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【1986年8月】


 空が高い夏の日の午後、俺とエルリアは、玉砂利の敷かれた小道を歩いていた。左右の並木からは、蝉の声がけたたましく響いている。


 沢渡家からごく近くにある龍栖神社は、訪れる人のほとんどいない、寂れた状態となっている。石造りの鳥居に苔むしている様は、それはそれで風情があるけれども。


「ここは……、空気が少し、よそと異なるような気がしますの」


 そう呟いたエルリアの声音は、普段よりもわずかに柔らかかった。長い髪を束ねた巻き髪が、風にそよいで揺れる。


「落ち着くのは確かだけれど、特になにかを感じるわけではないなあ。まあ、俺には霊感は皆無なんだけども」


「霊感というのは……、幽霊を感じる力でしたか? 元の世界で話に聞いたリッチやレイスとは異なる概念のようですのね」


「そっか、エルリアのいた世界では、実在してたのか……」


 そんな話をしていると、古びた社務所から、老神職が姿を現した。だいぶ老齢のようだが、背筋はしっかりと伸びている。顔には深い皺が刻まれているが、目には優しさがにじんでいた。


「おお……。あんたたちみたいな若いもんが、この鄙びた神社に参ってくれるとは、ありがたいのう」


 ゆっくりと歩み寄るその姿には、どこか寂しさとうれしさが同居しているようだった。かつては、普通に人が訪れていたのかもしれない。


「お邪魔しています。あまり、参拝客は来ていませんか」


「しばらく前から、どうにも減ってきてな……。なんとか残したいと思ってきたが、時間切れかもしれん。そろそろ、畳む話が出ておるんじゃ」


 その言葉に、エルリアがぴたりと足を止めた。


「……この神社が、無くなってしまうのですか?」


 老神職は、うん、と小さく頷いた。


「龍神様も、長い眠りにつかれているようじゃしな。かつては、荒ぶる御心を鎮めるために祈りを捧げていたんじゃが……、その役目も終えたのかもしれん」


「そうですか……。残念です」


 そのまま三人で正面に向かって歩いていくと、参道から走ってくる人影があった。


「エルリアお姉ちゃーん。あ、悠真お兄ちゃんも」


「紗良ちゃん。元気そうね」


「うん、元気よー。あれ、もしかしてデート? お邪魔しちゃった?」


 真面目なこの娘は、からかうつもりはおそらく皆無で、本気で邪魔になっていないかと心配しているようだ。


「そんなんじゃないよ。……この神社に、お参りに来たのかい?」


「ううん、今日は違うの。エルリアお姉ちゃんの姿が見えたから」


 金髪は、この町では確かに目立つだろう。


「映画、行ってきたんだよー。あの、空に浮かぶお城のやつ!」


「もう見てきたのか。早いな」


「うん。滅びの呪文ってやつ! ……でも、ここでは言わないから、安心してね?」


 いたずらっぽく笑って、紗良は神職のほうをちらりと見た。


「だって、この神社がなくなるの、嫌だもん」


「ここ、好きなのかい?」


 俺が問うと、紗良はこくんと頷いた。


「すごく、落ち着くの。猫さんもいるし、木漏れ日も綺麗だし」


 その言葉に、老神職は小さく微笑んだが、瞳の奥には、やはりどこか寂しげな影が漂っていた。


 世代を超えて受け継がれてきた場所が、静かに終幕のときを迎えようとしている。けれど、誰かが記憶として持ち続けていれば、別の意味で残っていくと言えるのかもしれない。


「わたくしも、ここが好きですのに……」


 エルリアがそう呟いたとき、神社を一陣の風が吹き抜けていった。



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