【1988年8月】
武蔵小金井駅の北口の路地にある雑居ビルに、「プレイタウン・フラッシュ」は存在している。
冷房が効いているはずなのに、熱気がこもって感じられるのは、ゲームセンターの性質だろうか。夏休みだからか人の入りはなかなかなので、そのせいもあるのかも。
「……ああ、ここがやっぱり落ち着くな」
思わず口から漏れたのは、俺の心の声だった。前世でも、行き場所がないときには暗い空間に逃げ込むこともあったのだが、今回の人生ではより居心地がいい。
いつものゲーセン。ホームと呼べる存在。
そんな場所がどれほど貴重かは、骨身にしみている。
視線の先では、「アヴェニューファイター」の筐体の前で、瑠夏がガチャガチャと音を立てていた。
「このボタン、ちょっと効き悪くない?」
「どれどれ」
感圧式ボタンのラバーがへたっているのか、内部のバネが弱くなっているのか。瑠夏の指摘通り、強く押せば反応するが、反応速度が鈍く感じられる。
「バイトくん、直してよ」
「いやー、その調整、面倒でなあ。そろそろ……、かなあ」
「なにがそろそろなのよ」
「いやー」
のらりくらりとかわすバイトくんは、ちらちらと入口に視線を送っている。
と、自動ドアが開いて、入ってきたのは小柄な同世代の少女だった。俺の中の同世代センサーが反応しているので、プラスマイナス一歳の範疇に収まりそうだ。
彼女は何も言わず、まっすぐに「アヴェニューファイター」の筐体へ歩き、ドライバーを振るって操作台を開く。
バイトくんの近くにいた瑠夏が、戸惑いの混ざった声を発した。
「ちょっと、あの子……、勝手になんかやってるわよ」
「そーなんだよね……」
バイトくんの声は妙に曖昧だった。手早く作業を終えたその人物は、テーブル筐体エリアに回り、そのうちの一台を開いた。覗き込んで、なにやらいじり始めている。
瑠夏は格闘ゲームの筐体に近づき、ボタンを押して戻ってきた。
「直ってる……」
「だよねえ」
バイトくんは、やや他人事めいた反応である。
「ちょっと、それでいいの?」
言う間に、ドライバーを手にした女子が近づいてきて、バイトくんに向けて手を伸ばした。鍵束が躊躇なく手渡された。
「それはいくらなんでも」
「そーなんだけどさー、あの子、ウチで依頼してる修理屋より手際がいいんだよね」
そう言う間にも、奥まった筐体に腰を下ろして、何やら作業を始めていた。
「……っていうか、通電したままでいいの?」
「だいじょうぶみたいなんだよなー」
まあ、店側が許容しているのならよいのだろう。
瑠夏が痺れを切らしたように、作業中の人物に向かった。俺も、物見高くついていくことにする。
「ちょっと、あんた。何者よ。修理の心得があるの?」
問いかけると、彼女は手を止め、こちらを見ずに答えた。
「小金井工科の二年。島崎結菜」
「ゲームはやるの?」
「……壊れてなければね」
その静かな声に、瑠夏は何かを感じ取ったのか、ふっと笑って手を差し出した。
「なら、アヴェニューファイターで一勝負しましょう。あたしは瑠夏。雨宮瑠夏」
差し出された手に、彼女もそっと自分の手を重ねた。
瑠夏からは一年先輩に当たる年代のようだが、ゲーセンでの交流に年齢は関係ないだろう。
微笑ましく眺めている中で始まったバトルは、俺には到底ついていけないスピードでの、激しいせめぎ合いが繰り広げられていた。




