表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/88

【1987年11月下旬】



 空は高く澄み渡り、風が金木犀の香りを運んでいた。陽射しの柔らかさの奥には、近づく冬の気配が感じられた。


 龍栖神社の境内には、手作り感漂う屋台が並び、色とりどりの布や飾りが風に揺れている。大通りの大型祭礼のような華やかさはないけれど、そのぶん、ここに集まった人々の体温が感じられる気がした。


 小さな子どもたちが焼きそばや輪投げに歓声を上げ、近所のお年寄りが縁台に座って湯呑みを手に談笑している。境内の一角には「こもれび食堂」組が集まって、お菓子を配っていた。


 そして演舞台には、青袴の巫女装束の少女二人が立っていた。


 一人は金髪碧眼で、髪が陽光を反射しているように見えるエルリア。もう一人は、ぴんと背筋を伸ば少女……、杉森紗良ちゃんだった。


 今回も雅楽の旋律が、簡素な再生装置から流れる。引き続き雨宮瑠夏が手配してきた音源が使われていた。


 せつなげで力強い響きが辺りに広がり、舞が始まる。


 エルリアの動きは、凛とした気高さに満ちていた。巻き髪を後ろで束ね、真剣な眼差しで舞う姿は、時を超えて現れた神代の使いのようでもある。


 対する紗良ちゃんは、ぎこちないながらも懸命にその動きをなぞる。まだ小学生の彼女は、ダンスに不慣れなようで習得に苦労していたが、だいぶ様になっていた。


 ふたりの動きが、やがてゆっくりと重なっていく。


 観衆の誰もが言葉を発せず、ただ静かに彼女たちの舞を見つめていた。


 亡き神職の娘さんが、目元を押さえているのが見えた。


 ラジカセから流れていた雅楽が鳴りやむと、子どもたちが歓声を上げ、拍手が響いた。


 紗良ちゃんが小さく息をつきながら、エルリアの袖をつまんだ。舞台の上での交流は、密なものだったのだろう。


 手を取り合った二人の笑顔が、夕暮れの陽に染まっていた。


「それで、氏子総代の話はどうなった」


 いつの間にか近づいていた榊木氏が静かな問いを投げてきた。


「それが……、今回は、手作り状態でして」


 ようやくそう答えたところで、巫女服姿の紗良ちゃんが駆けてきた。


「お兄ちゃん。エルちゃんの踊りがもっと凄くなっててね」


 話を遮られた形になっても、和装の老紳士は穏やかな表情を浮かべている。対して、駆け込んできたのは何度か顔を合わせている紗良ちゃんのお父さんだった。


「紗良。お話の邪魔をしてはダメだ」


 腰を落としての制止は、静かな口調で行われた。たしなめられて、しゅんとなった娘さんに微笑みかけている。


 立ち上がって謝罪をして、娘を連れて行こうとしたところで、杉森氏が呼び止められた。


「お主は、この地の住人か?」


「はい、すぐ近くに住んでいます。越してきて二十年程になります」


「生業は?」


「銀行員をしております」


 そんな話は聞いていたが、これまでは特に気にしていなかった。退避させた方がいいように思いながらも、榊木老に目で制せられてはいかんともしがたい。


「この神社をどう思う」


「娘が舞わせてもらったことを度外視しても、いい神社だと思います。恥ずかしながら、存在も把握していませんでしたが」


「神職が亡くなり、土地と社殿はこの若者が買い取った。神職は外から招けても、氏子がおらん」


「氏子とはなにをするものなのでしょう」


 さすがに、黙ってはいられなくなった。


「杉森さん、氏子の一人になるのならともかく、最初の一人になるのはご負担が大きいかと」


 言い終わらないうちに、ジロリと睨まれた。


「この神社を存続させたいのか、させたくないのかどっちだ」


「できれば存続で、と思っています」


 せめぎ合いからなにかを察したのか、杉森氏がちらりと娘に目線をやって、表情を改めた。


「お話を聞かせてもらってからの判断でも?」


「もちろんだ。かまわんだろうな?」


 ここまで言われてしまっては、もう逆らいようがない。


「はい。ご無理のないように……」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


【友野ハチ作品(電子書籍@Amazon)】
友野ハチのインディーズ形式での電子書籍がアマゾンにて販売中です。
2025/08/04~08/09の16時まで、全作品無料キャンペーン中です。よかったらお試しください。 「月降る世界の救いかた」「転生魔王渡世録」「戦国統一オフライン」「時限式平成転生」の各シリーズ全作品は「Kindle Unlimited」対象ですので、ご利用の方はいつでも追加費用無しでお読みになれます。

   
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ