【1987年10月下旬】
相談のために訪問したいとの依頼を、榊木氏は快く受けてくれた。ただ、条件がついた。
「お久しぶりです。休日に押しかけてすみません」
「なんの。隠居の身だ、気にするな。……少し背が伸びたか」
「そのようです。祖母からは、まだ問題ないと言われておりますが」
話題になっているのは、俺が来ている和服の丈のこととなる。和装カフェで借りたものを、もらい受ける形となっている。
「ああ。もう少し伸びたら、別のものを準備しよう」
「いえ、そのようなわけにも……。ですが、榊木さんの紋の入った服を着させてもらってよろしいのでしょうか?」
「いや、榊木と沢渡家の紋は同じだ」
「そうだったんですか」
「知っているかと思って、話題にも出さなかったな。……うちと沢渡家は、元を辿れば同族なんだ。用土家の血筋で、遡れば武蔵七党の猪俣党に連なる」
「ははぁ」
「となりますと、沢渡家は貴族だったんですの?」
桜色の和装姿のエルリアが、ジト目をこちらに向けてくる。本人が把握していなかったことに呆れているのだろうか。
亡き母親である沢渡香澄は、俺の生物学上の父親である鬼塚某とは婚姻関係を結んでいない。シングルマザーの息子である俺は、血筋としても関係性としても沢渡家の跡継ぎということになるのか。
「いや、華族には叙せられていない。武家の末裔だな。……用土家は藤田家から分かれた支族でな。藤田氏は後北条からの養子が家を継いで、後に途絶えている。用土氏は地場に根を張って、その一部がこの武蔵に来たんだ。榊木も沢渡もその支族だ」
「公卿と武士が華族になったと教わりましたけど、違うんですの?」
「武家のうち、明治まで生き残った家が華族となった、と理解してよいだろう。用土家は、その頃には既に武家としてのまとまりは維持していなかったのさ」
「没落貴族ということですの……」
エルリアの呟きは、老紳士の耳には届かなかったようだ。
「それで、用件というのは、神社のことか?」
「お見通しでしたか。龍栖神社の敷地と建物は譲り受けることになりましたが、外側だけあっても神社にはなりません」
「実際には、神社としての役割を果たしておらんかったしな」
「おっしゃるとおりで。派手な存在にするつもりはありませんが、地域を見守る存在にはしていけたらと考えています」
「神職の当てはあるのか?」
「現時点ではありません。若い世代で一人、候補はいますが……」
桐島姉妹の妹、茜音さんが研究の傍らで実践もしてくれたなら理想的なのだが、まだ打診もしていない。
「ならば、当面の間だけ任せられる老神職を招くか。大きな神社から、気の回る人材を回してもらえればいいだろうな。……それはそれとして、氏子代表はどうする。氏子組織も崩壊しているんだろう?」
「元々、規模的には小さかったようですが、断絶があったようです」
「老人世代だけ集めても、将来に繋がらないからな。若い世代を集めていくしかないだろう。……寄付金を小さめにして、行事への参加だけでも求める形からかな」
ここでエルリアが、問いを返した。
「行事とは、どれくらい実行していくべきなのでしょうか」
「初詣対応、秋祭り、七五三くらいまでは、地域の社として最低限やっていきたいところだな。あとは、要望があった際の祈祷対応までできればとりあえずの格好はつくだろう」
「より対応するとしたら、どうなります?」
「節分の豆まきに、葬式と結婚式にも対応できれば理想的だな」
「思ったより多いのですね……」
エルリアの吐息が、卓上にこぼれた。
「まあ、先のことを考えすぎても仕方あるまい。秋祭りをして、参拝を受け入れれば、まずはいいさ。そうしている間に、氏子組織を構築していけばいい」
「氏子代表を、お願いできませんか?」
「若いものの代表者を見つけることだ。後見くらいならやってもいいが、前面に出るのは差し障りがある」
よその寺社との兼ね合いもあるのかもしれない。
「努力します」
「土地に根ざした者であるべきだろうな」
なかなか重い宿題を出されてしまったが、助力を引き出せたのを喜ぶべきなのだろう。




