【1988年4月中旬】
「なんで、あんな二本立てにしたんだろうな」
映画館の廊下で項垂れる二人の女子高生を見ながら、久世がぽつりとつぶやく。俺は首を振りながら応じた。
「順番が逆だったら、まだ救われたかもしれないな」
小金井市に拠点を構えるスタジオジブリは、この春にアニメ映画……、「となりのトトロ」と「火垂るの墓」を二本立てで劇場公開した。その内容の落差は観る者にダメージを与えたと、後の世でも語り草となっていたが、同時代における感触は想像以上だった。
周囲から評判を聞いていた久世と、前世で予備知識を得ていた俺はともかく……。
視線を向けた先を察したようで、連れの人物が弁解を始めた。
「いや、雨宮に勧めたのは俺だけどさ……、まさか、エル様までお出ましになるとは思ってなかったんだよっ」
「そりゃ、トトロには惹かれるだろう。森の精霊って触れ込みだし」
「だがなあ……」
俺の論評に、久世は頭を抱えている。
ここは立川の映画館である。周囲では、はらはらと涙する母親を幼い娘が慰めていたり、優しげなお父さんがぐったりしていたりと、まさに地獄絵図である。エンタメってなんだっけ?
どうにか二人を連れ出して、歩道の少し広くなったところで一息ついた。柵に腰掛けた久世の前に仁王立ちしたのは、雨宮瑠夏だった。
「ちょっとさ、言いたいことがあるんだけど」
「すまん。出来心だった」
「久世っちは、こうなるって知ってたってことよね」
「事前情報で、予測はしていた」
「じゃあ、悠真っちは?」
「俺も、予備知識はあった」
「で、久世っちがあたしを誘うのを見て、面白がっていたと」
「いや……、すまん、ここまでの威力とは思わず……」
情報としては知っていても、実際に見てみるとダメージの大きさは想定を遥かに超えるものだった。
「百歩譲って、あたしはいいよ。でも、エルリアにこの仕打ちは、いくらなんでもひどくない」
「いいえ、わたくしは……、観たいと言ったのは私自身ですもの」
まだ蒼白な顔色だが、口調は気丈なものだった。
「こんなこと言わせるのはどうなのよ」
「トトロだけで退出するようにと勧めるべきだったな」
狙った訳ではないが、最初が「となりのトトロ」で、「火垂るの墓」へと続く流れだった。入れ替え制でもないので、一本だけ観ても二本とも観ても料金は同じである。ただ……。
周囲の親子連れも、もしかすると同様のもったいない的な思考が影響していたかもしれない。トトロだけでも観に来る人はいるだろうが、「火垂るの墓」だけでは動員数は望めないのも確かだったのだろう。それでも、ならば二本立てにしてしまえ、というのは尋常な発想ではない気もする。
「せめて、「火垂るの墓」が先だったら、まだよかったのかな」
「なに言ってんの、逆でしょ。「火垂るの墓」を先に観てたら、節子ちゃんの運命がサツキとメイに重なって、まったく別の受け止めになるってば」
瑠夏の断言にも理はあるが、実際にその組み合わせで観てみないとわからない気もする。……そう言えば、「となりのトトロ」の上映後に帰っていく観客は、残留組とはテンションが明らかに異なり、気遣わしげな視線が飛んでいたようでもあった。彼らが、先に「火垂るの墓」に触れた組だったのか。
「お手洗いでまた泣き出して、大変だったんだから」
そう言及されて、エルリアはちょっと気恥ずかしそうな表情を浮かべた。
「瑠夏さん、そのことは……。これまでも、戦災孤児や、貧困によって犠牲になる子どもがいることは、頭では理解していました。ですけど、これまで共感はできていなかったのだと思い知らされました。その意味では、いい経験でした」
頬にまた一筋の涙が伝うが、それを拭おうとする気配はなかった。
「アニメって、実写よりも物語に没入しちゃうことあるものね……」
瑠夏がエルリアを抱きしめ、ぽんぽんと背中を叩いた。そうされても拒絶しない程度には、二人の仲は深まっているようだ。
そして、後輩が久世と俺の方を睨みつける。その鋭い動きに合わせて、短髪が揺れた。
「いずれにしても、反省しなさい。本日これよりは、女子二名の傷心への対応に注力すること」
「いや、こっちだってダメージを……」
「返事は?」
「イエス、マム」
やや投げやりな調子で久世が応じる。まだ少し重たい空気を引きずりながら、俺達は駅方向に向かって歩き出した。




