【1987年4月中旬】
NTT株の売り抜けには無事に成功した。夏目健吾経由での証券会社への依頼は、300万円を越えた翌日に、寄り付きの売買が一巡したところで全持ち株を売却してもらった。売却手法についてはお任せで、最大化できなくてもかまわないとも伝えていた。
帰宅すると、健吾が居間でお茶を飲んでいた。
「証券会社の担当が、場を見ながら最大化を図ってくれたらしい。約五億七千万円だな」
「証券会社への委託料は、1%くらい?」
「金額が大きい分、料率はもうちょっと低くなるはずだ。それでも、最初の買いと今回の決済を合わせて五百万くらいか」
「ふーん、まあ、証券会社から見れば、悪い客ではないか」
「実質、二回の取引でだからな。上客だろうさ」
「なら、健吾は3%でいいかな?」
「額が大きい。1%ってとこだな」
「いや、それはさすがに……」
「要望を受け容れないなら、今後の協力はしづらいぞ」
事前の相談では、利益額の1%から3%の間で、委細は協議となっていた。こうなると、2%で落着させるしか無いだろうか。
「料率は相談として、早い段階で渡した方がいいかな? すぐでもいいし、まとめてでもいいけど」
「まあ、夏までにもらえると助かる。……で、今後はどう動くんだ?」
お茶が飲み干され、湯呑みが茶托にことりと置かれた。
「んー、どこかのタイミングで、通信販売を手掛けようかとは思っている」
「通信販売……って言うと、雑誌に載ってる広告みたいなやつか?」
「うん。書籍とCDをメインに、ちょっと選書っぽくね。カタログを作って、欲しい人に代引きで届けるような感じで」
「へえ。エンタメ系でいくのか?」
「まずは、そうだね。最終的には、色々手掛けていきたいけど、だいぶ先の話になるだろうから」
「ふーむ。ただ、本は再販があるだろ? 取次はどうするんだ。書店と連携するなら、クリアできるだろうが」
「そっか。そこの手続きがいるのか」
俺の検討不足に、相手はなぜか少し安心したようにも見えた。
「知り合いに本屋やってるのがいるから、紹介してやろうか?」
「それは、すごい助かる」
「……で、それはそれとして、本筋の投資の話だよ。株は続けるんだろ?」
「ああ、うん。……個別銘柄は、証券会社や不動産会社を狙おうと思っている。インデックス投信でもいいんだけど」
「ほほう、まともなラインナップだな。個別銘柄への全振り一本槍かと思っていたんだが。で、額は?」
「全額、投入してもらえる?」
「……お前、たまに本気で怖いよ」
そう言いながらも、健吾は余裕の笑みを浮かべている。
「で、秋になる前の、八月末には、損益がどうであれ全株を売却してほしい。決算の関係で、利益を一旦確定しておきたいんだ。そこで、納税用の現金も確保したいし」
「そこまでは、上昇基調だと見ているわけか?」
「基本的にはね」
1987年の十月には、いわゆる「ブラックマンデー」が到来するのが前世での史実である。それでも、バブル経済の行方を考えれば、持ち続けるのもありだ。ただ、おそらく起こるだろう下落は、むしろ仕込み直しの好機だとも言えた。納税の資金を確保するためもあった。
「その頃には、順調なら健吾はシンガポールかな」
「そうかもしれん。どの時点で向かうかは、検討中でな。……引き継ぐとしたら、鳴海さんでいいのか?」
「うん、そうなると思う」
鳴海さんは、創始会方面の資金運用も手掛けているのだろうか。具体的になにを担当しているのかは、こちらからは窺い知れないところもあるのだった。




