【1986年11月】
伊豆大島の三原山に噴火の兆候が見られたのは、11月の半ばに入ってからのことだった。
そして21日の夕方に、家屋が悲鳴を上げるかのように軋み始めた。自室にいたエルリアが、居間へと駆け込んできた。
「なにごとですの?」
「地震だな。たぶん、火山に絡んだ」
「どうして、平然としていられるんですのっ!」
怒気を含んだ声を投げかけられても、慣れているからとしか応じようがない。
「まあ、割れそうな物がある近くには寄らないでくれな」
そう言っている間も、床はぎしぎしと音を立て、タンスの中でもかたかたと音が生じていた。
「ちょっと大きいわねえ」
そう言いながら、ばあちゃんもゆったりと歩いてきた。さすがに足取りは慎重だが、過度に恐れている様子はない。エルリアは、信じられないものを見たような表情をしている。
「速報、やってるかな」
テレビを付けると、地震速報がテロップで出つつも、三原山の様子が映し出されていた。火柱が上がっているのを、遠方から撮影しているようだ。
「やっぱり、伊豆大島かあ」
「大変そうね」
「あの……、既に日常の風景が戻ってきているようなのは、気のせいですの?」
ばあちゃんと俺とのやり取りへの、控えめな抗議と言えそうだ。
「まあ、物も壊れなかったしな」
「そうねえ。この揺れだと、電車が少し遅れるかもしれないけど、誰も遠出はしていないしねえ。じゃあ、ご飯の支度を始めましょうか」
「うん。今日は誰か食べに来るかな」
「美羽ちゃんが来るかもね。ちょっと多めに作っておきましょうか」
エルリアは、まだ呆然とした状態でテレビを見ていた。地震はまあ、慣れていなければ怖いのは確かだろう。
予想通りに美羽ちゃんがトラ猫と一緒にやってきて、夕食代わりのおにぎりと挽き肉味噌汁を食べていった。彼女もまた、地震を気にする様子はなく、怯えの残るエルリアを元気づけていた。
少しおしゃべりをして送り出した頃には、陽が落ちていた。
「悠真……、あれは一体」
テレビの中では特番体制が続き、三原山の噴火映像が流れていた。外輪山も含めた大規模噴火に移行しているとのことで、画面の中では夜空に赤い柱が立っていた。
「火山の噴火だな。教科書に出てなかったか? 日本でマグマまで吹き出すのが、映像に収められるのはめずらしいけど」
「あれが……、噴火ですのね。火龍の怒りのよう」
「龍か……。まあ、そうなのかも。今回は、幸いなことに人的な被害は出ないはずだ」
これから全島避難の流れになるはずで、死者は出なかったと記憶している。確か、海上保安庁や海上自衛隊の艦船が向かうが、自衛隊への要請が出る前に出港していたとかで、政治問題化するはずだ。
そのことが、「事理民本党」と「ソーシャル党」「新党はやがけ」のいわゆる事ソは政権の際に発生した、阪神淡路大震災への自衛隊派遣遅延につながる流れとなる。
「この様子を見て、どうして動じないんですの? トミさんもですが」
「まあ……、地震、火山は普通に付き合わざるを得ないお国柄だからなあ。エルリア風なら、火龍、土龍が近くに棲んでいて、いつやってくるかわからない、みたいな感じかな。水龍的な台風、洪水もあるし……。そんなもんかな? 雷もあるか」
「物凄い世界なのですのね……」
「ホントだな。できれば、そこに備えていきたいところだが」
実際には、阪神淡路大震災、東日本大震災を筆頭に、ここからの近未来で多くの人々が自然災害の犠牲になる。国外にも目を向ければ、さらに多くの被害が生じる。
天災を含めて、人への加害に介入することは、女神から言い渡されている禁則事項だ。そうであるなら、どう関わるべきなのか。
「エルリアの世界には、地震はなかったのか?」
「ありませんでした。……伝承としては、かつて存在した帝国が、火龍の怒りに触れて滅びたそうです。地が裂け、山が一斉に火を吹いたと。ただ、お話の中でのことだと思っていました」
テレビの中では、夜空を背景に火口から炎の柱が吹き出していた。
「こちらの世界では、さほど珍しいことではないのですね……」
震えている彼女の背後から、気配が近づいてきた。
「だいじょうぶ……。だいじょうぶだからね」
ばあちゃんはゆっくりとしゃがみこむと、そっと後ろから抱きすくめた。
エルリアは最初、驚いたように小さく身をすくめたが、すぐに力を抜いた。ばあちゃんに身を預け、ゆっくりと目を閉じる。
「私は……、この世界に来たことで龍の怒りに触れてしまったのかと……」
その呟きに、ばあちゃんは何も言わず、ただ彼女の頭をゆっくりと撫で続けた。
俺は、静かにその場を離れ、台所でお湯を沸かし始めた。甘めのミルクティーでも淹れるとしよう。紅茶の香りで、少し落ち着いてくれるとよいのだが。




