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【1987年4月下旬】



 西城高校での生活は、中学のものとは少し違っていた。エルリアをパンダ的な存在と捉えて見物に来る小金井翠中の風潮はいかがなものかと思ったが、こちらはだいぶドライな感じである。


 初顔合わせでの対話が成立しないわけでもないのだが、小金井翠中であったような、探ってくる感じがない、と言うべきか……。小学校の延長で進学した状態と、都立高校の中でとは言え、選択した結果であることの違いが影響しているのか。一方で、話に聞く私立の雰囲気とも違うのだろう。


 ともあれ、そういうものだと捉えてしまえばむしろ心地よさもある。まあ、この後も同じ状況が続くとは限らないけれど。


 昼休みも、机を寄せて食事をする取り合わせが構成されつつあるが、それでも騒ぐでもない。女子については、より強めな固まりができつつあったが、エルリアはどこの集団にも近づこうとはしていなかった。


 その状況では、俺が寄っていくといい結果を招かないだろう。その考えは、本人とも共有している。


 それぞれ食事を食べ終えて一息ついた頃合いに、教室の前扉が開いた。


「このクラスに……、ああ、あなたですね」


 同世代センサーからして、上級生だと思われる人物がエルリアを目指して歩いてきた。


「……エルリアさん、ですよね? 姉がお世話になったそうで。あの、桐島茜音と言います。蒼衣の妹です」


 蒼衣さんとは、かつての襲撃事件の際に救いの手を差し伸べてくれた人物である。毅然とした印象の強い彼女と比べると、妹さんはだいぶ穏やかな雰囲気をまとっている。応じて、エルリアが立ち上がった。


「はじめまして。どちらかと言えば、悠真の方が深い関わりのように思えますけれど」


「あ、悠真さんとも、いずれ。……エルリアさんと少しお話をできればと思うんですが、いかがでしょうか。図書室で、ですとか」


「図書室?」


「ええ」


 問い掛けるように視線を向けてきたエルリアに頷きを返すと、二人はそのまま出ていった。蒼衣さんが差し向けてきたのなら、悪い展開とはならないだろう。




 放課後、久世が訪ねてきたタイミングでエルリアに対話の様子を聞いてみると、人の多いところが苦手だとかで、静かな図書室でとの話になったようだ。エルリアが蔵書に興味を示すと、分野別に説明してくれたらしい。


「それで、用件はなんだったんだ?」


「話相手になってほしいと言われたのですけれど……。蒼衣さんが気を回してくれたのだと思いますの」


「それで、人が苦手気味なのに、訪ねて来てくれたってことか」


「孤立しているだろう私と、人が苦手そうな妹さん、両方をつなごうとしたのかも」


「蒼衣さんの一挙両得の計略、ってとこかな? 乗るのかい?」


「ええ。先程は歴史書を紹介してもらいました。その他の分野も、読むべき書物の助言をいただけるそうです」


 うれしげであるからには、気が合いそうなのかもしれない。現時点での彼女の交流相手は、ばあちゃんと中学時代の交友関係、それに出入りしている子どもらが中心となっている。


「放課後も誘われているので、行ってみます」


 教室から出ていくエルリアの後ろ姿は、相変わらずいい姿勢だった。


 なんとなく久世と見送っていると、窓際の席から野太い声がかかった。


「おい、沢渡だったか。あのエルリアって子はほんとに外国人なのか? 日本語うますぎね? てか、あの巻き髪、なんかドリルっぽくないか?」


 無遠慮な物言いだが、まあ、本人のいないところで声をかけてきたのは、気を使った結果なのかもしれない。


 その人物は、金田龍二。野球部に所属するガタイの良い人物で、クラスで随一の高身長を誇っている。野球漫画に出てきそうな人物なのだが、がさつなのも確かである。


「金田だっけか。……それ、本人の前で言えるのか?」


「言えるけど?」


「いや、言うなって。日本育ちだが、日本国籍はない。そして、ドリルには触れるな」


「毎日、自力で巻いているのか?」


「いや、わりと形状記憶的な……、って何を言わせるんだ」


 金田はけらけらと笑っていたが、さすがに釘を指すべきかと腰を浮かせかけたところ、先にそちらに歩み寄ったのは、遊びに来ていた久世だった。


「金田、女の子をからかうのは趣味が悪いぞ」


「堅いなっ。……ってか久世、同じクラスじゃないのに、なんでここにいるんだよ」


「悪いか。そうやって、気になる女の子をからかいたがるところは変わらんな」


「ばっ……、お前、そんな訳あるか。俺には……」


「俺にはどうした?」


「う、うるせー」


 ふっと笑った久世は、どうやらそこまでで矛を収めるつもりのようだ。テンポの良い言い合いには、遠慮のない親密さが感じられる。


「あれ、二人は何繋がりなんだ?」


「リトルリーグで一緒だったんだ。意外だろ?」


 苦笑気味に応じる久世が、旧友に指さされた。


「こいつ、怪我するまではエースだったんだぜ。都大会まで行ったんだが……」


「昔の話さ」


 まったくスポーツと縁があるようには見えなかったが、人に歴史あり、というわけか。


「ともかく、あの子を変にからかってくれるなよ。微妙な立ち位置なのはわかるだろ?」


「わかったって。……それより、たまにはバッティングセンターでもどうだ?」


「いや、やめておくよ」


 そう返した久世の声音には、やや寂しげな響きが混ざっていた。怪我による挫折の記憶が、まだ尾を引いているのかもしれない。



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