市川の方が段違いだろうに」
「教えることのうまさは、別モノだろう。手伝うからさ」
「そりゃどうも。……なら、押さえるべき単元の洗い出しを頼めるか」
「ああ、もちろん」
「うむ。俺に教えられることを誇りに思い、成長の糧にするがよいぞ」
うんうんと頷きながら、金田が嘯く。
「一気にやる気がなくなったな」
「だなあ」
市川の言葉に賛同すると、慌てた様子で新聞が振り回された。
「冗談だって。頼むぜ、我が友よ」
……この人物は、俺の友人と言ってよい間柄なのだろうか。言葉を交わせば友人認定する向きもあると聞くが、そこの距離感は俺にはよくわからなかった。他愛もないやりとりができる相手なのは、間違いないのだが。




