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【1988年4月下旬】


 沢渡家の客間に、かつてエルリアが着ていた制服姿の少女たちがいるのは新鮮な風景だった。


 杉森紗良ちゃんと松本美羽ちゃんが、この春から小金井翠中に上がっていて、今日は学校帰りに立ち寄っているようだ。


「悠真さん、制服姿は初めてですよね。後輩になりました」


 小走りにやってきた紗良ちゃんは、ぱっと明るい笑みを浮かべた。


「うん、似合っているね」


「お兄ちゃん、あたしはー」


「美羽ちゃんも、いい感じだね。着こなしはそれぞれだけれど」


 おとなしい印象の紗良ちゃんと、活発な美羽ちゃんは、入学からわずか二十日ほどで、性格がそのまま着こなしに現れていた。


 後輩であるのは確かだけれど、この周辺には公立の小学校、中学校、高校が密集していて、ほとんどの子どもが近場で十二年間を過ごすことになる。エルリアと俺は、北小金井高校には進まなかったけれど。


 ばあちゃんは機嫌よく、軽食の準備を進めている。翠中の二人は手伝いも含めての参加となっているが、それ以外にも一日に数人の子が顔を出すようになっていた。


 沢渡家で行われている食べ物と居場所の無償提供は、近所の井戸端会議でやり過ぎではないかと囁かれているらしい。近所の子に普通におやつを振る舞っていた時代は過ぎつつあり、施しと捉えて違和感を覚える向きもあるのだろう。また、家計が苦しそうなのに忌避している家庭もあるようだ。物乞いはしたくない、ということなのか。


 この頃はまだ、一億総中流なんて言葉が流布され、苦しい家庭が声を上げづらい状態にあったと思われる。だからこそ、こもれび食堂を利用してくれればと思うのだが、沢渡家が独自にやっているとなると、抵抗が出るのも無理はなさそうだ。


 どういう形にしていくかは、やがて考えなくてはならないだろう。


 そうこうしているうちに、紗良ちゃんは帰っていった。晩ごはんは、家族と食べるのだろう。


「さびしいかな?」


 美羽ちゃんが振り向いたとき、口許には柔らかな笑みが浮かんでいた。


「ううん。人それぞれ、家庭もそれぞれだから。お母さんが帰ってくるのを一人で待たなくてよくって、とても助かってるの」


 そう言って、片付けに加わるために台所へと向かっていた。気丈な子である。


 親に捨てられる子は多いが、美羽ちゃんのところではお母さんが必死に働いてもなお、回っていない状態であるようだ。


 高度成長期からバブルへと移行したこの時期、子育て関連の支援はまだ薄い状態にある。少子化についての警鐘は鳴らされていたが、真剣な対策が打たれることはないのは、前世での未来が証明している。


 せめて、子どものために苦労している人が、もう少し報われる世の中にしていきたい。そうなれば、苦境に置かれる子どもも、少しは減らせることだろう。


 ただ、その具体的な方策を描けるかと言われると、難しいところだった。せめて、手の届く範囲であがいてみるとしよう。



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