【1989年1月】
年始の初詣対応でばたばたしたため、始業式間際が一息つける時期となった。正月の参拝者は多くはなかったが、それでも知人以外が訪れてくれる場面はあった。前の神職さんの時代も、特に神社側の準備がないまま、お参りをしてくれていた人たちというわけか。
正月はゆっくりするものだとばかり思っていたのだが、神社に関わるとなればそうも言っていられない。まあ、社務所でのんびりして、来客に甘酒や豚汁を振る舞うという状況だったので、準備を整えて回り始めてしまえば忙しいわけではなかった。
その日は冷え込む朝だった。ラジオから流れてきたアナウンサーの声は、いつもより静かで、張りつめていた。
「天皇陛下が、本日午前六時三十三分、崩御されました……」
日付まで覚えていた訳ではないが、おぼろげな記憶との齟齬はないようだ。それでも、自分でも驚くほど、胸の奥にずしりと重みが去来した。
おそらく前世では、時代の移り変わりを気にする余裕はなかったのだと思われる。この時点の俺は、町田の児童養護施設で勉強に打ち込んでいたはずだ。奨学金を獲得して大学に進めば、道は拓けるはずだと信じながら。
……いずれにしても、「昭和」という時代が終わった実感だけが、やけに静かに俺の中に落ちてきた。
それからしばらく、テレビも、新聞も、街の雑踏でさえも、どこか静かだった。
この国は、間もなく「平成」という新しい時代へと歩みを始める。その期間のほぼ総てが、いわゆる失われた三十年と重なるわけだ。
冷戦の終結と共に、世界はグローバル化へと加速し、バブル崩壊で痛手を負った日本は、その波に一歩遅れて流されていくことになる。
弾けたバブルは、膨大な不良債権を生み出す。その処理も拙いものだったとされ、金融機関を起点とする連鎖倒産も招いて、長い不況とデフレと政治の迷走が始まる。その影響が三十年にも及ぶとは、現時点では誰も想像できるはずもない。
震災、テロ、政権交代。ネット社会の進展と少子高齢化。変化は速いようでいて、本質的なことはなかなか変わらなかった。
テレビ画面に、大渕官房長官が手にした新たな年号が書かれた額が大写しになったとき、こたつにいたエルリアが問うてきた。
「へいせいって、どんな意味ですの?」
「国の内外、天地ともに平らかに成る、って意味らしいよ」
「それは、とても大切な祈りですね。わたくしの国でも、同じ方向の祈念が行われていました」
「本当だな」
天災はあっても、戦争に巻き込まれることはなかったのが前世での記憶となる。それ自体は、間違いなくいいことだろう。一方で、経済的には、失われた三十年と呼ばれる状態が続いた。
物価やGDPが平らなまま上がらなかったのは、この年号のせいではないのだろうけど、八つ当たりをしたい気分は生じていた。




