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【1987年8月末】



 沢渡商会の株式投資による資金運用については、夏目健吾から忠司さんに移管が済んでいる。そして、予定通りの動きが進められていた。


 電話を切った頼りになる人物が、こちらに顔を向けた。


「すべての売り決済が完了しやした」


「手数をかけてしまってすみません」


「いえいえ。次は、秋に買い直し想定でよろしかったですか」


「はい、その間は一息入れてもらってだいじょうぶです」


「承知しました。春のNTT株と合わせて、利益は三億二千万円ほど。……税率は合計で五十五パーセントほどとなる見込みです。節税は無しでよいんですな?」


 どこか試すような視線が飛んできている。


「ええ。少なくとも今回は、素直に納税していく想定です。国税当局に目をつけられたくないので」


「今回で終わりでないのでしたら、初手から万全の節税をかけるのは、確かにうまくないかもしれないですな。……いったん下落するというのは確定ですか?」


「おそらく。波乱が生じないとわかったら、そこで買い直します」


「その先は、再来年一杯で売却でしたか」


「1989年の大納会で、全株売却想定です。……しつこいですが、創始会サイドで不動産で仕掛けるのなら、翌年の1990年の春になるまでには手仕舞いしてくださいね」


「なんとか、その方向で進めます」


「……やはり、抵抗がありますか」


 忠司さんは、やや苦い表情を浮かべている。


「種銭を作るにあたって、坊っちゃんの言葉を元にしているのですが、信じ切れていない者もおりまして」


「まあ、俺としては、沢渡商会の分だけコントロールできれば、後はどうなってもいいんですけどね」


「そう仰らずに。……しかし、高校生で億万長者ですな」


「いえいえ、会社のお金ですから。お陰で、綺麗な種銭が準備できました」


「種銭……ですか。1989年末がゴールではなく?」


 そう言えば、全体像は話していなかったかもしれない。


「むしろ、そこがスタートですね。まずはアメリカ株と、下げきったところからの日本の不動産、株式を、と考えています」


「うまく資金を転がしていけたとして、なにに使うのです?」


「そうですね……、少しでも世の中を良くするために?」


 つい疑問形になってしまい、忠司さんに小首を傾げられた。


「世の中といっても、なかなか広いですが」


「正直、まだ固まっていません」


「その方が自然なのかもしれませんな……。創始会は、どう動くべきですか?」


「資金確保の話でしたら、不動産で一旦利益を確定した後に、暴落によって下がった後で仕込んでいく形でしょうかね。資金繰りに困った、資産持ち企業を買い漁るのもありです」


「資産持ちとは、つまり土地持ちの会社ですかな?」


「土地だけでなく、人材でも、技術でも。……ただ、企業買い取りに乗り出すなら、別資本の会社を立ててもらった方がいいのかも。状況が安定すれば、それらを元手にまた仕掛けられます」


「坊っちゃんには、どんな世界が見えているのです?」


「さて……、見誤っているかもしれませんし。乗るも乗らないも、忠司さん次第です」


「いや、神後のオヤジ次第ですな。ただ、あまり先走ってもよくありやせん。まずは目先のことを進めるとしましょう」


「頼みます。次は、原則的には同じ銘柄をと考えています。ただ、その日にどうしても、みたいな話とはなりませんので」


「承知しました」


 一礼して、忠司さんは辞去していった。健吾との気楽なやり取りが懐かしくもあったが、安定感もまたよいものだった。まとめて管理されているだろう資金の色合いの濃淡さえ気にしなければ、ではあるが。




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