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【1988年9月】



 二学期の始まりは、重苦しい空気とともにやってきた。


 天皇陛下の容態が深刻だという報道が流れたのは、九月のはじめだった。新聞は「吐血」「重篤」と見出しを踊らせ、テレビは連日「昭和の歩み」を振り返る特集を流していた。


 街からは、急速に賑わいが消えていった。テレビのCMからも明るい音が減ったように感じられ、街のスピーカーやパチンコ店も音量を下げたそうだ。ゲーセンでも、自主的に音量を絞ったところがあるという。行事やイベントの縮小や延期が相次ぎ、どこか、社会全体が息を潜めているようだった。


「……なんか、いつもと違うね」


 瑠夏がぼそりと呟く声も、やや低い。


「まあ、昭和が終わるかもって、そういう感じだからな」


「まだ終わってないじゃん」


「うん。だけど、かもしれないって状況が、空気を重くするんだろうな」


 教室でも、歴史の授業中に昭和の歴史を振り返る時間が設けられたりした。戦争の話、東京オリンピック、高度成長、オイルショック……。生まれる前の出来事ばかりだが、長い時間が一括りとして語られることに、奇妙な現実味があった。


「昭和って、長かったのですわね」


 エルリアがそう口にしたとき、彼女にとっての「時代」の感覚が、俺たちとは違うものだと改めて感じさせられた。


 年が明ければ激動の昭和が終わり、停滞の平成が始まる。俺は、その中でどう生きていくべきなのだろう。


 ともあれ、エルリアの生きていく道は、広いものにしておきたい。そう考える俺の脳裏には、中島みゆきの「時代」のメロディーが流れていた。




 空気が乾き、風が少し冷たくなるお彼岸の頃。龍栖神社では秋祭りが開かれた。去年は晩秋だったが、今年はお彼岸近くに重ねる形としている。


 老神職の逝去から一年余りが経過した。神社の土地と建物は、正式に沢渡商会の所有となった。神職は、よその神社から代理的に派遣してもらう話がまとまりそうで、ひとまずは茜音さん……、桐島姉妹の妹さんが手伝いに入ってくれている。


 氏子総代は、紗良ちゃんのお父さんと、榊木のご隠居が共同で務める形となった。杉森氏にとっては、逃げ道が塞がれた格好である。まあ、どうにもきつそうなら、俺が引き継ぐとしよう。


 今回も巫女舞は、エルリアと紗良ちゃんの二人体制となった。美羽ちゃんも加わろうとがんばったのだが、本人的に二人で並べるレベルに到達できなかったらしい。ちょっと踊りが苦手らしい。


 衣装として導入された千早には金糸があしらわれていて、陽が落ちる頃の舞では灯明の光を受けてちらちらと輝いた。


 拝殿の周囲には、近所の子どもたちと、その保護者たちの協力を得て作った手作りの屋台が並ぶ。輪投げ、かき氷、焼きそば。ロールキャベツを小分けにしたらミネストローネに、若干炊き出し風味のあるカレーライス。


 子どもたちへはすべて無料で提供し、大人にもそれぞれ百円での販売となっている。


 雨宮瑠夏が手にしたかき氷をつつきながら、ぽつりと呟いた。


「こういうの……、いいね」


「ああ。神社は祭りを通して、地域の人をつなぐ場だったんだろうな」


「この辺りには、お祭りはあまりないものね」


 演舞台の上では、エルリアと紗良が静かに舞を始めていた。去年には残っていたぎこちなさが消え失せ、呼吸の合った二人の所作が観客を引き込んでいた。舞の緩急に、人々の呼吸も同期しているようだった。


「……あれ、練習したんだろうな」


 隣で、久世がぼそりと言う。


「うん。紗良ちゃんも、すっかり巫女さんらしくなって」


 風に揺れる衣装のひらめきと、秋の夜空が調和している。


「お、夏目も来たな」


 健吾かと思ったが、弟の康隆の方だった。先程は、ゲーセンで出会った島崎さんの姿もあったし、中神さんは浴衣姿で顔を出してくれていた。桜庭梨乃さんは、むしろ運営側として駆け回ってくれていたし、近隣在住の見知った顔が参加してくれているのは、うれしいようなこそばゆいような不思議な感覚だった。


 気がつけば人が集まっているのは、エルリアの人徳なのだろう。さすがは元貴族である。



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