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【1986年10月中旬】その1


 文化祭を前に、三年三組の教室は張り詰めた空気に包まれていた。


 この翠中では、三年生が大掛かりな出し物をやるのが倣わしになっている。順番が回ってきたわけだが……、コスプレ喫茶をやろうという提案を出したのは、大人しそうに見える女子、中神さんだった。この時代、SF大会を中心に概念が広まりつつはあったようだが、まだ日陰の話ではある。この時期には、ハロウィンはまだ日本では影も形もない頃で、仮装と言えば、学芸会やお化け屋敷の幽霊くらいとなる。


 ただ、そこは物見高い中学生のこと、面白そうじゃないかとあっさりと採用されたものの、アニメやまんがに馴染みのない層が仮装を始めるまでに、そう時間はかからなかった。そんなのコスプレじゃない、いや楽しければいいじゃないかとの押し問答から、より過激な方向に振れ、だいぶ収拾がつかなくなったところで、教頭から横槍が入ったのである。


 まあ、あのまま実施していたら大混乱だったろうから、学校側の判断にも一定の理はあるように思える。そう考えるのは、前世を経て身に染み付いた俺の諦めぐせからなのだろうか。


「さて、どう立て直すかなんだが……」


 司会を務めているのは久世である。中神さんと交流があるので、火消し役を買って出るという流れとなったようだ。


「元々の提案が問題だったんだから、もう喫茶店自体を中止にしちゃおうぜ。このテンションで続けられないって」


 そのコメントの主は、段ボールで浦安にいるネズミを再現するも、半裸だったので中止指令の最大要因となった人物である。となれば、発案者が抗議するのは無理もない。


「あなたの悪ノリが原因じゃないの」


「大元の原因を作ったのは誰だよ」


 きーっと声にならない抗議が発せられるのを、司会役が手で封じる。


「予算を取って、仕込みを始めている。なにもしないというのは、ちぃとまずかろう。制服喫茶でお茶を濁してもいいんだが……」


 この時代に、小金井という目立たない土地の公立中学で、となると、中学生カフェにそれほどの激しい意味合いは宿らないだろう。


「さすがに、それは面白みに欠けすぎる気もしていてな」


 最初から喫茶店として企画していれば、また話は違っていたのかもしれないが。俺は、挙手して発言を求めた。


「悠真、なにか案でもあるか?」


「まず、なにが問題視されたかを確認したい。過激な方向性が問題だったのか、出来の問題か」


「それに加えて、著作権的にまずい、という話もあったようだ。場末の中学で、気にする必要もないと思うがな」


「それが……、教頭の息子が、大学でその件を学んだとかでね」


 説明を加えてくれたのは、気弱そうな担任の田畑先生である。髪の分け目も心なしか頼りなげな、四十手前の国語教師だ。今回の件では、上からは叱られ、生徒からは突き上げられる辛い立場に陥っているようだ。彼自身には、さほどの責任は無いと思われる。


「であれば、きっちりとした身なりであれば問題はない?」


「ああ。ただ、そうなると制服しかなさそうだな。扮装を手配するあてもないし」


「なら……、和装というのはどうだ?」


「和装とは、着物ってこと?」


「えー、ださいって……」


 沈黙していた女子から、抗議の声が上がる。


「カフェの女給風でもいいけど、小紋に法被、半纏とかでも。浴衣はさすがに寒いだろうし、振り袖は汚しちゃうと困るが。男は剣道風でもいいし、着物に袴でも、甚平でもかまわない。先生、どうでしょう?」


「まあ……、それなら、反対はしづらいかもしれないな」


「悪くないな。……いや、失言だ。むしろ、すごくいいアイデアだ。年配層には受けが良いだろうから、教頭や校長も否定しづらい。俺らの世代からすれば、和服なんて着たことないから新鮮だしな」


 久世の肯定が得られたところで、俺は話を固めるために知己に話を向けた。


「エルリア、どうだろう?」


「トミさんの着物を貸してもらえるなら、着てみたいわ」


「みんな、どうだろう。協力してくれる人だけでも構わない。古くからこの地で暮らしている家庭なら、サイズが合いそうな和服が、何枚か押し入れの中にあったりするんじゃないかな。うちにある服も、提供できるか調整してみるから」


 そこで目を輝かせたのは、中神さんだった。


「エルリアちゃんの着物姿、見てみたい……」


 周囲からほうっという同意めいた声が聞こえた。金髪碧眼の美少女が和服を着た姿を想像したのだろう。


 全員に強制されるのでなければ、まあ、いいか、みたいな空気が漂い始め、どうにか話は落着してくれそうだった。



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