【1987年4月上旬】
春の風は、どこかまだ冬の名残りを引きずっているような肌寒さを含んでいた。
武蔵小金井から西城高校のある立川までは、中央線で通うことになるのだが、この年には国鉄が民営化され、JR各社として生まれ変わっていた。
中央線を含む、東京近郊の通勤電車はE電との愛称が定まっていたが、定着しない史実は今回も踏襲されるのだろう。
この西城高校は、「堅忍不抜」と「自立自存」が校風であるとされ、しばらく前までは男子比率がだいぶ高かったために、いわゆるバンカラ的空気があったらしい。一方で、東京がまだ東京府だった時代に、郊外の多摩地域にも中学を、との声から設立された第二中学校を起源としていて、都立高の一つでありながら、やや独特な存在となっているようでもある。
無難な高校生活を最優先する観点からならば、徒歩圏にある北小金井高校との選択肢もあったのだが、大学に行かない可能性を考えれば、ここは少し世界を広げてみたい、というのが正直なところだった。
将来の展望は、この段階でもまだ固められていない。この後の株式投資で、事業資金は確保していけそうだが、その資金でなにかことが起こせるかと言われると……。
そう考えると、夏目兄弟の父親ではないが、東大を目指して学歴と人脈を作るという考え方にも、妥当性が無いとは言い切れない。ただ……、前世で奨学金と称される借金をこさえて大学を出ておきながら、だいぶ苦労する展開になったので、あまり価値を見出だせていないのも確かだった。
立川駅の南口から向かう道は、わりと穏やかな風景となる。エルリアとは、中学時代と同様に別の出立とすることで話がついていた。
歩いていると、追いついてきたのは久世だった。簡素な襟付きシャツにグレーのズボンという、シンプルな服装である。入学式こそ、少し小綺麗さを目指していたようだが、既に通常モードへと切り替わっている。俺の方も、ポロシャツに綿パンという普段着状態だった。
「よう、高校でもよろしくな。……エルさまは一緒じゃないのか?」
「翠中学でも、一緒には登校してなかっただろ?」
「でもよお、初登校じゃないかよぉ」
「なんだよ、その口調は」
「めでたく進学なんだから、少しはふざけさせろよぉ」
「いや、それで気が済むんならかまわんが……」
間抜けなやり取りを続けていると、後方から涼やかで凛とした声がかかった。
「天下の往来でなにをしているんですの。ちゃんとしなさいな」
「これは、姫様。仰せのままに」
久世は、引き続きふざけ気味の様子ではあるが、エルリアは気にする風でもないので問題なかろう。
そのまま校門へとたどり着くと、掲示されていた指定に沿って教室へと進む。エルリアと俺は同じクラスで、久世とは分かれる形となった。
「……新たな生活のスタートだな」
「ええ。穏やかに過ごしたいものです」
俺の呟きにそう返して、エルリアは先に立って教室へと入っていった。
聞き取っている限りでは、元世界で通っていた学院では、派閥争いや成績でのマウンティング合戦に色恋沙汰が絡んで、だいぶ陰湿な状況だったらしい。その点、この西城高校は良くも悪くも個人主義のようで、わりと自由に過ごせそうだ。
中学時代とは、生徒の多様性も変わってきそうなので、状況も変わるだろう。そう期待したいところだった。




