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【1986年12月】


 年の瀬が近づくなか、日本中をざわつかせたのは芸能人集団「つよし軍団」のボスであるピートつよしによる写真週刊誌「サースデー」編集部への突撃事件だった。


 この時代、スキャンダル報道は幾つかの週刊誌、女性誌、そして写真週刊誌が担っていた。今回の襲撃も、報道内容についてのトラブルが原因であるようだ。結構なインパクトがある事件のはずだが、登場人物がお笑い芸人であることから、テレビの中ではややユーモラスな感じで伝えられている状態だった。


「やったことは暴力だけど……、スキャンダル報道にも一定の暴力性はあるだろうからなあ」


「襲撃して、黙らせようとしたとの理解でよいんですの?」


「ざっくりまとめるとね」


「圧力をかければよいのでは?」


 彼女の問い掛けは、なかなかの強度が含まれるものとなっている。そうだった、この人物は元世界では権力側に属していたんだった。


「こちらでは、圧力をかけられるのは、政権を握っている事民党と、警察方面くらいだろう。それも、下手にやれば火に油を注ぎかねない。人気は高くても、一介の芸能人にそこまでの影響力はないよ」


「ですけど……、そもそも芸能人のスキャンダルに、報道する意味はあるのですの?」


「報道と言っても、売るためなんだ。だから、知名度の高い人が狙われる」


「……社会正義のためではなく?」


「そこが分かれていないから、より厄介なんだな。一方で、自分の主義主張のために、捻じ曲げて報道するメディアもあるし……」


 エルリアは難しそうな顔をしていた。言葉の意味はわかっても、感覚としては馴染みがないのだろう。


「この国では、名誉を守るためであっても、暴力は犯罪になるんですよね。この人たちはどうなるのですか?」


「確か、テレビに出続けて、その後で活動を自粛するんだったかな? 一応有罪にはなるんだと思うけど」


「……テレビも、報道機関に入るのですよね?」


「バラエティーを制作して放送する部門と、取材して報道する部門は、同じ会社であってもまるで別らしいんだ。その上、写真週刊誌は、報道機関と認められていない面もありそうだし」


「複雑なのですね……」


「まあ、俺らも脛に傷持つ身だから、気をつけるとしよう」


「わたくしは……、確かに元の世界で断罪されましたが」


「あ、いや、その話ではなくってだな。……やむを得ない展開だったとは言え、外国の身分証明書を偽造した状態なんだ。証明書自体は本物で、名前を書き換えたのかな? それでも、背乗りという形になるのかも」


「そうでしたわね。……あなたは?」


「ここで起きた事件は充分にスキャンダルとなるさ。あとは、創始会との付き合いも含めてだな」


 元ヤクザの父親が、かつての交際相手の家を襲撃し、刺し違える形で相討ちとなったのである。エルリアの存在も含めて、写真週刊誌ネタになってもおかしくない話であった。


「でも、有名にならなければ、取り上げられない?」


「社会報道の餌食になる可能性もあるけど。被疑者が死亡しているから、激しくはならないかな」


 父親は殺人未遂だろうし、母親の行動は過剰防衛に問われる可能性がある。中学で問題視されなかったのは、地元での沢渡家のこれまでの在りようも影響していたかもしれない。子どもを出入りさせている親御さんにしても、同様なのだろう。


ともあれ、この事件はピートつよしのこの後の芸能生活に、さほどの悪影響は与えなかった。まあ、影響が皆無だったとは言えないかもしれないが、ゴールデンタイムのバラエティーなどの司会を長年続けていたのだから、致命的でなかったのは間違いない。また、つよし軍団の主要メンバーで、この襲撃にも参加していた「そのまま西」は、後に宮崎県の知事に就任した。


 後の流れから考えれば、このときに大手メディアが「暴力によって報道や言論を改めさせるのを認めるべきではない」と結束し、テレビから徹底的に締め出すべきだったのではないか、とも思える。その流れの中で、一方で暴力的な言論、報道の自己規制、報道による被害への救済措置といった話も進められれば……、というのは求め過ぎか。


 そして、この後には写真週刊誌はバタバタと倒れていき、週刊誌も減っていく流れが生じる。また、新聞も発行部数を減らし、テレビもまたネットの伸長の中でオールドメディアと揶揄される存在になる。ただ、まあ、この時点ではマスメディアは第四の権力として勢威を振るっている状態だった。


 テレビの中では、歌番組に切り替わっていた、流れる歌の中で、エルリアが反応を示したのは「君は1000%」だった。軽やかで、どこか懐かしさを帯びたメロディーが、居間に響いていく。


「この曲、好きなのかい?」


「ええ。なんだか……、あちらの世界の祈りの詠唱に似ている気がして」


「詠唱?」


「魔法の発動時に唱える呪文には、独特の節が設定されているのです。それと、どこか雰囲気が似ていて」


「じゃあ、これは?」


 次に画面に写ったのは、白塗りの人物……、いや、悪魔が歌う「蝋人形の館」だった。落差が激しい。


「悪魔を称する者の歌など、聞く気になれませんわ」


 テレビへと歩み寄り、電源スイッチが押されると、画面が暗転した。さすがに、許容範囲から外れていたということか。俺は、内心で苦笑をこぼした。


 この頃には、リモコン機能付きのテレビも普及期にあるが、沢渡家にはまだ到達していなかった。俺としても、レトロ感が心地よくてすぐに置き換えようとの話は持ち出していなかった。


 高音で歌唱していたその悪魔の化身は、いずれは相撲の評論家的な立ち位置を占めていくことになる。人に……、いや、悪魔に歴史あり、というべき流れだが、今回も同様の推移をたどるかどうかは、確実とは言えなかった。


「今日も、これからお願いできますの?」


「ああ、もちろん」


 このところ、夜の時間はエルリアの世界把握を深める作業を続けている。短期目標としては高校受験対策なのだが、基盤的な知識に抜けがある状態なので、かなり大枠から固めていく方向となっている。


 元の世界での王妃向け教育はだいぶ詰め込み型だったようだが、根幹は共通する部分があるようで、だいぶ把握は深まっている。年が明ければ、いよいよ本格的な入試対策だ。彼女の地頭の良さに期待するとしよう。



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