【1987年11月下旬】
空は高く澄み渡り、風が金木犀の香りを運んでいた。陽射しの柔らかさの奥には、近づく冬の気配が感じられた。
龍栖神社の境内には、手作り感漂う屋台が並び、色とりどりの布や飾りが風に揺れている。大通りの大型祭礼のような華やかさはないけれど、そのぶん、ここに集まった人々の体温が感じられる気がした。
小さな子どもたちが焼きそばや輪投げに歓声を上げ、近所のお年寄りが縁台に座って湯呑みを手に談笑している。境内の一角には「こもれび食堂」組が集まって、お菓子を配っていた。
そして演舞台には、青袴の巫女装束の少女二人が立っていた。
一人は金髪碧眼で、髪が陽光を反射しているように見えるエルリア。もう一人は、ぴんと背筋を伸ば少女……、杉森紗良ちゃんだった。
今回も雅楽の旋律が、簡素な再生装置から流れる。引き続き雨宮瑠夏が手配してきた音源が使われていた。
せつなげで力強い響きが辺りに広がり、舞が始まる。
エルリアの動きは、凛とした気高さに満ちていた。巻き髪を後ろで束ね、真剣な眼差しで舞う姿は、時を超えて現れた神代の使いのようでもある。
対する紗良ちゃんは、ぎこちないながらも懸命にその動きをなぞる。まだ小学生の彼女は、ダンスに不慣れなようで習得に苦労していたが、だいぶ様になっていた。
ふたりの動きが、やがてゆっくりと重なっていく。
観衆の誰もが言葉を発せず、ただ静かに彼女たちの舞を見つめていた。
亡き神職の娘さんが、目元を押さえているのが見えた。
ラジカセから流れていた雅楽が鳴りやむと、子どもたちが歓声を上げ、拍手が響いた。
紗良ちゃんが小さく息をつきながら、エルリアの袖をつまんだ。舞台の上での交流は、密なものだったのだろう。
手を取り合った二人の笑顔が、夕暮れの陽に染まっていた。
「それで、氏子総代の話はどうなった」
いつの間にか近づいていた榊木氏が静かな問いを投げてきた。
「それが……、今回は、手作り状態でして」
ようやくそう答えたところで、巫女服姿の紗良ちゃんが駆けてきた。
「お兄ちゃん。エルちゃんの踊りがもっと凄くなっててね」
話を遮られた形になっても、和装の老紳士は穏やかな表情を浮かべている。対して、駆け込んできたのは何度か顔を合わせている紗良ちゃんのお父さんだった。
「紗良。お話の邪魔をしてはダメだ」
腰を落としての制止は、静かな口調で行われた。たしなめられて、しゅんとなった娘さんに微笑みかけている。
立ち上がって謝罪をして、娘を連れて行こうとしたところで、杉森氏が呼び止められた。
「お主は、この地の住人か?」
「はい、すぐ近くに住んでいます。越してきて二十年程になります」
「生業は?」
「銀行員をしております」
そんな話は聞いていたが、これまでは特に気にしていなかった。退避させた方がいいように思いながらも、榊木老に目で制せられてはいかんともしがたい。
「この神社をどう思う」
「娘が舞わせてもらったことを度外視しても、いい神社だと思います。恥ずかしながら、存在も把握していませんでしたが」
「神職が亡くなり、土地と社殿はこの若者が買い取った。神職は外から招けても、氏子がおらん」
「氏子とはなにをするものなのでしょう」
さすがに、黙ってはいられなくなった。
「杉森さん、氏子の一人になるのならともかく、最初の一人になるのはご負担が大きいかと」
言い終わらないうちに、ジロリと睨まれた。
「この神社を存続させたいのか、させたくないのかどっちだ」
「できれば存続で、と思っています」
せめぎ合いからなにかを察したのか、杉森氏がちらりと娘に目線をやって、表情を改めた。
「お話を聞かせてもらってからの判断でも?」
「もちろんだ。かまわんだろうな?」
ここまで言われてしまっては、もう逆らいようがない。
「はい。ご無理のないように……」




