【1987年2月】
情報化社会のインフラであるのはわかるが……、かつての電電公社が衣替えしたNTTの上場は、バブル前夜のざわめきの中で、国民的な関心事となっていた。
設立された有限会社沢渡商会は、無事に証券口座を開設し、運用の準備は整っている。
2月9日の月曜日、開場前からの全力買い注文の成否が、まずは勝負の分かれ目となった。これが十年後ならば、松井証券などでネット取引ができるのだろうが、現状はファミコントレードの機器すら発売前である。
「まだかな……」
俺は、この日は風邪で病欠扱いとなっている。喉が少しひりひりするので虚偽ではない。そういうことにしておこう。
気を揉んでいる様子なのは、取引業務を委託している夏目健吾である。今日は、沢渡家で過ごす流れとなっていた。
「まあ、今日は値が付かないかも。そうなったら、明日も全力買いで頼むよ」
「実際は、開場前に成り行き注文かますだけだから、手はかからないんだが、三億円超を動かしているとなると、やっぱり落ち着かなくてなあ」
「負担をかけてすまんね」
そう言っていたら、電話が鳴った。レンタルしている、初期型のショルダーホンである。
「はい、沢渡商会。……ええ、夏目です。……あー、値は付きそうにないですか。はい。……え? 追加放出があるかも? ……はい、それでも、明日も開場から三億円を成り行きで。引け後に一度連絡を。落ち着いてからでだいじょうぶです」
ふーと息を吐いて、受話器が耳から話された。
「明日に持ち越しかな?」
「だな」
重箱大のショルダーホンを机の脇に戻して、健吾は茶を啜ったのだった。
……結局、翌十日に十万株が追加放出された影響もあってか取引は成立し、初値にあたる160万円での仕込みが完了した。
NTT株は、300万円を越えたら翌日に売却、との方針を定めている。高値はもう少し……、円周率的な数値くらいは行ったように記憶しているが、無理に利益の最大化を狙う必要はない。
この辺りの知識は、前世での最初の就職先が潰れ、派遣で証券会社の孫請外注にいた頃に、短納期の雑な調査を繰り返して得たものとなる。当時の俺自身は、投資をする余力はまったくなかった。
会社の資産運用の方は成り行きに任せておくとしよう。一方の高校受験の方はそうはいかない。エルリアの志望校は、俺と同じところが都合がいいという思惑もあり、西城高校と固まった。校風も開放的なようなので、変に目立たずに済むのではないかと期待している。
久世も同じく西城高校で、エルリアへの教授役を一緒に務めている。と同時に、夏目弟こと夏目康隆と中神さんも西城高校志望とのことで、この五人プラスαで勉強会となるケースが多かった。
久世と俺はおそらく合格圏にいると思われるが、女性陣二人が、特にエルリアは前提知識の欠如から思わぬ取りこぼしの可能性もあって、気を抜けない状態だった。
もっとも、希望の西城高校への進学が叶わないとしても、この時期の都立高校への入試は地域でのグループ選抜制が採用されており、近くの他の高校へと回ることになるだろう。
エルリアは絶対に進学しなくてはならない境遇ではないので、その場合は校風を見てからどうするかを考えればよいわけだ。




