【1987年10月上旬】
その日、小金井のゲームセンターにひときわ目を引く筐体が出現していた。
店の一角に設置された立ちプレイ専用筐体。上部に掲げられたタイトルは、「アヴェニューファイター」。
画面では、いかにも筋肉質の格闘家が、波動技を放っていた。
「ついに、ここにも入ったんだ」
隣で、雨宮瑠夏が興味深げに腕を組む。彼女はこの手の新作には敏感で、既によそでプレイ済みのようだった。
「対戦、やる?」
「俺でよければ。でも、多分瞬殺されるぞ」
「いいのいいの。初日だもん。お祭りだよ」
そんな流れで、俺と瑠夏は画面に向かった。対戦台仕様で、プレイヤーが肩を並べる形となる。
圧力ボタンの強弱で技を指定する方式は、初代限定の特殊仕様で、瑠夏でも完全な把握は簡単ではないだろう。ワンチャン、上回れるかも……。
「お手柔らかにね」
ふふっと漏らされた笑みは、その後に生じる状況の前兆だった。
開始数秒で、早くもダウンを奪われた。立ち上がったところで、決め技を食らう。しかも、高速回転蹴りまで。
「いや、待て。なんでそんなに使いこなしてるんだ」
「ベーマガで学んだのだよ」
「あの、全然ベーシックじゃない雑誌の読者だったのか!」
冗談はさておき、さすがにこれでは勝負にならない。相手もそう思ったようだ。
「じゃあ、次は防御しかしないから、好きに操作してみていいよ」
「しかし、コマンドがなあ」
しょうがないなあ、と言いながら瑠夏は惜しげもなくコマンドとコツの講義を始めた。その場にいた面子も、少し距離を置きながら拝聴モードに入る、中でもバイトの青年は慌てて帳面を取り出して、真剣に書き込んでいた。
試行錯誤しつつ、どうにか基本必殺技のひとつを出せるようになったところで、時間切れとなった。
「いい授業だったよ」
一人プレイに入った瑠夏が、振り向いてゲームセンター内を見渡す。
「われこそはって猛者、いないかなあ? ちょっと、君。お試しでもいいよ」
声をかけられた中学生らしき少年が、遠慮がちに近づいてくる。まだ制服姿のまま、鞄も足元に置いたまま。
「……いいんですか? 初めてなんですが」
「もちろん。遠慮しないで。あたしも、もうちょっと対人の練習したいし」
その日、筐体を前に瑠夏によるスパーリングが展開される流れとなった。
後日、店員の青年が、手作りのコマンド解説表を掲示し、立ち位置の間に簡易的な仕切り板を設けていた。店のオーナーに掛け合って、整備したらしい。
そして、注意書きも貼られた。
「乱入NGなら、NG札を立ててプレイしてください。札が無ければ、いつでも乱入OKです。対戦希望の方は、2P側の後ろにお並びください。乱入側は交代制」
場末のゲーセンで、自然と対戦の輪が出来上がっていった。敗者が並び直す際には、静かだけれど熱のこもった空気が漂う。
コインを入れ、ボタンとレバーで分身を操作し、技を繰り出す。そのやり取りの中で、互いの名前も年齢も知らぬまま、確かなリスペクトと、少しのライバル心が交差していた。
「……こういうの、悪くないね」
観戦に回っていた瑠夏が、そう呟いた。
連れ立って来店する客があまりいないこのプレイタウン・フラッシュでは、会話が交わされることは多くない。名も知らぬ者同士の、奇妙な一体感めいた交流がそこにはあった。




