【1987年5月】
植田に戻っていた鳴海忠司氏が、沢渡家を訪ねてきた。今後の投資方針についての相談だった。
というのも、創始会側でもNTT株を仕込んでいて、同じタイミングで売り抜けたそうで、その先の展望を描きたいようだ。
「まあ、額は聞きませんが、ある程度の資金があると考えてよいのですか?」
「そう捉えてもらってかまわんです」
「株式をお望みで? 株なら、沢渡商会の銘柄選択に同調してもらってかまいません。実際の取捨は、健吾に任せてありますが。株以外なら……」
「なんです?」
「不動産でしょう。首都圏中心の。縄張り的に問題がなければだけど」
「開発するとなると、差し障りが出ましょうな」
「いや、売り抜けの想定だね。……予言をするつもりはないけれど、ここからあと二年半、1989年いっぱいまで、資産ならなんでも上昇する狂乱のような局面が生じると見ています。値幅が大きいのは、やはり不動産になるでしょう」
「なるほど……」
「多くのプレイヤーが、土地を買い漁る。ただ、他の人たちはその先も上がると考えて行動しているから、手仕舞いをしっかりすれば、逃げ切れると思う」
「坊っちゃんは、株に集中ですか?」
「俺は、現時点で不動産に手を出すのは難しいからね。株は、多少の浮き沈みはあれど、再来年……、1989年の大納会ですべて売却する想定だよ」
「坊っちゃん……。聞いてもいいですか」
真剣な瞳が向けられてきた。こちらも、心して応じるべきだろう。
「なんでしょう?」
「坊っちゃんの誠実さは踏まえた上で、なおもお聞きします。……極道に資金を与えることに、ためらいはないのですかな?」
正直、考えないわけではなかったが。
「創始会は、無辜の人たちを食い物にする組織ではないと見ているから。……俺も聞いていいかな?」
「なんなりと」
「これから、任侠……、反社会勢力への風当たりはきつくなる一方だと思う。充分な資金を持ったら、創始会は何をするのかな?」
「こちらを試しなさるか、怖いお人だ」
「長野や北関東、さらにその先まで牛耳りたいというなら……、堅気には優しくしてあげてほしいと希望します。別の道を進むのなら、それはそれです」
「道を進んで、そして選べと?」
「そうは言っていません。株式までに留めて、しばらく生き延びるための余力を得るのもありです」
来訪者はふうっと息を吐き出すと、気を取り直したように口を開いた。
「不動産とは、具体的には?」
「買えるところなら、どこの土地でも。都心の好物件は手が出しづらいでしょうが、開発の夢が描ける土地の隙間や、郊外の駅前、あるいは地方都市の一等地でも。……さすがに交通の便の悪いところは対象外でしょうけど」
「買って、眠らせておけと?」
「基本的には、放置して値上がり待ちですね。いい物件なら、商売をしてもよいですけど」
「どれだけ上がりますかな」
「少なくとも倍以上は。正直、どれだけかはわからないや」
「承知しました。……夏目健吾が抜けた後の株の運用は、もちろんうちでお受けします」
抜き差しならぬ関係となりつつあるが、まあ、毒を喰らわば皿までと覚悟を固めるべきなのだろう。彼らとの関わりがなければ、資金確保もままならなかったのだから。
「鳴海さんのことは、頼りにしています」
「坊っちゃん……、あっしのことは忠司とお呼びいただけると」
「では……、忠司さん?」
「呼び捨てで」
「それは無理です。いくらなんでも」
やや押し問答気味となったが、さん付けについては死守することに成功した。




