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【1987年6月】


 梅雨の晴れ間で空が茜色に染まるある夕。名前に夕焼けの色を宿す桐島茜音嬢が沢渡家の居間で寛いでおられた。


「いやぁ。寛ぐわあ。……ごめんね、悠真くん。初めて寄らせてもらったのに」


 エルリアは、麦茶のお代わりを注ぎに台所へ向かっていた。


「かまいませんよ。畏まられているよりは、とても助かります。……蒼衣さんはお元気ですか?」


「うん、たぶん。あんまり帰ってこないんだけどね」


 ほうっと息を吐くくらいにリラックスしてくれているのは、よいことなのだろう。エルリアを訪ねてきた際はだいぶ緊張していたようで、こちらが素なのだろう。人が苦手との本人評は、最初の関係性づくりの不得手さからなのか。


「はい、おかわりどうぞ」


「エルちゃん、ありがとー」


 金髪碧眼の公爵令嬢が、なにやらくすぐったそうな表情を浮かべている。


「それで、龍栖神社はどうだった?」


「いいお社よね。老神職の方に話を伺ったら、縁起や古い宝物まで見せてもらえて。祀られているのは罔象女神みづはのめのかみ豊玉姫命(とよたまひめのみこと)だけど、五龍信仰というのが根幹にあるらしくて」


「五龍?」


「奥多摩方面には、多摩川を含めた渓流を龍になぞらえる伝承があるらしいの」


「多摩川は、だいぶ南を流れてるけど」


「地形的には、遥か昔には小金井やさらに北を流れていた時代もあったんでしょうし」


「なるほど……。川が龍なら、水龍ってことか」


「それで、水に繋がりのある神様を祀ったと考えると、流れが綺麗かな」


「神社の成立前に、民間信仰があったと?」


「確実に遡れたのは江戸期までだった。郷土資料を調べてみようと思ってる」


 まだ高校生のはずだが、史料に当たるとはまっとうなことだ。


「玉川上水に面しているのと、関連はあるのかな?」


「そこまではわからないけど、水神絡みの関係性が深まったとかは、ありそうな話よね」


「そして、いつしか忘れ去られたか」


「まあ、国分寺崖線の北で水神といっても、実感がわかないでしょうし」


「それは確かに。小金井が黄金の井戸の意味だとしても、それは崖下のハケの道の話でしょうから」


 多摩地域のこの辺りは、国分寺崖線と呼ばれるかなり高低差のある崖があって、崖下から湧き水が流れ出て野川に合流する地形となっている。となれば、さらに北の神社が水神と絡むのは、やや違和感がある。


「ですけど、気配を感じたのです」


 茜音さんと俺の対話を聞いていたエルリアが、厳かな声音でそう言明した。


「龍の気配を?」


「なんであるかの判別はつきませんが」


「エルちゃんは、そういう感覚を持ってるの? 他に、人ならざるものの存在を感じたことは?」


「これまではありません。火山の噴火は、事象としては凄かったですけど、霊的なものかどうかは」


「まあ、あれはテレビ越しだったしな。となると……」


「奥多摩や高尾山、伊勢や熊野辺りに連れていってみるのもよいかもね」


 そんな話をしていると、台所からお菓子の盆を持ってきたばあちゃんの声が届いた。


「昔はね、巫女舞もあったんだよ。わたしは嫁入り前に地元で舞ったことがあったから、興味があったんだけど」


「ばあちゃんは、出身はどこだっけ」


「村山よ。狭山の丘の南麓の辺り」


「武蔵村山か……。東京都内で唯一鉄道がないんだっけ?」


「そうなのよね……。住んでいた頃は、それが普通だったんだけど。でも、バスはあるのよ」


「巫女……、トミさんは、神の使いだったのですか?」


 エルリアは、どこか感嘆の表情である。一方で、ばあちゃんは恥ずかしそうに首を振った。


「そんな大層なものじゃないのよ。神様に舞を奉納する役、くらいの立場かしら」


 そこで手を挙げたのは、茜音嬢だった。


「龍栖神社での巫女舞は、なにか特徴はありましたか?」


「そうねえ……。舞の形も違っていたけれど、それより袴が青だったのを覚えているわ」


「女性の神職さんが舞っていたのではなく?」


「そうではないと思うんだけど……。ただ、そこからは戦争でそれどころじゃなくなっちゃって」


「なるほど……。龍栖神社の祀神が罔象女神みづはのめのかみだから、もしかしたらそれ系のよその神社に巫女舞が残っていれば……」


「復元できるということですの?」


「とりあえず、探してはみるわ。でも、期待はしすぎないでね」


 それは無理な話なようで、エルリアは目を輝かせていた。



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― 新着の感想 ―
神社探索の話が唐突に出てきたように読めるのですが 連載で読んでるので記憶が抜けてるのかな
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