【1987年7月23日】
夏休みに入ったばかりの西城高校は、炎暑の中でも稼働している運動部を中心に、そこそこの人出となっている。
俺が休日であるにも関わらず顔を出していたのは、久世から「ちょっと見てほしいものがある」との誘いを受けたためだった。現状は、沢渡商会の投資業務の方は相場任せだし、家事もばあちゃんが張り切っているため、時間的な余裕はある状態で、時間があれば立川にある都立の多摩図書館で資料を漁っている状態だった。
この日は、午前中は神社関係の書物を調べるエルリアと茜音さんと図書館で過ごし、昼に分かれる流れとなった。二人は、調査結果を元に龍栖神社の神職さんにさらなる聞き取りをしたいそうで、小金井へと戻っていった。
校庭から陽炎が立ち上るくらいの猛暑日に、俺は科学系の教室が集まる一角へと歩を進めた。
久世ももちろんまだ一年生なのだが、化学部を主軸に、物理部と生物部、天文気象部にも出入りしていて、理科系の教室では自由が効く状態のようだ。ちなみに、俺は歴史研究同好会で緩やかな活動を行っている。
この日の相談事は、水路を利用した発電に、夜間揚水を兼ね合わせた模型についての話だった。構造自体は、バッテリーも使って目処がついているものの、見せ方で煮詰まっているのだそうだ。
「でも、俺も別に見せ方に通じているわけじゃないんだけどな」
「それがな、少人数でやっていると、なにで悩んでるのかわからなくなってくるんだよ」
まあ、そういうこともあるかもしれない。
学園祭での展示としてなら、滝のように大げさにした方がわかりやすいかも、とか好き勝手に言っていると、なにやら感心されてしまった。どうも、実際の縮尺にこだわるのが当然の共通認識になっていたらしい。
「形はだいぶ変わるかもしれないけど、確かに派手になるな」
「うん、滝にするのはやりすぎでも、はっきりわかるのはいいかもね」
ほにゃっとした表情でそう応じた人物は先輩らしいのだが、まあ、そこの人間関係に口出しする必要はないだろう。
「スイッチを入れたときに、ガイドの豆電球を光らせる、なんてのもいいのかも。こう、ポチッとしたときに」
久世がレバーを倒した、そのタイミングで照明が消えた。暑さ対策でカーテンを閉めていた関係で、室内が暗転する。
「ん? ブレーカーが落ちたか? って、それほどの電力は使ってないよな」
先輩が、窓に歩み寄ってカーテンを開く。
「空調も止まったみたいだけど。……やや、信号が消えてる?」
窓からは、少し先の通りが見通せる。確かに、信号の灯りが見えない。
「停電か……、大規模なのかな?」
「すぐには復旧してないってことだもんな。……いずれにしても、構想のやり直しだから、今日はお開きにしましょうか。悠真、悪いな」
「いやいや、お役に立てたのならなにより」
とりあえず装置を教室の隅に移動させて、久世と俺は校庭へと出た。停電の範囲によっては、帰りの足の心配が必要となる。物理部所属の先輩は、徒歩通学勢だそうだ。
校舎の正面入口の方に向かうと、半袖ポロシャツ姿の人物が周囲を見回していた。
「あれは、……市川、だよな」
「だなあ。我ら同期の首席確実な、文理両刀の切れ者様だ」
「久世だって上位なんだろ?」
「俺は、理系特化でな」
市川は右手にトランシーバー、左手に携帯ラジオの二刀流状態だった。俺たちに気づくと軽く手を挙げて話しかけてきた。
「久世と……、沢渡だったよな。校内にいたのか」
「ああ、学園祭の展示絡みでな。停電なのか?」
「首都圏での大規模停電らしい。電車も一部止まってるってさ」
「マジか……。地震とかじゃないよな?」
「それはないみたいだ。電圧低下でのブラックアウトなんだろう」
「需給予測がずれたってことか」
俺の反応に、市川の目つきがやや鋭くなった。
「電力供給の調整について、把握しているのか?」
「ん? ああ。常に供給と使用量が一致している必要があり、どっちに振れても駄目なんだろ。原発やら太陽光とかは出力を好きにいじれないから、火力とかで細かい調整をする必要があるって話だよな」
「よく、そこまで理解しているな」
「……いや、たまたま知っていただけさ」
前世で、再エネ関連の助成金関連の職場に派遣されていた時期があって、そこで得た知識となる。少しその頃を懐かしんでいると、市川が話を向けてきた。
「なんだか把握度が高いようだから、聞いてもいいか? 防災の観点では、こういう停電をどうすれば防げるかな」
俺は少し考えてから、口を開いた。
「需給予測の話か、調整手法の話かによるけど、大規模な蓄電池があれば、両面からの調整は効きやすいだろうな。現時点の技術では、夢物語だろうが」
「電力会社の管内全体で、ってことか?」
「そこは、地域ごとに電力網を分割しておいて、地域発電と蓄電池で自活できるようにする感じだろうな。大消費地の調整は難しいだろうが、末端だけでも維持できれば、広範囲の停電は避けられるんじゃないかな」
「要は、電気の貯蓄と地域の自立ができればいいってことか」
「そんな感じだな。さらに言えば、太陽光とか風力みたいな、気象条件や時間帯で出力が変動する自然エネルギーも、蓄電池があれば活かせるようになる。純粋な蓄電池でももちろんだし、余剰時に水を高い場所に移しておく揚水発電も、同じことだな」
市川が黙って考え込んでいる。口を開いたのは、久世の方だった。
「なるほどな。だが、蓄電池は……、電力網全体に対応するほどの容量のものは、確かに夢物語だなあ」
「現時点ではな。ただ、原発の安全性は万全とは言えないし、石油や天然ガスに頼るのも危険だから。太陽光や水力、潮力なんかを利用しつつ、調整を大容量蓄電池で行えるようになったら、色々と安定してくれるはず」
「歩き始めなければ、辿り着けないってことか」
市川の呟きは、ラジオから漏れる音声に紛れそうな音量だった。
「詩的な表現だな。でも、そのとおりだと思う」
「柄にもないことを言っちまったな。……中央線は、遅れながらも動き出したようだぞ」
「独自電源があるってことか」
「一部復旧している地域もあるらしい」
「なら、とりあえず駅に向かおうや」
「信号も消えてるみたいだ。気をつけてくれ」
「ん。ありがと」
歩き出したところで手を振ると、市川はトランシーバーに応答しながら、振り返してきた。入学してまだ三ヶ月のはずなのだが、仕切り役に回っているのは久世と同様のようだ。
大通りでは警官が出て交通整理が行われていて、駅周辺こそやや混乱していたものの、電車はゆっくりながら動き出していた。帰路の途中で久世と分かれて、沢渡家へと向かう。その間も、ある程度顔を見知った人たちが、不安そうにいつもと違う動きをしているのが見受けられた。
一方で、道中の草地では、ミケが普段と変わらず寝そべっており、こちらに穏やかな視線を向けてきていた。あいさつに来てくれるときもあるのだが、今日はアスファルトが熱いからか、立ち上がる様子はなかった。あるいは、微睡んでいるのかもしれない。
帰宅すると、庭にはホースが持ち出され、近所の子供達が水着姿で水遊びをしていた。エルリアが水をかけられて笑っている。
と、俺を見つけたばあちゃんが声をかけてきた。
「悠真、おかえり。スイカ冷えてるわよ」
「さっき、かき氷を作ってみんなで食べたのです」
エルリアの言葉に、喉が鳴ってしまった。
「そうか、氷が溶けちゃうからか」
「そうなのよ、晩御飯は冷凍のお肉とかで、ちょっと豪華になりそう」
ばあちゃんが苦笑する様子に、俺は安堵の息を漏らす。心配していたのを察せられたのか、ちょっといたずらっぽい笑みを浮かべた。
「停電なんて、昔はいくらでもあったのよ。戦時中じゃなくてもね」
その言葉が終わると同時に、庭から見える街灯がふわりと輝き始めた。
「あら、復旧したみたいね」
子どもたちの歓声が上がり、ちょっとした騒ぎもようやく収束を迎えた。




