【1986年7月中旬】
ゲームセンターの薄暗い空間は、夏の午後の強い陽射しから逃れるにはちょうどいい避難所だった。モニターの派手な明滅と電子音の洪水は、本来なら神経を逆撫でするはずだが、心が安らぐから不思議である。
強めのクーラーの風で涼んでいると、入ってきたのは雨宮瑠夏嬢だった。
「おお、ゆうまっち」
「悠真でいい、とは言ったけど、なんだよそれは」
「ん? るかっちでいいよ?」
「断固として拒否する」
「つれないなあ」
ニヤリと笑う様子は、なかなかに頼もしい。春に学校の廊下で言葉を交わしてから、ゲーセンで遭遇すればあいさつ程度はする間柄となっていた。
「ドラクエ……、入ったんだね。アーケードの」
彼女の視線は、壁際のひときわ地味な筐体に向けられていた。モニターには、ドラグーンクエスチョンのファミコン版とほぼ同じ画面が表示されている。
「これなんだけどさあ、時間制限があるんだって。10分で強制終了で、データも残らない」
「……ゲーセンでやる意味、あるか?」
「皆無よね。ファミコン持ってたら、普通に家でやる方が絶対いい。……でも、たぶん、持ってない人が試しに触るためなんじゃない?」
「お試しプレイってことか」
実際には、ゲームセンターに通う層と、ファミコンで遊ぶ子どもは、だいぶかけ離れた存在なのかもしれない。
「あるいは、最短でどこまで行けるか、みたいな感じかなあ」
「RTAみたいなもんか」
「なにそれ?」
「あー、なんていうか、タイムで争うみたいな感じ? クリアスピードで競う、みたいな」
「そーそー」
「まあ、このゲームでクリアの速度を競う必要はない気もするが。……それにしても、このドラグーンクエスチョンが日本でのRPGの標準になっていくわけか」
つい口にした俺の言葉に、彼女は眉を寄せた。
「私は……、ロールプレイングゲームなら、ウィザードイズムの方が好きだな」
「ウィザードイズム……は、ボードゲームのD&Dの、ダンジョン特化型みたいなやつだっけ?」
「うん。シンプルだけど、戦闘特化で無駄がなくて。ストーリーは排除して、その分、自分で世界を想像できる」
想像力の余地が残されていると言えば聞こえはいいが、実際は戦闘効率を追求するゲームとなる。
「この時期のRPGなら……、アルティメイトは?」
探りを入れると、彼女は首を横に振った。
「うーん、ちょっとだけ他の人のプレイしているところを見たんだけど、ストーリーがねえ……。あれは、なんか、入り込めない」
その言い方には、拒絶というよりも、似合わない服を無理に着ようとしないような自然さがあった。
ゲームは、ストーリーを中心とした世界観を楽しむ要素と、操作や解法の分析を中心とする技術的な方面に分かれる場合が多い。この瑠夏嬢は、どうやらストーリーに没入するよりも、手技や知恵による攻略を楽しむタイプであるようだ。
「パソコンは持ってないんだが、あったら試しておいた方がいいゲームはあるかい?」
そう訊ねると、彼女は少し意外なタイトルを挙げた。
「戦国時代のシミュレーションゲームで、「織田家の野望・全国版」ってのが話題になってるわね。ちょっと単調だけど、逆にそれが良くて」
「へえ、そういうジャンルもいける口か。意外だな」
彼女は肩をすくめて、笑みともため息ともつかない吐息をこぼした。
「シンプルな操作で、複雑なことが起こっていくのが好きかな。条件を揃えて、反応を見て……、そういうの、なんか落ち着くんだ」
そこまで聞いて、ゲームの話をしていたはずが、彼女が人生全体について語っているような気がしてきた。
「……そっか。それもいいよな」
「うん。……じゃあ、また」
話し過ぎたと思ったのか、瑠夏はさっと手を振って、奥の方へと移動していった。
身体から、暑さはすっかり抜け落ちていた。……と思っていたのだが、客が訪れて自動ドアが開くと、夏の熱気がまた感じられた。




