【1986年9月中旬】
九月の風は、まだわずかに夏の余韻を感じさせていた。令和の熱暑の時代は未だ到来せず、少なくともこの年は九月も半ばになると、だいぶ過ごしやすくなってきている。
二酸化炭素を含めた温室効果ガスによる温暖化とされているが……、戦国時代から江戸の初めにかけては小氷河期だった、なんて話もあるようだし、人間活動に起因しない環境変動との兼ね合いは正直なところわからない。総てを陰謀論で片付けるつもりはないのだが、脱炭素の行き過ぎもやや疑念は残るところではある。
ただ、自然エネルギーと蓄電池を組み合わせられれば、電源制御の難易度がだいぶ緩和するのは間違いのないところだった。それは、原発を主軸とした場合にも同様となる。
この日も「こもれび食堂」と名付けられた子どもとその家族向けの食事会には、そこそこの人数が集まってきていた。お腹を空かせてやってくる子もいれば、遊び感覚で来ている子もいる。気取った感じではないが、段々と社交場のようになってきていた。
エルリアの元の世界では、お茶会として貴族令嬢が交流し、派閥づくりやマウント合戦が行われていたらしい。昭和末期の日本でのこの集まりは雑な感じで、穏やかな状態となっていた。
そして、集まってきているのは、人の子だけではない。既に家族的に振る舞っている三毛猫のミケに加えて、何匹かの猫も遊びに来るようになっており、この日も縁側で二匹が寝転がっていた。人に慣れた個体が多く、子どもたちとも触れ合っている。
庭の物干し台では洗濯物が風に揺れ、遊びに来ていた老婦人たちが子どもと猫を微笑ましく見守っていた。
と、ばあちゃんが台所から顔を出した。
「そろそろご飯ができるわよ。今日は、鶏の唐揚げもあるからね」
子どもたちからは歓声も上がっている。やはり、肉への渇望は深いものなのだろう。
と、ポン酢しょうゆのCMソングの節で、鶏の唐揚げがあることこそが幸せなのだと歌い始めた男の子がいた。
この時期には俳優としても活躍していたお笑い芸人である明石家さんまを思い浮かべて、なによそれー、なんて声も上がりながらも笑いが広がる。
今回の調理は、ばあちゃん、エルリアと、参加者のお母様方の中から数人が手伝ってくれている。俺が入ってもよいのだが、男がいると落ち着かない人が出るかもとの話から、ミケと一緒に接客中心でやらせてもらっている。
この時代、男性が家庭で料理に携わるのは、まだ違和感が生じてしまうようだ。プロの料理人は男性も多いし、実際には料理好きの男性もいるのだろうけれど、女性同士の会話が盛り上がるのを邪魔する必要もない。
実際、この集まりに父親の姿は無い。まだ女性は家庭で専業主婦として過ごすのが一般的だった時代であり、お父さんはハードワークの影響で週末はゆっくり、というのがステレオタイプではある。
女性の社会進出は始動しているはずだが、まだ、意識も実態も動いてはいない。そして、実際に移り変わり始めた後も、制度や意識が対応しなかったことが、少子化につながったようにも思える。少子高齢化の大きな流れは変えられないとしても、施策次第でもう少し緩やかにできていた可能性はありそうだ。
ともあれ、食卓でうれしげな子どもたちを見るのは、心和む時間でもある。見守っているのは紗良嬢と未羽嬢のお母様方だ。余裕のありそうな杉森家と、シングルマザーらしい松本家では家庭状況に差があるとしても、穏やかな関係性を作ってくれているようでもある。
もてなし組が食事を済ませた頃には、木漏れ日の落ちる縁側でミケと紗良ちゃんが寝息を立てていた。気付いたエルリアが、シーツを掛けて微笑む。
そう言えば、この子はわりと昼寝をしがちだが、寝不足なのだろうか。病的な感じではないようだけれど。
「……この二人は、本当に仲がいいようです。いい夢を見ているのですのね」
そう呟いたエルリアの声は、たまたま会話が途切れていた部屋に響いたが、誰もが同意するところだった。




