【1987年7月下旬】
エルリアが旅から帰ってきた。同行者は雨宮瑠夏と、交流を深めている桐島茜音嬢だった。高二、高一、中三の三世代の取り合わせとなる。悪役令嬢がこの世界に来て初めての旅は、茨城にある宮水神社を目的地としていた。
「楽しかったけど、疲れたねー」
「ちょっと強行軍でしたものね」
縁側で足を投げ出している瑠夏に、エルリアが微笑みを投げている。
「どんな旅だった?」
「電車を乗り継いでいったんですけど、空いていましたし、おしゃべりしながら行ってきました」
「乗り継ぎはだいじょうぶだった?」
「瑠夏さんが時刻表で調べてくれましたので」
鉄道に詳しいというよりは、情報処理的な感覚でこなしたのかもしれない。この時代、インターネットの経路検索で最適解が得られるわけではない。
「この辺りと風景が違うのも新鮮でした。都会も初めて訪れましたので……」
「そうそう、エルちゃんが新宿の高層ビル街にうっとりしててねえ。今度、ゆっくり遊びに行こうね」
瑠夏とエルリアも、すっかり馴染んでいるようである。
「その神社は、祀神が罔象女神のところなんだよな」
「ええ。龍に結びつけられることも多い、水の神様です。あちらは、かつての香取海との関連もあったのかもしれません。さすがに龍栖神社のことはご存じなかったですけれど」
香取海とは、まだ利根川が南下して江戸湾に流れ込んでいた頃の、霞ヶ浦を巨大化させたような湖だったらしい。
「神社での情報収集はできた?」
「ええ。とてもよくしていただきました。あちらの巫女舞の記録も残っていまして」
「実際の舞は、残っている?」
「いえ、残念ながら。ただ、年配の氏子の方に話を聞くことができまして」
だいたいの動きから、系統が把握できたそうだ。見せてもらった写真の中で、鳥居に不思議なデジャブを感じたものの、まあ、気のせいだろうか。
そこに、散歩に出ていたばあちゃんが戻ってきた。
「あら、お帰りなさい。巫女舞については、なにかわかった?」
「一応、系統はわかりました。近代の舞が行われていた時期もあったようですが、基本は神楽系だったようでして」
「巫女舞には、そんなにいろいろな系統があるの?」
「ええ、明治の始めに、神の憑り代的な存在を否定する流れが生じて、一度断絶があるのです。やがて中央主導で復興された近代の舞を否定するつもりもないのですが、それ以前の地域に根ざすものが伝わっているのなら、また話は別でして」
「で、どんな……」
「物語の一部ではあるようなのですが、龍に対して力を収めてくれと祈る流れのようです」
「荒御魂的な対象を鎮める、ということかな?」
「よくご存知ですね。はい、鎮めつつ、尊ぶという構成だと理解しました。特徴的な動きは、こうなります」
茜音さんがポーズを決めるのを、ばあちゃんは微笑んで見つめている。
「さすがに、振りまでは覚えていないのよね。袴が青だったことくらいまでで」
「あちらは通常の赤だったようです。龍栖神社が青袴を使っていたのなら、水の神を象徴していたのかもしれません」
エルリアと瑠夏は、考えるのは彼女に任せているようで、既にくつろぎモードに移行していた。まあ、夏のお出かけ後には、ゆったり過ごすべきではあろう。
ただ、子どもたちが遊びに来て、おやつが出される展開になると、二人も準備を手伝ってくれた。賑やかな夏の午後の時間が過ぎていった。




